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↑新 旧↓
何かが胴にくるりと巻き付き、体が浮く。
後ろへ引き戻された刹那、それまで己がいた場所を、車が高速で走り抜けていった。
驚きに四肢を硬直させる間も、体は意思とは関係なくそのままなおも下がり続け。
背中が何かにぶつかって止まり、温かなものに包まれた。
「交通マナーがなってないな。人通りの多い場所であんな速度を出す奴があるか」
頭上から降ってくる声。
振り仰ぐと、僅かに憤りを浮かべた横顔があった。
車の行方を見届けてから、下りてきたのは青年の眼差し。
我に返り、抱え込まれた腕の中で身を捩る。
さほどの苦もなく腕は解かれ、宙に浮いていた足が地を踏んだ。
その勢いのまま駆けて離れる背中へ、
「これからはもっと気をつけるんだぞ」
飛んできた声に、足を止めて振り返った時には青年ももう背を向けている。
歩む先にいるのは仲間だろうか。
何人かが立ち止まっていた所へ、彼も合流していく。
「どうかしたのか、花京院」
「何でもないよ。DIOの館へ行く前に、ちょっとした人助け……いや、猫助けさ」
「猫?」
ひらひらとした髪と、ひらひらとした服。
そうして離れていく彼の背を、『私』はじっと見送っていた。
花京院生存if 1/5
下がりたがる足を叱咤してその場に踏みとどまる。
曲がり角、壁の陰から覗き見るそれは、『私』が生まれた頃からそこにある。
ここしばらくの間に、嫌な気配を放ちだした建物。
好んで近付こうという奴はまずいない。
『私』も、出来るならもっと離れた所へ行きたい。
この禍々しいものを知覚出来ないどこか遠くへ。
けれどもそれをせず、今なおこの場へ足を縫い止めるのは、あの建物に青年が入っていったから。
ひらひらとした髪、ひらひらとした服。
先程、車から助けてくれた彼の後を追った『私』のこの目が、建物に入るその姿を捉えたからだ。
危険だ、早く戻れ。
そう伝えようにもこの足はこれ以上前へは進まず、動けたとしても既に建物の中の彼へは到底追い付けないだろう。
ならばそのまま引き返せば良かったが、出来なかった。
この目が彼の無事な姿を確認したいと望んでいた。
故に退くことも、進むことも出来ずに、『私』の足はこの場に留まり続け。
背中に夕日を受ける頃、『私』は耳が捉えた破壊音に顔を上げた。
夕日の色の中で黒く塗り潰された、幾つかの塊。
近くの建物へ落ちていくその中に、彼の姿を見つける。
『私』は、足が動くことを思い出した。
花京院生存if 2/5
動けないこの体を嬲っていた水は、もう流れ尽くしてしまったのだろうか。
目蓋は重く、指先も動かず。
物音すら、遠く。
にゃあ。
か細い、それは。
動かない腿を軽く駆け上り。
死の冷たさに沈んでいた体を、温かなエネルギーで包み込んでいく。
ひくり、目蓋が痙攣した。
筋肉の僅かな収縮を感じ、もう何も映すことはなかった筈の目が、夜闇に溶けるカイロの街並みを捉える。
「ぼくは……」
喉を震わせたその声は、弱々しく掠れていた。
けれど、鼓膜が拾い上げたその音は、確かに自分のものだった。
何が起きているのか。
この身は死んだのではなかったか。
未だ茫洋とする意識の中、どうにかかき集めた思考力で事態の把握を試みる、その耳に。
にゃあ。
また、あの音が届く。
胸に感じる僅かな重みと温もりに、視線を落とし。
「きみは……」
覚えのある姿を、見つける。
その顔は、流れ出た血に汚れてしまっていたけれど。
見紛うことはない、車に轢かれそうになった所を助けたあの時の猫が。
不思議な温もりを放つエネルギーを放ちながら、花京院に寄り添っていた。
花京院生存if 3/5
失血性のショックで、即死していてもおかしくない傷だった。
治療の最中、スピードワゴン財団の医師にそう聞かされた。
DIOによって腹部に開けられた大穴。
当然と言えば当然だろう。
現に自分は、成すべきことは成し遂げたと、二度目の死を受け入れていた。
それでも一命を取り留められた、理由は。
「この猫、波紋を使えるのか」
様子を見に来たジョースターさんをして驚かせしめた、一匹の猫のお陰、らしい。
治療が始まってからも、傍を離れようとしなかった。
邪魔になるからと、医療班の人間にどかされそうになると、牙を剥いて威嚇し抵抗し。
ついには、この腕の中を定位置として獲得した、一匹の老いた猫。
少しやつれてはいたが毛並みは美しく、ゆっくり撫でると顔を上げて指先を舐めてきた。
触れた所からは、体温とは違う温かさがじわりと伝わり、傷の痛みを和らげる。
それこそが波紋の力。
この命を繋いだもの。
猫が傍を離れようとしないのも、絶えず波紋を流し続ける為だ。
「あの時の恩返し、なのかな」
そうされる理由を考えて、腹に力の入らない声で呟く。
周囲で忙しなく動く医師は誰も気付かなかったけれど、猫はぴくりと耳を動かして。
にゃあ、と応じるように小さく鳴いた。
花京院生存if 4/5
怪我の具合が安定してからも、猫は傍を離れようとしなかった。
困り果てた末に、猫を日本へ連れ帰ろうと覚悟を決めたのはそれから暫く後。
初めて乗った飛行機に緊張し、ケージの中で固まっていた猫も、今は膝の上で寛ぎ眠っている。
「そいつ、随分と長生きだな」
仕事のついでに立ち寄ったという承太郎が、膝の上で大人しく撫でられている小さな姿を覗き込む。
猫は承太郎にちらりと一瞥をくれたが、すぐに顔を隠してしまった。
彼だけではない。
他の人には一切懐こうとしない。
撫でるのを許すのも、膝の上に乗ってくるのも、自分にだけ。
随分と好かれてしまったものだ。
「そうだね。10年前からかなりの歳だったはずなんだけど」
「あと20年は生きるんじゃあないか、このふてぶてしさ」
「はは、そうかもね」
軽口を叩く間も、猫は耳を震わすだけ。
分かっているのか、いないのか。
悠然としたその姿勢に目を落としながら、いっそ本当にそこまで生きて欲しいものだと思いつつ、
花京院は、小さな命の恩人の頭から、
僅かに先の割れたしっぽまで、
撫でる手を滑らせた。
花京院生存if 5/5
波紋の使える猫又ちゃんでした。
鳥の声が空を渡り、残響を含んで耳に届く。
晴れた日の午後、頭上の蒼天には目もくれず、足元へと視線を落とす。
自分達の他には人影のない、広大な墓地の一隅。
銘を刻まれた真新しい墓石の前には、蓋の開いた棺が一つある。
「……ジャン」
転び出た呼びかけに応じる筈の者は、棺の中で固く瞼を閉ざしたまま。
ジャン・ピエール・ポルナレフ。
希望の為に、最期まで戦い抜いた男の、葬儀の場であった。
彼の棺は、成人男性のものとしてはあまりに小さい。
かつての戦いで両足を奪われ、子供ほどの身丈しかなくなってしまったせいだ。
棺の傍らへ膝をつき、空を仰ぐ白皙の面へ手のひらを滑らせる。
返してくるのは冷たさばかりで、この体には既に魂がないことを思い知らされた。
鼻の奥がつんとし、胸から込み上げ溢れだそうとする感情を、きつく目を閉じてやり過ごす。
「大丈夫ですか?」
背後からかけられた控えめな声に、目を開けて肩越しに振り返る。
込められた気遣いをそのまま表すような眼差しを向ける、金髪の少年がそこにいる。
「平気よ。……ちょっと待ってね」
少し笑って応じ、正面の棺へ目を戻す。
腕に抱いていたものをふたつ、眠るポルナレフに寄り添わせるように、棺へ納めた。
「独りで寂しくないように……」
それは、遠い昔、共に旅をした仲間を模した人形。
過酷な戦いの最中、先に命を散らしてしまった、2人の勇敢な戦士の姿。
彼と一緒に納める為に作ったものだ。
戦士というにはいささか可愛らしいフォルムな上、あまり良い出来とは言えないけれど。
「彼らがきっと、ここにいるあなたを見つけてくれるわ」
先駆けとなった彼らが、旅立つ魄の導き手となってくれるように。
同時に、2人の魂の安寧を願う。
少しの間黙祷を捧げ、棺の前から離れる。
それを見計らうように前に出た少年の指図で、控えていた人間が動き出す。
目覚めぬ彼を送る為に。
棺に蓋がかけられ、ポルナレフと永久に隔てられた時。
粛々と彼を送る筈だった目に、初めて涙が一筋、静かに零れ落ちた。
『焔』/Sound Horizon
1/2
「泣いているのか」
棺が穴へと下ろされ、金髪の少年の指示のもと、埋葬され始めたのを見届け踵を返した彼女へ声を掛ける。
やや湿気を含んだ土の舞う音が断続的に続く中、見上げるその顔には涙の筋が残っていた。
「曲がり形にもあなたの葬儀だもの。悲しいに決まっているわ」
くすりと笑って涙を拭い、少し屈んで伸ばされた手に抱き上げられる。
仮初めの器を胸元に収めた彼女は、視線を一度墓の方へ投げ、
「……本当に死んでしまったのね」
ぽつりと呟いた。
そっと見上げた彼女の目元は仄かに赤く、未だ涙の名残がある。
その涙を拭ってやりたい。
目蓋にキスを降らせ慰めてやりたい。
ほんの少し腕を伸ばせば、それが叶うだけの距離にいる。
けれど、今の己にはそれが途方もなく難しい。
肉体が死に、魂だけとなり、亀の有するスタンドを依代とするこの身では、生者である彼女に触れることすら出来ないのだ。
「……君が死者に囚われている必要はないんだぞ」
在るべき世界が異なる事実に胸を衝かれ、知らぬ内に口から零れた言葉。
それは小さな音であった筈だが、耳敏く聞き留めて彼女の丸くなった目がこちらを見た。
僅かに視線が絡み、そして、
「……同じような言い回し、何度も聞かされたわ」
眉尻を下げ困った様子の中に、何処か嬉しげな色を滲ませ、笑った。
「あなたの愛したこの世界を、愛しい者に遺す為に。たとえ苦難の道であろうと、あなたと共にある覚悟を決めたのよ。
ジャン、あなたにだってこの覚悟は曲げられない」
私の性格、知ってるでしょう?
確信めいた顔で問う、その眼差しは穏やかながら、意志の強さに満ち溢れていて。
「ああ、そうだ……君は非常に頑固だった」
これは敵わない。
そう思うのと同時に、彼女が変わらずこの傍らを選んでくれることに、例えようのない喜びに満たされる。
もう存在すらしない筈の涙腺が緩む気配をぐっと堪え、視線を前方へと投げる。
棺の埋葬を終えた墓碑を前に、祈りを捧げる金髪の少年がそこにいる。
「彼らに繋ごう。私達が共に歩んだ日々を」
依代の亀を抱く腕に籠もった力に、無言の肯定を教えられる。
ポルナレフは静かに目を閉じる。流す筈のない涙が一筋流れる感覚があった。
『焔』/Sound Horizon
2/2
温もりとひかりを感じてふと目を覚まし、薄く目蓋を持ち上げて視線を動かす。
窓から差し込む陽の光が、時の経過と共に傾き、ソファでうたた寝をしていたポルナレフの頬を照らしていた。
穏やかで暖かな時。
その心地よさから脱しきれずにいる体を目覚めさせるべく身動ぎをしかけて、肩口にかかる重みに気付く。
さらりと肌を撫でる髪の感触、微かに零れる吐息。
眠りに落ちた時にはいなかった筈の彼女が、今は己の隣で静かに寝息を立てていた。
いつからいたのかは分からないが、彼女の眠りは思いの外深そうだ。
黒の瞳が閉ざされているだけで、その表情は普段より随分とあどけなく見える。
差し込む光に染まり、より白さの際立つ滑らかな頬へ、凭れられているのとは反対の手を伸ばす。
彼女を起こさないようにそっと触れた肌は、陽に温められたか、彼女自身の生の証か、仄かな熱を伝えてくる。
二人だけの空間、少しずつ過ぎていく静かな時に、言いようのない幸せが胸に満ちていく。
傍に投げ出されていた彼女の手に指を絡め、預けられた頭へ頬を寄せる。
今少しこの時よ続けと祈るように、ポルナレフは目を閉じた。
『ひかりふる』/Kalafina
足先に残る違和感を、床を数度蹴りつけることで上書きする。
その音が図らずも威圧となったのか、少し離れた所でうずくまる男の姿が小さく震えた。
「上手く立ち回ってここまで来たつもりなんでしょうけど……残念ね、あなたの上を行く情報網が、こちらにはあるの」
派手に動いたせいで乱れ、首にまとわりつく長い髪を指で払う。
気負いはないが油断もなく、 丸めた背中を晒す男を見据えながら足を踏み出す。
「あなたの狙いは何かしら。ボスの座?命?それとも…」
脳裏を去来するのは金髪の少年の姿。
彼がマフィアのボスの座に就いて以来、この手の輩が後を絶たない。
年若故に軽んじられているのか、元々ボスというのはこういうものなのか。
気になる所ではあるが、その辺りの事情はこちらが関知するところではない。
自分が今すべきなのは、脅威をボスから遠ざけることだ。
ゆったりとした歩みながら足取りは力強く、広々とした空間に靴音が高らかに響(とよ)む。
僅かに恐怖の色を浮かべ見上げてくる男の目に、この己の姿が大きく、怖ろしく見えるように。
胸を張り、薄く笑んで睥睨し、男の眼前で最後の一歩を床に強く打ち付けた。
「まあ、目的なんて何でもいい。あるのは結果だけだもの。あなたがボスを狙える『器』じゃあなかったっていう、ね」
至近距離で見下ろされ、仰向く男の眼差しが揺れる。
そこに僅か過ぎった敗北を受け入れる色を見て取り、したりと笑い、身を屈めて男に顔を近付け、
「天下を請うなら、私を逐ってみなさい」
傲慢に過ぎる響きを含ませて、言い放った。
『青天の三日月』/陰陽座
5 物心ついた頃から度々見ていた夢。
息の詰まるような閉塞感と、自分の耳はなくなってしまったのではないかと疑わせる程の無音の世界。
そして闇。
幼い頃はその夢を見る度に恐ろしくて仕方がなかったが、長じて物事が分かり始めるにつれ、
少ないながらも夢から得られる情報がある事に気付いた。
闇を見ているのは正しくは自分ではなく、誰か別の人間。
そのの視覚を通したものであるらしいこと。
無音の世界に唯一響く吐息に時折混じる声音から、その人物が大人の男性であるらしいこと。
いつも闇の中に独り取り残されているのが自分ではないと分かっただけで、夢に抱く恐怖はほぼ消えた。
余裕が生まれて次に関心を持ったのは、自分が視覚を借りるこの男が、どんな人物であるのかということだった。
何故いつもこんな闇の中にいるのか。
この闇の中、何を思っているのか。
顔は。
姿は。
声は。
男への興味は尽きず、少しでも得られるものはないかと、夢を見る度に感覚を研ぎ澄まし、
夢から覚めてからも男に思いを馳せるようになり。
女性らしい体つきになる頃には、夢でしか見たことのない――厳密に言えば見てもいない――男に対し、
淡いというにはいささか烈しい、強い思慕の念を抱くようになっていた。/DIO
【こんな夢を見た http://shindanmaker.com/515001】
「そのピアス、良い色ね」
横顔に視線を感じて振り向けば、見上げてくる彼女と目が合った。
「これかい?」
つられて自分の耳に触れる。
チェーンの先に赤い石のついた、日本を発つ前から身に付けていたものだ。
「よく似合ってる」
「フフ、ありがとう」
笑いかける彼女の髪が流れる、その飾り気のない耳元に目をやる。
旅には必要のない物だと、装飾品の類を身に付けない彼女だけれど。
「君にもこの色なら似合うんじゃあないかな」
ピアスの片方を外して近付ければ、行動の意図を察して髪を掻き上げ耳を晒す。
どう?と言うように首を傾げる彼女の白い首筋に、自分のピアスが彩りを添えた。
「やっぱり、思った通りだ」
「似合ってる?」
「うん。ああ、でもこのデザインじゃあちょっと無骨に過ぎるかな」
この色で、もう少し小ぶりで可愛らしい、女性にも似合うデザインのもの。
考え込んでいたら、彼女におかしそうに笑われた。
「そんなに悩むくらいなら、今度実物を見ながら考えてよ」
「実物?」
「そう。今は無理だけど…旅が終わって日本に帰ったら。また会って、貴方の見立てで私に似合うピアスを選んで?
そんなに真剣に考えてくれるんだもの、きっと素敵な物を見つけてくれるわ」
いいでしょ?と笑う彼女。
旅を終えてからも会おうと言ってくれる事に少し唖然としたが、また一方で嬉しくもあり。
宛てがっていたピアスを引き戻し、
「分かった。日本に戻ったら、君に一番似合うピアスを選ぼう。
そしてそれをプレゼントするよ。僕らの友情の証にね」
彼女の笑顔に応じ、後幾日か先の約束を結んだ。/花京院
【花京院ピアス発売おめでとうございました】
さらりと流れた黒髪から覗く耳朶に、きらりと光って揺れる石。
煙草に火をつけようとしていた手を止めて、思わずまじまじと眺めてしまう。
「お前そんなピアス持ってたか?」
ピアスホールに通したチェーンの両端に、小指の爪程の大きさに丸く磨かれた石が一つずつ。
振り仰ぐ首の動きでくるりと揺れる。
「可愛いでしょ?」
上機嫌で相好を崩す様の魅力に思わず目を奪われる。
よく似合っていると、感じたままに答えてやれれば良かったのだが。
彼女の耳元を飾るシンプルなデザインのピアスが、どこか『あいつ』のものと似てはいないか、と。
そう想起させるものを着けて喜ぶ様子が何故か悔しく、嫉妬に似た感情が蟠り、肯定の言葉を喉の奥に押し止める。
黙ったままでいるのは不自然だ。
何か言ってやらなくてはと、妬心を覆い隠す言葉を探している内に、
「貴方の目の色に似てるでしょ」
続けられた言葉と微笑みが、蟠りを一瞬忘れさせる。
耳朶から垂れるチェーンの先に付く石、その色は青。
「綺麗な色で気に入ったんだけど……青は似合わないかな?」
デザインばかりに気を取られていたが、彼女がこのピアスを選んだ理由に石の色があるのなら。
澄んだ石の輝きに、一度忘れた妬心がそのまま溶け消えていく。
「ああ……よく似合ってるぜ」
するりと出てきた肯定の言葉。
聞いて嬉しそうに目を細める、彼女の眼差しに誘われるように。
伸ばした手で、くしゃりとその頭を撫でた。/ポルナレフ
【花京院ピアス関連】
茫洋と宙を彷徨う、とろりとした眼差し。
眠いなら無理をせずに眠れと促せば、まだ貴方と話していたい、と返された。
「さっきようやく起きた所なのに……」
小さな子供がぐずるのにも似て、眠気に対するささやかな抵抗も、既にその語尾すら怪しい。
いじらしい姿に引き寄せられ、あやすように頬を撫でる。
「次に目を覚ましたら、また沢山話せば良いじゃあないか。起きた時には必ず傍にいるから……な?」
だから今は安心して眠れ。そっと瞼にキスを落とすと、僅かに寂しそうな表情を見せる。
それでも触れた温もりに多少は安らいだのだろう。
小さく頷き、彼女は静かに目を閉じる。
すぐに穏やかな寝息が聞こえ始め、再び長い眠りに入った事を知った。
そのあどけない寝顔を、鮮やかな赤い花が彩っている。
顔の半面を覆う程の大輪のそれは、彼女の右目から咲き零れている。
美しくも恐ろしい、その花こそが、彼女を望まぬ眠りへと誘う病だった。
外科手術では取り除けない、奇妙な病から彼女を救い出す方法は一つ。
この世界の何処かに存在するという『人魚の涙』と呼ばれる薬を用いる事。
眠る彼女の艶やかな黒髪を一房手に取り、唇を落とす。
「少しの間、離れるからな。オレがいないからって泣き出すんじゃあないぞ?」
聞こえる筈のない相手に言い聞かせるのは自分の為。
彼女の意思が傍にない空虚を束の間埋める、まじないのようなものだ。
変わらぬ寝顔を一度見つめてから、音を立てぬように立ち上がり、ベッドの傍を離れる。
彼女の眠る部屋を後にすると、そこには少年が待ち構えていた。
「もうよろしいんですか?」
生来の洞察力と知識で多くを見抜く彼は、多くを訊かない。
まじないでようやく紛らわせている今の心の有り様には、深く干渉をしない姿勢が少なからずありがたかった。
一度部屋を振り返り、それから彼に目を戻し、笑う。
「ああ……待たせてすまなかったな。さあ行こう」
被るのはNo.2の顔。
組織に集まる情報の中からほんの一掬いの希望を得る為。
ポルナレフは、ジョルノの隣に並んだ。/5部ナレフ
【新は右目から真っ赤な花が咲く病気です。進行すると一日を殆ど眠って過ごすようになります。
人魚の涙が薬になります。 http://shindanmaker.com/339665 】
はっと夢から覚めて視線を巡らす。
いつもの寝室にいつものベッド、そして傍にはいつもの彼の寝顔。
あれが夢であったと分かって、ほっと安堵の息を吐く。
「嫌な夢でも見たか?」
眠りの中にいると思っていた彼の、静かで穏やかな声がした。
身動ぎと共に腕が伸ばされて、その広い胸元へ優しく引き寄せられる。
「起こしちゃった?」
「隣でああも魘されてたら、な」
囁くように問えば、婉曲な肯定が返される。
彼の眠りを妨げてしまった、その申し訳なさに「ごめんね」と小さく謝ると、そっと背中を撫でられた。
「謝る事なんかあるかよ」
薄闇の中、額に落とされる柔らかな感触。
「怖けりゃ頼れ。いつでもオレの胸を貸してやるから」
笑い含みに言いながら、引き寄せる腕に力を込める。
彼の胸に押し付けられた耳に届くのは、静かだが力強い鼓動。
闇に呑まれる夢だった。
こちらの意志とは関係なく、蹂躙し支配する。
過去の記憶は夢という形で蘇り、時折こうして自分自身を苦しめる。
その度に胸に抱き寄せて、夢に揺らいだ心を宥めてくれるのが彼だった。
自身も同じ体験をしているからこそ、かける声には実感がこもる。
背中を撫でる温もりに、ゆるゆると眠気を誘われる。
きっとこのまま眠りに落ちても、あの夢は見ないだろう。
目尻に滲んでいた涙を、気付かれないようひっそりと拭い。
安心を与えてくれる、彼の鼓動に身を寄せた。/ポルナレフ
【新は夢を見た。
闇から産まれたなにかに身体を蹂躙される夢だった。
新は目覚めると目元にたまった水滴をぬぐった。
夢でよかった?
http://shindanmaker.com/515001 】
戯
2015.8.11
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