湯を張ったボウルから浸けていたタオルを取り出して絞る。
適度に水気を残し仄かに湯気を立ち上らせるそれを、こちらに背を向けてベッドに横たわる男……ポルナレフの露わとなった肌へ当てた。
緩く曲線を描く筋肉の流れに沿い、力を入れすぎないように。
はポルナレフの体を丁寧に拭き清める。

目に映る色の白い背中には無数の傷があった。

背中だけではない。
今のの位置からでは見えないところにも、打ち身、切り傷といった怪我を負っている。

彼には『ある事柄』が明らかになった時から追い続けているものがいた。
相手は聡く、用心深く、探られていると感づくや、周到で隙のない包囲網で逆にポルナレフを追い込んだ。
逃げ道を失い外部への連絡手段を断たれた、孤立無援の絶望的な状況。
その中にあってなおポルナレフは希望を捨てずに行動を続け、ついにはその相手との邂逅を果たす。

だが、彼に出来たのはそこまでだった。
対峙した崖の際、ポルナレフは相手の邪悪な能力に捕らえられ、崖の下へと打ち捨てられた。
全身に及ぶ負傷はその時のものだ。

とりわけ目を引く傷は主に3つ。
顔、腹、そして手足。

相手の能力にかかった時に、スタンドを通して右目を裂かれた。
崖下へ落ちた時に、岩礁に叩きつけられ腹が裂けた。
それら一連の流れの内に、両足と右腕、四肢の多くを失った。

赤く滲み、湿った内側を覗かせる傷口を見る都度、ポルナレフが被った代償の大きさに震えずにはいられない。

彼はただ、未来の為に動いただけなのに。

込み上げそうになる感情の波を、は唇を噛んでじっと堪える。

「っ……」

当てた手の下で、微かに息を詰め身動ぐのを感じ取り、は我に返る。

「ごめんなさい、痛かった?」
「あ、いや……」

力を入れ過ぎただろうか。
慌てて謝ると、ポルナレフは枕に沈めた頭で肩越しに振り返り、

「何でもない、少しくすぐったかっただけだ」

少し笑って、続けてくれと先を促す。
はその表情をじっと窺った。

辛そうな素振りなどは窺えない。
しばらく見ていてもその印象に変わりはなかったので、そっと安堵の息を吐き、

「痛かったら言ってね?」

冷めてきていたタオルを新しいものに変えて、止めていた手の動きを再開した。

ポルナレフは何でもないと言ったが、やはり多少は傷口に響いてしまうのかも知れない。
大きな傷口の周りは緩く優しく拭き清めていても、タオルの下で時々ぴくりと身動きするのが感じ取れた。

弱った体にあまり我慢をさせたくはない。
力加減に注意しつつ、はポルナレフの体を手早く丁寧に拭き清める。

「はい、終わり。最後は足よ」

ひととおり拭き終わって再び声をかけ、仰向けへ体勢を変えてもらおうと、横向きで上になった右肩に手を添える。
常であれば、触れた手を合図に、ポルナレフは素直に体勢を変えてくれる……はずなのだが。

「ジャン?」

今日に限って、手の下にささやかな抵抗があった。

「……今日はここまでにしておかないか?」

背を向けたまま、横向きの体勢を変えずにポルナレフは言う。
先程のようにへ笑いかけることもなく、視線はずっと正面を向いていた。

「ここまで、って……足は?拭かなくていいの?」
「ああ、いい。少し眠くなってしまった。今日はもう大丈夫だ」

表情が見えない程度にちらりと顔を動かして、いい、大丈夫だと繰り返す。
その間も、頑なに体を向けようとしない。
不思議な態度の変化に、は首を傾げる。

身体を拭くのは清潔さを保つために必要ではあるが、無理強いすることではないし、眠気を妨げてまでおこなうものでもない。
本人がいいというのなら、一日ぐらいはおこなわなくてもいいだろう、とも思う。
だが、ふと一抹の不安がよぎり、は表情を曇らせる。

「ねえ、やっぱり傷が痛むんじゃない?」

これだけの怪我を負って少しも痛みがないことは有り得ない。

崖から落ちて、こんな体になって。
それで命を繋げられている今が奇跡なのであって、いつ体調が急変してもおかしくはないのだ。

もし『何でもない』というその言葉が、こちらを心配させまいとして出たものであったなら、
他人よりもまずは自分の身を大事にし、手遅れになる前に痛みや不調を教えて欲しかった。

「無理はしちゃ嫌。あなたが辛いのは、私もつらいもの」

ベッドの縁に腰掛け、大小の傷へ負担をかけないように細心の注意を払いながら、剥き出しの白い肌へ手を伸ばす。
肩口へ触れると、はっとした顔でポルナレフがこちらを振り返る。

「ジャン……」

そっと顔を寄せる。
見開かれた目を覗き込んで、濁した言葉の裏に隠した本心を探れはしないかと。

勿忘草色の瞳に、ぼんやりとした自分の姿が映り込む。
覗き込んで傾いた体勢、耳にかけていた黒髪がさらりと落ちて。

「っ、」

毛先が掠めていったポルナレフの腕が、びくりと跳ねた。
ポルナレフの目を捉えていた視界の端でやや大げさなまでに動かれたので、ついつられてそちらを見やった所で、
は『それ』に気が付いてしまった。

「……あ」

思わず気の抜けたような声がもれてしまう。
の注意を引き付けた、跳ねた腕のもう少し先。
肘から下が失われ、遮るもののなくなった中で新が捉えるのは、ポルナレフの腰の辺り。

パジャマのズボン、その前の部分が、不自然に盛り上がってはいないか。

「あー……」

言葉を探しあぐねる間延びした声が聞こえ、はようやく、無遠慮に『そこ』を注視する自分に気が付いた。

男性の体がそうなる意味。
すぐに思い至り、慌てて顔を正面へ戻す。

「あの、ジャン」
「言っただろう、くすぐったいって」

何と声をかけたらいいのか。
狼狽えてしまい二の句が継げずにいるに、ポルナレフは目を細め、
少しだけ視線を宙に彷徨わせたあと、体の下に敷いていた左手を抜き出した。

右腕と違い、こちらは指の先まで残っているが、決して無事な訳ではない。
怪我を庇いながらゆっくりと動き、伸ばされた手はの髪をするりと撫でた。

「昨日までこんなことはなかったんだが。何故か、君の手が触れるどこもかしこも……なんだ、気持ちがいいんだ」
ポルナレフの勿忘草色の瞳に、普段より少し呆けたような表情の自分が映り込んでいる。

「これ以上触れられていると……抑えが利かなくなりそうでね」
「っ、」

撫でていた髪を一房掬い上げ、その毛先で顔の輪郭をくすぐられる。
がその感覚に身を竦ませると、半面を包帯に覆われた顔で、ポルナレフが小さく笑った。

「こんな満足に体も動かせない状態で触れたって、君を悦くさせられないだろう。だから、今日はおしまいだ」

絡まる視線。
笑みを形作る左目の青が、にわかに濃さを増したように見え、は目を逸らせなくなった。
輪郭をくすぐる感覚の陰から、じわり別の感情が覗くのを自覚する。

思わせぶりに触れておいて、そんな目で見つめてきておいて。
自分の本心を語ってきておいて、何事もなく過ごそうとする。
それはとてもズルくて、あまりに誘導的ではないか。

内在するそれに一度気付いてしまったら、目を背けることなど出来はしない。

「……私から触れる分には、構わない?」

ポルナレフの意を汲むように、そっと囁く。
僅か見開かれた左目に、の鼓動が自然と速くなる。

ポルナレフはのことを考えて「今日は触れない」と言った。
同じように、もポルナレフのことを考えた上で、「今日触れたい」と、そう思ったのだ。

体勢を変えてベッドに乗り上げると、二人分の体重を支えてギシリと軋む音がした。

……」

横たわる体の両脇についた手は、彼を閉じ込める格子の代わり。
唖然とした顔を見せるポルナレフがこの腕の中にいると思うと、不思議と少しの充足感を得られた。

けれど、足りない。
もっとこの体を満たすものが欲しい。
ポルナレフが口にするまで思い出せもしなかった、彼を求めてやまないこの心を満たすものが欲しい。

心臓の音を耳のすぐ近くで聞きながら、常より深い勿忘草色の瞳を見下ろし、

「あなたは動かなくていいわ。私が全部、シてあげる」

にこりと笑いかけて、顔を近づける。
最初こそ慌てたように目を泳がせていたポルナレフだったが、腕の檻が、流れ落ちた黒髪の檻になった時、心が定まったようだった。

顎を少しだけ持ち上げ、ふっくらとした唇を薄く開く。
はそこに迎え入れられるように一度唇を軽く触れ合わせ。
そしてゆっくりと、深く舌を絡めた。










2017年3月のHARUコミで開催されるプチ「夢本市」に参加いたしますー。
びっくりするぐらいの遅筆を見越して今から準備始めても間に合うのかいまいち自分で信じられませんが、
上手くいったらこんな感じのR18コピー本と健全オフ本出ます。出したいです。

体の自由が利かないのをいいことに主導権を握る夢主美味しいと思います。



2016.9.11
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