眠りの中にあった意識がふと覚醒し、は目を開ける。

横たわったまま動かした目には、星の瞬く夜空を切り取った窓が見えた。
そこから差し込む幽かな月明かりを頼りに、頭を持ち上げて枕元の時計を確認する。

目を凝らして見えたのは、まだ起床には随分と早い時間。

何故こんな時間に目が覚めてしまったのだろう。
いつもならアラームが鳴るまでぐっすりと眠っているはずなのだが。
耳を澄ませてみても深夜独特の静けさが耳を打つばかりで、目を覚ます原因になりそうな物音や気配は感じられない中、ふと一つの音を聞く。

規則正しい呼吸音。
深い眠りの中にある音。

首を回して音のする方……隣のベッドを確認する。

男女の性差を考慮されて、ホテルに泊まる際はに優先的に一人部屋が宛がわれるのだが、部屋数等の関係でそれが適わない場合も往々にしてある。

今日がまさにそのパターンで、同室の相手は花京院。
今はベッドに身を横たえて、ストライプのパジャマに包んだ背中をこちらに向けている。

よりも気配や物音に敏感な彼が未だ眠っている。
ならば警戒すべき危険が迫っている訳ではないと判断していいだろう。

刺客の襲撃でないのなら、まずは問題ない。
目が覚めてしまったのはたまたまだ。
はそう結論付けて、一度浮かせた頭を枕へと沈めた。

幸いにも眠気はまだ瞼の上にあり、このまま目を閉じればすぐにでもまた眠りにつけそうだ。

今度はアラームが鳴るまで眠ろうと、ベッドの中で納まりのいい体勢を探って寝返りを打ち、

「ひっ……!?」

唐突に生じた、否、気付いた違和感に、小さく悲鳴を上げた。

体にかけたシーツの下で、ベッドに投げ出した脚の上を何かがじわり這いずってくる。
ふくらはぎから太ももへと上ってくる感覚。
は慌ててシーツを引き剥がし、その正体を確かめる。

「……あ、」

思わず気の抜けた声が漏れた。
目に飛び込んできたものの正体は、もよく見知っていたものだからだ。

「ハイエロファント……?」

うっすらと緑に輝く、細長い帯のようなもの。
花京院のスタンド『法皇の緑ハイエロファントグリーン』が、蛇のように絡んでの脚を仄かに照らしていた。

目覚めの原因はこれだったかと気付く。
「法皇」の触脚が肌をくすぐる感触が、の意識を浮上させたのだ。

「もう……びっくりさせないでよ」

驚きと混乱とで強張っていた体が一気に脱力する。

眠気を吹き飛ばされてしまったことだけは、少しだけ恨めしく思う部分もあるけれど、原因が分かれば何も恐れたり警戒したりする必要はない。

一度ちらりと花京院の方を窺う。

こちらに向けられた背中は相変わらず静かで、起きた様子は見られない。
今自分に絡みつく「法皇」は、彼が夢うつつの内に発現させているのだろうか。
となると、無理に起こすのも忍びなく思えてくる。

は花京院を起こさないように声を潜め、這いずられるくすぐったさを堪えて「法皇」へ語りかける。

「ほら、あなたの本体はまだ寝てるわよ。こんな所で寝ぼけてないで、花京院の所へ戻って」

私も早く寝たいんだから。
手を伸ばし、脚に絡まる触脚の先端を指先で持ち上げた。

刹那、にわかに触脚が素早く動き、

「え、」

離れるどころかの手首へと巻き付き、がっちりと掴んだ。
反射的に手を引くも、「法皇」の拘束は強固でびくともしない。
気付けば脚に絡んでいた一本だけではなく、複数の触脚がベッドの縁からじわじわと近付いてきている。

先の一本に続き、それらが自分の体の上を這い始めた時、は初めて焦りを覚えた。

花京院は眠っている。
つまり、今「法皇」は本体の意思から離れて行動している。

一体何の目的があって。

考えた所で分かることではないし、分かってはいけないことのような気もする。
が、このまま好きにさせておくと今以上に焦る事態に陥りそうな予感をひしひしと感じる。
触脚の動きはそういうたぐいのものだった。

一度は自分だけで対処しようと思ったが、状況が変わった。
今は花京院を起こして、「法皇」をコントロールしてもらうのが最善の手段だろう。

太ももの内側、皮膚が薄く柔らかい部分をくすぐる触脚から、自由の利かない体で逃げを打ちつつ、隣りのベッドへ必死に頭を向ける。

「か、花京院……起きて、かきょ、っ」

控えめに呼びかけた声は、不意に跳ねた喉に阻まれた。

太ももを這っていた触脚が、にわかに更に奥へと進み始めたのだ。

花京院を起こそうとしたのを読んでいたかのようなタイミング。
より脚の付け根に近い場所を撫でられ、ひくりと体が震える。

「ぁ、っ!」

思わず漏れた声に含まれる甘い響きに驚き、咄嗟に自由になる方の手で口を押さえる。
仕方のないことだったが、口を塞いだせいで花京院を呼んで起こすのが更に困難になってしまう。

どうしようと考えている間にも、触脚は忍び寄る。
いつしかの身体は、何本もの触脚に絡め取られて逃げられなくなっていた。

夜着の裾から入り込み、脚の付け根を、へその辺りを、脇腹を、胸の膨らみを。
その帯状に伸ばされた滑らかな体で、くすぐり、愛撫し、に触れてくる。

ここまで来たら、もう分からないなどと目を背けることは出来なかった。

「法皇」は確固たる意志を持って、を高みへといざなおうとしている。

「やだっ、待って……ん、ぅ……!」

固く脚を閉じて、これ以上は進ませまいと抵抗を試みるも、薄くしなやかな「法皇」にはあまり効果はなく、
ぐにぐにと蠢いては僅かな隙間に割り入ってくる。
体を捩って逃れようとする動きは、脇腹のたったひと撫でで封じられてしまった。

くすぐったさの裏に隠れる、脳を痺れさせる危うい刺激。

身を竦めた拍子に強張りが緩んだ隙を突き、触脚が下着の上からするりとの陰核を掠めた。

「……ッ!!」

びくりと腰が跳ね、喉まで出かかった声を辛うじて飲み込む。

くるくるとこね回しては時折軽く押し潰す。
その度にびくびくと跳ねる体を楽しむように、「法皇」は何度も執拗にその場所に触れた。

はただ耐える。

最早花京院を起こすことなど諦めていた。
この状態で口を開けば、出てくるのは花京院の名ではなく嬌声ばかりになりそうだった。

寝ている所をわざわざ起こして、挙句にそんなあられもない姿を見せるなんて、見られるなんて。
目を覚ました花京院がこの有様を見た時の反応を考えるだけで、押し流されかける理性がに羞恥を訴えた。

事ここに至っては、「法皇」が何らかの形で満足しこの拘束を解くまで耐える。
に出来るのはそれだけしかない。

「んっ、ん……っ」

口に当てた手の肉を噛み息を殺す。
全身あらゆる所から与えられ続ける愛撫を押し止めようと出来るだけの余裕も力も既にない。

寄せ合わされた乳房の頂、固くなったものを転がされ、仰け反った喉を撫で上げられる。
足の指の間を人の舌が舐めるように擦る動きから逃げを打つと、それを逆手に取って脚を更に広げられがっちりと固定された。

「あっ、嘘……!?」

思わず小さく声が出る。
開かれた脚の間から、触脚は易々と下着の中へ侵入を果たした。

の秘部へ触れた「法皇」の先端がぬるりと滑る。 既に準備の整っていた自分の体に瞠目すると同時に、覚悟はしていたが、
「法皇」が最後まで事に及ぼうとしているのを改めて知らしめられた気分だった。

触脚は最奥の入り口を浅くつつきながら、溢れる蜜を自身に絡ませている。
そして、ゆっくりとの中に潜り込んだ。

「〜〜っ……!!」

ぐちゅりと生々しくも聞こえる水音。

爪先をきゅっと丸め、は体を押し開かれる衝撃にひたすら耐える。
粒切れになる息、生理的な涙が流れ、力が入り震える体。
その緊張を解すように触脚は全身を愛撫し、力が抜けた瞬間を見計らって最奥を暴いていく。

痛くはない。
十分すぎるほどに潤されていたし、男性のものを受け入れるより触脚は薄く柔らかい。
だが、長さがある分どこまでも奥へと進んできたし、それ自体が意思を持って動く。
普通の性行為とは似ているようでまるで違う感覚には戸惑い、また煽られた。

「んっ、……っ、ゃ、あ……っ!!」

「法皇」に満たされる体の中、ある一点を掠められ、視界がちかと明滅する。
僅かに反応の変わったことに気付いた触脚の動きが、その瞬間明らかに変わった。

奥深くを目指しつつ、自在に蠢く触脚の側面で何度も何度もその場所を刺激される。
いやいやと首を振って快楽の波をやり過ごそうとしても、体を蹂躙するそれらは否が応でもの気を高みへと追い立てていく。

朦朧としてくる意識の中、は涙に潤む視界でちらりと隣のベッドを見やる。
変わらず向けられている花京院の背中に、良かった、とぼんやりと思う。

良かった、まだ目を覚まさずにいてくれているようだ。
どうかこのまま最後まで、自分のみっともない姿を見られませんように。

そっとそれだけを祈りつつ、口に当てていた自分の手、折り曲げた人差し指の背を噛む。

「ふ、んぁ……っ!」

潜り込んだ触脚が一度引き抜かれた刺激に背中を仰け反らせる。
同時に突き出した胸の頂を擦り合わせるようにつままれ、身を捩らせた瞬間。
最奥を、今度は一息に貫かれ。

「ぅ、んんん……っ!!」

びくびくと震える体が、銜えこまされた触脚を強く締め付けるのを、白む意識の向こうで感じながら。

の気は呆気なくも絶頂へと上りつめた。





「……、起きてください。そろそろ朝食の時間ですよ」

 聞き慣れた声が耳を打つのへ、はそっと目を開ける。
僅かに腫れぼったい目を擦りつつ、目深までかぶった布団から顔を出せば、既に着替えも全て済ませた花京院がこちらを見下ろしていた。

一糸乱れぬ佇まい、冷静な性格をそのまま溶かし込んだ眼差しも普段と変わりない。

「どうしたんです?まだ眠そうですね」

視線はかち合っているのに返事をしないへ、花京院は首を傾げて問う。

いつもならどう思うこともないもの所作なのだが。
今日ばかりはその澄ました顔が、どうにも気に障った。

「今日はなんだか食欲がないの。朝ご飯はみんなで先に食べていて」
「……調子が悪いんですか?薬をもらってきましょうか」
「いいの。大丈夫。しばらく放っておいて。出発時間には間に合うようにするから……」

花京院の案じる声を一蹴して、覗かせた顔を再び布団に潜り込ませる。
しばらく様子を窺っている気配があったがそれも無視を決め込んでいると、やがて諦めたように遠のく足音を聞いた。

ガチャリとドアの開く音。
それからややあって閉まる音がした所で、はようやく布団から顔を出す。

部屋から花京院の姿がなくなっていることを確認し、

「花京院の馬鹿。バ花京院」

聞こえていないことは分かっていても、ボリュームを絞って小さく毒づく。

あの雰囲気から察するに、花京院は恐らく昨夜の身に起きたことを知らない。
彼のスタンドがこの体を散々弄んだというのに、本体は至って気持ちよく休息を取っていたのだ。
スタンドの暴走、とでもいえばいいのだろうか。

昨夜のこちらの苦労を思うと、ふざけるなとひとしきり罵った上で謝罪させたい所ではあるが、
本人が知らないことに対して謝罪させる為には、この身に起きた事態を端的にでも話さなくてはならない。
とてもではないが出来るとは思えなかった。
説明している自分を想像するだけで、羞恥で顔から火が出そうだ。

今また羞恥の一端が顔を覗かせかけたのを、体を抱き締めて堪える。

そう、堪えるのが最善策。
体は好きにされてしまったが、中に何かを残された訳でもない。
花京院の意思が介在しない範疇での出来事なら、エメラルド色の犬に噛まれたとでも思って、このまま何もなかったことにしてしまう。
それが一番穏便で角が立たない。

たった今得た一人の時間は、自身を納得させるためにあてればいい。
納得できない気持ちは、一人の内に全て吐き出してしまえ。

胸の内に澱んだ蟠りを吐き出すように、はひとつ息を吐く。

「……馬鹿」

唇に触れた吐息は、微かに熱を孕んでいた。










ハイエロによる触手プレイを書いてみたかったんです(土下寝)
エロファントグリーン!!

花京院視点の後日談を書くかもしれない。



2016.1.26
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