くるくると宙を回転しながら、放物線を描く刀。
投げられた刀が真っ直ぐ自分の方へ向かってくるのを知った男は、受け止めようと手を伸ばし。








   白蓮の心










 刀に注意が逸れた事で、喉元に当てられた刀が僅かに離れるのを、は見逃さなかった。
皆の注意が逸れた一瞬、大腿が露わになるのも構わず脚を高々と振り上げる。


「なっ」


の行動に最初に気付いたのは、拘束している後ろの男。
だが遅い。
上がった脚は既に、狙いの疎かになった懐刀を持って程良く延ばされた男の腕に掛けられている。

その感触に、刀を持つ男が振り向いた刹那。
首を拘束してくる腕を支えにもう一方の脚を振り上げ、男の顎を蹴り上げてやった。


「ぐふっ…!?」


勢いに負けのけぞり倒れた男の後を追う様に、折良く刀が降ってくる。
が腕を伸ばせば、ものの見事にその手の中に収まった。

佐助が刀を投げたのは、狙い過たずに刀を渡す為だったのだ。

あるべき所へ帰って来た刀を素早く持ち替え、鞘の先端を背後の男に向け存分に打ち込む。
確かな手応えが伝わった。


「がっ……っは……っ」


苦しげな呻きを上げ、二人目の男が崩れ落ちた。
久し振りの開放感に、は小さく深呼吸する。
唐突に流れ始めた展開に、取り巻きの男達は既について行けずに目が点だ。

裾は……整えない方が良いだろう、動きにくくてかなわなかったから。
怪我の功名で、男が着物を乱してくれたお陰で存分に動ける様になった。


「何だ、今の動き……?」
「一応言っとくけど、刀に関しちゃ俺よりの方が断然強いぜ」


ぽつりと漏らす誰かの声に、佐助が答える。
その問答で視線が佐助との二つに割れた。

涼やかな音を立てて、の刀が鞘から抜かれる。
眼差しは佐助へ。
彼もまた、袖に隠していた暗器を取り出している。


「だからって俺様が後れを取る訳じゃないんだけどねー?」


普通ではないその武器と、刀を持つが発する気に、男達の顔が引きつる。
脚を大きく左右に広げ体勢を低くし、刀を構え。
両手に携えた苦無を逆手に持ち。


「いざ、忍び参る」
「甲斐武田の領地に汚い足を踏み入れた事、後悔させてやる。」
「……あらら、よっぽど怒ってたのね」


呆れとも妙な感心ともつかぬ佐助の声を綺麗に聞き流して、は腰が引けている男達に向け駆けた。

袖を通しただけの茜色の着物がはためいて、まるで鳥の翼の様だ。
戦場の白い鳥が、今や火の鳥と化したその様を、佐助は目を細めて見やり。
改めて、自分も男達に向けて駆ける。


何とも間抜けな絶叫が、暗くなる町並みに木霊した。















 ふぅ、と一つ息を吐いて崩れた髪を耳にかける。
帯で固定されていない為気休め程度にしかならないが、腕までずり下がった着物の襟を整える。
羽を休める朱雀のような佇まいだ。


「これで全部?」
「ここにいるのはね。外にもまだいるかも知れないけど、旦那も来るし……まっ、いずれ捕まるでしょ」


倉の入り口付近に二人並び、内部を見渡す。
方々に転がる死屍累々……もとい、気絶やら行動不能に陥って呻き声を上げる男達。

ものの半刻もかからぬ内に、倉にいた男達は佐助らによって床とご対面させられていた。

これが『喧嘩』であったなら、男達も腕に自信があっただろう。
乱戦開始直後にはそれなりに意気も上がっていた。
が、彼らにとって不幸だったのは、対した相手が戦忍と、本人は知らない『鴻飛幽冥』であったことだ。
『喧嘩』と『戦』、双方の手練が戦って、どちらが事を有利に運ぶかは言わずもがな。

久方ぶりに手にした刀を鞘に収めながら「つまらない」との呟きを聞いた時には、流石の佐助も男達に同情を覚えたものだ。

その、加害者であった筈の男達に同情を覚えてしまう程容赦なく打ちのめした本人と言えば。


「幸村殿が来るのか……って事は、お館様にも伝わってるんだろうな……あぁ、情けないっ」


出かける前にお館様に抱かせてしまった心配を、杞憂に出来ずあまつさえ的中させてしまった。
何たる失態、何たる不覚。
申し訳ありませんお館様、私の精進が足りないばかりにっ……。

などなど、の口からは絶え間ない自責と反省の言葉がこぼれ続けている。
その全ての根底に信玄の存在があるのを知って、旦那じゃないんだから……と、佐助はついついつっこんでしまった。

が頭を抱えた拍子に、はらりと解けた髪が一房。
それを目で追い、誘われる様に手を伸ばし。
はたとが気付いた時には、その華奢な体は佐助により抱き寄せられていた。


「…佐助?」
「お館様より先に、俺に謝って欲しかったなぁ?」
「……何を?」


唐突に包み込まれた為に身を強張らせながらも、問い返してくる声はいつもと同じ。
佐助は苦笑する。
彼女は何を思ってそう言ったのか、本当に分かっていないのだ。

そういう性分なのだと重々承知しているが、ここまで分かってくれていないと何だか悲しくなる。


「忍じゃないんだからそこまで体張らなくて良いって前にも言ったよね。…何かな?その色っぽい格好」
「色……?…っっ!!」


分かっていない所を指摘すると、やや黙考。
そして気付くや、反射的に襟元を引き寄せる動きを腕の中で感じた。
着崩れた姿、乱れた髪、気付いてからの慌てた行動。

……襟元を手繰っても、最も目を引く部分が隠れていない。


「こ、これは佐助が来るって信じてたからであってだなっ…」
「だから足まで抱え上げられたって?わーお、さんだいたーん」
「あ、足触るなっ!!」


の両手が塞がったのを良い事に、隠し切れていなかった大腿を指先でなぞる。

襦袢が際どい所まではだけていたお陰で、の刀捌きは普段と何ら遜色ないものであったが。
走る度、動く度にちらちらと覗くこの白い足が、どれだけ佐助や男達の目を奪っていたか知っているのだろうか。

きっと知らなかっただろう。
佐助が悪戯心から指を這わせて、ようやく自分の状態に気付いた様なのだから。

佐助の手から逃げようと身動ぐも、しっかりと捕まってしまっているので逃亡は不可能。
その様子と、指先に感じるきめ細かい肌の感触が、佐助の口元に笑みを浮かばせる。
焦った制止の声にも何処吹く風。


「ねぇ、アイツらに何された?」


何もされていないと半ば確信しつつも、の反応が見たくて耳元で囁く。
吹き込んだと同時、腕の中でぴくりとの反応。


「…っ何かされてたまるかっっ!!」


そこらの武将顔負けの烈声と共に、渾身の力でもってが体を仰け反らせた。


「この格好も佐助がここを見つけるまでの時間稼ぎだ!間に合うって信じてたからここまでしたんだぞ!!」


だからこそ自分にも佐助にもありがたくない位の大胆な、しかし最も効果的な方法で時間稼ぎが出来たのだと、は言う。
佐助よりずっと低い位置から挑む様な目つきで見据えてくる。
からかった事に対する苛立ちもこもった眼差しを、佐助はしばし見返す。


「……んじゃ一つ聞くけど、もし俺が間に合わなかったら?」
「今言っただろ。私は佐助を信じてた。それで現に間に合ったろ?」
「………」
「…まぁ、多少は不安もあったけど……」


何故そこまで、と訊ねたくなる位の、それは無垢な信頼。
それでも不安はあったというの手が、佐助の袷の辺りを握る。
言葉とは裏腹に縋るようなそれに、


「………そ。」


佐助は、笑う。
そして改めての体を抱き寄せた。

昼間胸を過ぎった信玄への羨望が束の間思い出され、すぐに消えた。
たとえどれだけ大きな存在であろうとも、の中で佐助が占めている位置を奪う事は出来まい。


「……良かった。」
「……?」


ぽつりと漏れた呟きに、は腕の中で首を傾げていた。















 その後、知らせを受けて駆けつけた幸村が、のあられもない姿を見て。
「破廉恥」を絶叫しながら率いていた兵を置いて走り去ってしまうという事態を招きながらも、無事郎党の全員拿捕を果たした。
取り調べの結果、彼らはつい先日甲斐の国に足を踏み入れたばかりの集まりだったということが判明。

甲斐の国にそのような不埒な輩がいるとは、と憤慨していたの胸は、ひとまず治まるのだったが。


「お館様の国で悪事を働こうとするからこうなるんだよ」
「手厳しいねぇ」


自分の位置が信玄でさえも奪えないのと同じように、
信玄が占めている位置は自分にも奪えないということを認識させられた佐助は。

少しだけがっかりしながらも、穏やかな目でを見つめるのだった。




















一周年記念企画一本目終了!
佐助好きな方!(と書いて同志と読む?)ここまでお付き合い下さりありがとうございましたー!!

今回のテーマが「佐助といちゃラブ☆(笑/自分で言ってて砂吐きたくなった)」なのは当然として。
アンケートのコメントにもあった「武田の皆様に可愛がられてたら良いな」というのをどう組み込もうか四苦八苦し(組み込めたのか…?)
メインに据えようと思ったテーマが、「ヒロインを脱がせよう(爆」だったりします。
あはん。
こう……茜色の着物をたなびかせたかったんですよ。翼みたいに。
折角「鴻飛天翔」っていう連載でキャラ作ったんだからね!って。
だったら別に脱がせなくても良いじゃんてツッコミは聞きません。
武田の皆様にはあれです、彼氏とデートするのにめかし込んでる娘を見てやきもきする父親の気持ちというか(笑
何話目かのお館様のあれがそれですね。(どれさ

まぁ出来はともかくとして、いつも戯の書く小説よりは糖度は高くなったと思います。
佐助が忍らしくないとか、やっぱりヒロインがあっさりしすぎてるとか、そういうのはスルーして。

後書きとしてはこんな物かしら?
それでは、ここまでお付き合い下さりありがとうございました!
BASARA夢のネタはまだまだございますのでこれからもお付き合い下さいませ☆


2007.3.26
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