夕日を受けながら封炎剣がくるくると宙を舞い、やがて地面に突き刺さる。
ほぼ同時に、ソル自身も地に倒れ伏した。
『この体』になって、それでも誰かに負ける事があるとは。
悔しい思いが湧き上がり、無理にでも顔を起こし、眼前で悠然と佇む相手を睨み付ける。
敵愾心の全てを、その視線に込めて相手にぶつけるように。
しかしその一方で、また別の感情がある事にも気付いた。
夕日にその身を赤く染めた姿が。
纏っている、どこか寂々とした雰囲気が。
それでいて、今の自分の力では到底揺るがせないだろうと分かる程の、自信。
「私は、。悔しかったら、強くなりなさい。私を殺せるぐらい、強く。」
逆光でよく見えない表情の中で、紅い目だけが濡れたような光を宿してソルを捉える。
これがキッカケの1つとも言えるかも知れない。
ソルが『紅の賞金稼ぎ』と呼びなわされるより以前の、まだ戦いというものに慣れていなかった頃の出来事だった。
夕彩
「こんな所で会うとは思わなかったわ。……立派になったわね、ソル」
夕暮れに染まる町の一角で、大抵なら避けて通ってしまうような気配を纏ったソルを相手に、懐かしそうに微笑む女。
「お前があんな事を言ったからな」
「そのお陰で、今のあなたがいる。少しは感謝しなさいよ?」
「……今なら、お前を殺せるぜ、」
「どうかしらね?私から見たらまだまだだけど」
人より遙かに長い時間を経て、二人は図らずも再会した。
ギアになって人以上の力を手に入れたという、望まない自信さえ粉々に打ち砕いた女、。
ソルの彼女に対する感情は『あの男』と似通ったものがあった。
かつてはを倒す事さえも自分の存在理由だとさえ思っていた時期もあった程だ。
その苛烈な感情のお陰か、苦い出会いを果たして以来早い内に、大型のギアすら一人で軽々倒せるようになったのだが。
その後、賞金稼ぎとして働く陰で彼女の情報も集めていた。
当時あれだけの腕だったのだから、必ずどこかでその足取りを掴める筈だ、と。
だが思うように事は進まず、半ば忘れかけていた所に、今思いもよらずと再会したのだった。
今となっては当時の敵愾心などはなくなっていたが、それでも一度は自分を難なく伸した相手。
以前の借りを返すとは言わなくとも、挨拶代わりに一戦交えてようかと思った。
しかし、いざ本人を目の前にしてみると、長い事胸の内にいた彼女と違う。
表情に苛烈さが見られずひどく柔和だ。闘気がまるでない。
の雰囲気の変化に、ソルは毒気を抜かれたようになった。
「今はもう、『狩』っちゃいないって事か、その顔は」
「えぇ。……この体の恨み、忘れた訳じゃないけどね」
夕日に染められて分かりにくいが、の両目は血のように赤い。
彼女もまた、ソルと同じくギア細胞を投与された者の一人だった。
そして、自分以外のギアを葬るという役目を自ら背負った者であった。
望んでギアになったのではないのに、望まぬ殺戮衝動に駆られるのは辛いだろう。
人であれ動物であれ、ギア細胞により失われてしまった自我は確かに慟哭の声をあげているのだ。
力の差から、その苦しみを終わらせてやれる者などほんの一握りしかいない。
その一握りしかいない力のある者の中でも、ギアの苦しみを理解している者がどれだけいるのか。
は、その数少ない『理解ある強者』であった。
自らが苦しんでいる者達の立場に立っているが故に、彼らの声にならない声を聞いていた。
他の誰もがその声を聞こうとせず、ただギアの殺戮衝動に怯える中で、ただだけが聞いていた。
ならば、私がその苦しみを終わらせてやろう。
自分もギアにされた恨みを忘れてはいないのに、自分以外のギアとなった者の為に。
ギアに対する慈愛すら抱いた心で、は長い年月をかけて彼らを駆逐していった。
その最中に、ソルと出会ったのである。
彼の目に自我を見たは、そのまま葬り去ろうとしていた手を下げた。
彼もまた、自らの立場に絶望とも言える恨みを抱いていた。
その感情は、が初め抱いていたものと同じであったから。
いつか彼も、自分と同じようにギアを葬って回るのではないかと、かすかな期待が胸に宿った。
理由は違うものかも知れない。
けれど行き着く結果は、同じものだから。
私を倒せる程強くなれと、憎まれ役になることで、彼の成長を促した。
そうして得られた結果が、今目の前にいる彼だ。
「素直に嬉しいわね。あなたが今まで生きていたことが」
笑うは、今はとある集団の中で暮らしていると言った。
赤い目、ギアである体でも分け隔て無く接してくれる者達の中で、それまでとは比べ物にならないくらい安穏とした生活を。
ソルは、彼女のそんな表情を「らしい」と感じた。
心身共に荒みきっていた時目の前に現れた彼女の、得物を持ってなお感じられた、烈気ではない凛とした気配。
どこぞの坊やとはまた違う、相対する者の先を見届けるように真っ直ぐと向けてくる眼差し。
戦いの場にあって際だつその姿も、彼女にはよく似合っていたが。
今、こうして平和の中に溶け込み幸せそうに笑う姿の方が、より眩しく見えた。
ソルを負の感情にて導いてきた存在が。
ソルを優しく抱き留めるが如き存在に。
それでも良いと、思った。
華奢な体で武器を握る姿よりも、そうやって笑っている方が余程似合う。
殺そうとしていた相手にさえ慈しみを与える彼女だからこそ。
自分とは違い、笑って生きていける場所があるならば、その方がずっと。
緩く弧を描く口元に目を細め、ソルは無言でを抱き寄せる。
自分を導いてきた者が道の終わりに辿り着いた事を知った時。
初めて愛おしいと、それまで出会ってきた誰よりも、彼女の存在が特別なものになっていたのだと気付いた。
同じような境遇に立たされていた彼女が、血塗れの道の終わりを見つけられたように。
終わりがないように見える自分の道もいつか終える事が出来るのかと、希望を彼女に見出し憧憬を抱いた事もあるだろう。
だがそれ以上に、同じような境遇にいても慈しみを失わずにいた彼女に、惹かれていた。
全ては再会したこの瞬間に、初めて気付いた事。
抱き締められて、息を詰める微かな音が耳に届いた。
構わず、押し包む腕の力を一層強めると、やがて彼女の手が応えるように背に回る。
「全てが終わって、向かえに来たら……ついてくるか?」
「……何だか告白されてるみたい。そう取っても良いの?」
「……どうとでも思え」
ぶっきらぼうに言い放つと、胸の辺りでくすくすと笑う声がする。
どうにもバツが悪い気がして、ソルは憮然とした顔をそっぽに向けた。
それからしばらく笑いが止む事は無かったが、笑いの発作がどうにか収まると、は顔を上げソルに笑いかける。
花の咲くような笑顔。夕焼けによって茜色に染まる滑らかな頬。
その肌が紅潮しているのは、残念ながら夕焼けの色をもってしても隠しきる事は出来なかったが。
代わりに、ソルの胸に頬を寄せ、は囁く。
「待ってるわ。全てが終わる時を……あなたが向かえに来てくれる時を、ずっと」
貴方が全てを終わらせてくれると信じている。
そう言って笑うを、ソルは眩しそうに目を細めて見つめた。
夕日に艶やかに彩られた彼女の滑らかな頬に手を添える。
「心変わり、するなよ。長くなりそうだからな」
「そっちこそ。」
再び零れる微笑みに、ソルの顔にも微かに笑みが浮かぶ。
赤い赤い町の一角で、長く伸びた二人の影が重なった。
随分前に書いたお題夢小説が発掘されたので手直しして掲載。
……しても元々行き当たりばったりで書いたものだから直すのにも限界というのがありました(鬱
ソルと近しい年月を生きる、ちょっと大人のお姉さん的雰囲気のヒロインでした。
ヒロインが見つけた「自分を受け入れてくれる場所」っていうのがジェリーフィッシュだったら良いなと思った。(爆)
夕彩(ゆうあや)……夕方の光の中で、ものは美しく見えること。
光=夕焼け、美しく見えるもの=ヒロイン という解釈。
戯
2006.10.2
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