空悋気





「猿飛先ぱ…」


 名を呼ぼうとするのを人差し指を当てて制し、黙った隙に机の上に押し倒した。
自分よりも小さく華奢な体に無理を強いている事に少しだけ後ろめたく思ったが、
同時に難なく腕の中に納められている事が、佐助の胸にちろりと欲の炎を宿らせた。

動揺に瞳を揺らす、一つ下の後輩…を見つめる。


「あのっ」
「黙って」


が首元に巻いていたスカーフを片手で器用に外してから、小さな口へ押し込む。
苦しげに眉を寄せたににこりと笑いかける。
表情の裏で、言い様のないぐるぐるとした物を心に抱えたまま、佐助はブラウスに手をかけた。





 初めはただの新聞部の後輩だと思っていたのに、ふと彼女の姿を見つけると目で追うようになったのはいつからだったか。

あどけない面立ちとキラキラとした眼差しで、校内で会うと快活に挨拶をしてきた。
取材の時も実に楽しげで、そんな彼女が書く記事は人を引き込む魅力があった。
次はどんな記事を書くのか。校正をしてもらおうと原稿を持ってくるのが楽しみだった。
そこがを意識し始めた原点だったかも知れない。

の目が、彼女の同学年である幸村ばかりを追っている事に気付いたのも、そうしてずっと見てきたからだろう。
幸村のクラスメートにも聞き込みをしているようだし、サッカー部エースの取材かとも思ったが、いつまでもそれらしき原稿が上がって来ない。
不思議に感じていたが、ある日幸村を見ていたと偶々目が合った時、ぱっと頬を赤くして慌てて走り去ったのを見て、そういう事かと悟った。

幸村と近しい間柄なだけに、妙な虫は近付けるつもりは一切ないが、なら大丈夫だろう。
気に入りの後輩の恋心をそっと見守ってやろうと、そう思った日から。
を見る佐助の胸の内に、どろりとした澱が溜まり始めた。

校内での姿を見かけると、身を隠したり進路を変えるようになった。
話し掛けられたらいつも通り返せるが、表情筋が疲れるようになった。
の視線の先に幸村がいると、胸に蟠るぐるぐるとした物を腹の底に押さえ付けるのに苦心した。
経験のない感覚に戸惑いながらも、「新聞部の先輩と後輩」の関係は、今日までどうにか保てていたのだ。


崩れてしまったのは、ついさっき。
放課後、新聞作成の為部室に残っていた佐助の元へ、訪ねてきたが、


『猿飛先輩にとって、真田くんはどんな人なのか教えてくださいっ!』


頬を染め唇を引き結び、意を決したように訊ねた姿に、澱が急速に心を占めていくのを佐助は感じた。

情報を得るのに一番手っ取り早い存在の佐助へ、よく今まで聞きに来なかったものだ。
同時に、よくも今更聞きに来たものだと思った。
幸村を見るその眼差しに気付く度、自分がどんな気持ちを覚えてきたかも知らないで。

君はただ、好きな人の事を思って俺を見る。

澱に覆われた心は、佐助を衝動に駆り立てる。
抑える事も出来ただろう。が、抑える気など、この時は毛頭無かった。


『知りたい?』


にこりと笑いかけて、席を立つ。
部室の入口で仁王立ちしていたの手を引き招き入れ、部室のドアを閉め気付かれないよう鍵をかける。

その後は、流れるように。
机の際に立ったの肩を押し、何をされているか気付く前に、その体を机の上に組み敷いた。





 口に押し込まれたスカーフを取ろうとするの手を、その前に捕らえてまとめ上げてしまう。
細い手首を束ねるなど片手で十分だったので、空いたもう一方の手でブラウスのボタンを外していく。


「俺様から情報を引き出したいなら、相応の報酬をくれないと」


ブラウスの下のキャミソールもたくし上げ、裾から差し入れた手で脇腹を撫でる。
体の下でがひくりと震えるのを感じ、佐助は知らず喉を鳴らす。
きめ細やかな肌が掌に心地よく、鼓動が一つ速くなった。


「ん、んんーっ!」


ようやく置かれている状況の認識が追い付いたか、不自由な口で懸命に抗議し、がもがき出す。
既に机に乗り上げており、足の間に体を滑り込ませている。

「はいはい、痛い思いしたくないなら暴れないでね」
「んんん!んーっ」
「大将の事知りたいんでしょ?」
「んん…!!」


近くなった首筋へ顔を寄せ歯を立てる。
少し痕のついたそこを舐め、軽く吸い上げる。
動作の一つ一つに体が跳ねて強張る様に煽られつつ、隙を見て少しずつ事を進めていく。

胸元が露になる所までキャミソールをたくし上げ、スカートの留め具を外す。
わざと掠めるように触れていくと、意図せず出そうになるあえぎを堪える、鼻にかかる甘い吐息が耳をくすぐった。

堪らない。衝動の赴くままに掻き抱いてやりたい。
を思う度に積もり溜まった澱をこのままぶつけてしまいたい。
その後の彼女との関係がどうなってしまうか、頭が熱に浮かされたようにふわふわとして、考えるにも余裕はなく。

何度目か跳ねて仰け反った背中へ手を差し込み、ホックを外す。
そこでようやく、佐助は顔を上げた。
事を進め出してから意識的に見ないようにしていたの顔を、無意識の内に見ようと動いていた。


止めどない涙に彩られたの顔と行き合った。
抵抗のせいだけではない、乱れた呼吸に胸元を上下させながら、それでも涙に濡れそぼったの目は真っ直ぐに佐助を見つめていて。


佐助は冷水を浴びせられたような心地がした。
泣かせてしまった、その事実が佐助の頭に殴られたような衝撃を与える。
同時に、気付いてしまった。
幸村を追うを見る度、溜まり続けていた澱の正体に。


「…冗談が過ぎたかな」


ようよう絞り出した声は平静を装えているだろうか。
拘束していた手を放し、机に縫い付けていたの上から身を起こす。
暫く呆けていたが、自由になった事に気付いたは、肌蹴られた衣服を掻き合わせた。
我に返った様子を確認して後、佐助は肩をすくませた。


「あんまり可愛い反応するもんだから、やり過ぎたよ」


ごめんね、と言う間にも向けられるの怯えたような目が、鋭い刃となって胸を切りつける。

彼女の書く文章、先輩と呼び慕って向ける笑顔。
これだと言える決め手は、最早思い当たりはしなかったが。
に幸村の事を尋ねられ積もり溜まった澱を、嫉妬と呼べば納得が出来た。
本人ですら気付いていなかった思いを、当然ながら知る由もなく、頬を染めて別の男の話をしたに、嫉妬したのだ。


佐助は、新を好きになっていた。


気付いた時には、向けてくれていたであろう信頼を裏切ってしまっていた。
思いを伝えるには遅く、また今までの関係でと接する事はもう出来ないだろうという確信があった。


「その状態じゃ話なんて聞けないよね。また後日教えたげるから、今日はもう帰りな」


一瞬躊躇ったが、身を起こしたの頭へ手を伸ばし、少し乱れた髪をすいてやる。
もう触れる事などないを名残惜しむように。
関係を壊したのは自分なのに、随分と未練がましい事だと苦笑して。
手を離して、部室のドアへと踵を返した。


「待って下さい、猿飛先輩!」


口に押し込まれていたスカーフを取ったの声に呼び止められる。
どんな顔を向けられているのか、振り返って確認する勇気は、この時の佐助にはなかった。
構わず歩を進める。


「話を聞いて下さい!」
「俺は送っていけないから、気を付けて帰るんだよ」
「先輩っ!」


今の状態では話は聞けないだろうと気遣う振りをしたが、本当は自分こそが話せる心理状態ではないから、早くこの場から立ち去りたかったのだ。
呼び止められて応じられる訳がない。

部室のドアの鍵を開ける。
自分の行動によって失われてしまった物の大きさを思いながら、ドアに手をかけ。


「ほ…本望です!」


逃げ出した背に掛けられた言葉の意味を図りかね、佐助は止まった。
唖然として、背後を振り返る。

スカートの留め具を外されている為、中途半端に佐助を追った姿勢で動けずにいる。
睨み付ける強さの眼差しも、赤く染まったの頬も、何かを我慢しているようで。
表情の理由が思い当たらず固まった佐助へ、独り言のようにが語る。


「先輩と…こうなるならなったで、正直嬉しいんですけどっ…でも、こ…告白もまだ聞いてもらってないのに…」
「…え?」
「しかも猿飛先輩、何だか怖いし…こんな状況でって、あ、あんまりじゃないですかぁ…」


喋っている内に感極まったのか、途中から鼻声甚だしく、しまいには顔を覆ってさめざめと泣き出してしまった。
佐助は戸惑いつつも、泣き声が外に漏れないよう、開けかけたドアをぴったりと閉めた。
そして泣くを宥めようと近付くが、してしまった事が事だけに、半端な距離で足を止めざるを得ない。


「えー…と、ちゃん?訊いてもいいかな」


行き場のない手を漂わせつつ、出来る限りの穏やかな声で話し掛ける。
しゃくり上げていただったが、これには小さく頷いて、涙に濡れそぼった顔を上げた。


「確認したいんだけど。ちゃん、真田の旦那の事訊きに来たんだよね。何で?」
「それは…先輩がいっつも一緒にいる真田君の行動とか好きな物とかを知って、私も同じようになれれば…」


はほんのりと頬を赤くして続ける。


「猿飛先輩と、もっと一緒にいられる時間が増えるかなって…」
「…じゃあ、大将の事が好きで訊きに来た訳じゃないんだ?」


小さく頷く。答えてから照れ出して、頬を押さえながら俯いてしまった。


「私…好きなんです。猿飛先輩の事が」


囁かれたのは、精一杯の勇気。
これを聞いて佐助は、信じられない思いでを見つめた。

先程気付いたばかりの己の心が望んでいた言葉だった。
最早聞く事もあるまいと思っていたものが与えられ、何かが胸の奥底から湧く心地がする。

自然に、との距離を詰めていた。
それに気付き顔を上げられるよりも早く、自分よりも小さな体を腕の中に納めた。
腕の中で体を固くした気配があったのは、先程までへの配慮のない対応をしていたせいだろう。
強張った背中を叩いて宥め、近くなった肩口へ額を預ける。


「ごめんね。らしくない事をしてしまいました」
「らしくない…?」
「嫉妬。そのせいで酷い事しちゃったし、おまけにちゃんに先に告白されちゃうとか、男としての立つ瀬がないわー」
「しっと…え?」


意味を図りかねているの戸惑う声が耳を打つ。
肩口から顔を上げて、の目を正面から捉えて笑いかけた。

初めに無体な仕打ちをしてしまった。
その上でなお、好きだと言ってくれるなら、改めてきちんと応えなければならない。


「大将の真似なんてしなくても、俺はちゃんを見てるよ。
そのせいで、らしくなく順番間違っちまった訳だけど…ちゃんさえ良ければ、また一から始めてもらえるかな?」
「一から…?」
「俺様と一からお付き合い、してもらえないでしょうか?」


結局最後は恥ずかしくて、少しおどけてウィンクを交え伝える。
視線の先で、の花のような笑顔が開くのを見た。










ほんとはついったお題のねっとり激裏設定夢をかくつもりだったので冒頭があんな感じ。
長くなったのでシフトチェンジしました。

空悋気(そらりんき)…根拠の無い嫉妬



2013.10.21
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