未だ炎の燻る剣……封炎剣を持ち上げ、肩をとんとんと叩く。
招かれていた客人達はとっくに逃げてしまっているが、主催の奴らを壊滅させられたので良しとしよう。
ここはとある都市、とある建物の地下に設けられた、ちょっとしたホール程の広さがある隠し部屋。
ここで何が行われていたのかといえば、非合法の品物を扱う競売……地下競売だった。
そんな所で秘密裏に行われているからには、扱われている品は見つかれば確実に検挙されるような物ばかりだ。
旧世紀の美術品から黒科学の武器、果ては植物状態の小型ギア等々……その品数はよくぞここまで揃えたと言いたくなる程。
今回は、地下競売の壊滅依頼がギルドに舞い込んできたのである。
その仕事を、ソルが引き受けた。
美術品はともかくとして、それ以外の出品物をソルの剣と炎が一つ一つ破壊していった。
黒科学の武器は二度と使えぬよう粉々に、ギアは二度と目覚めぬよう炎で焼き払い。
丁寧とも言える作業を繰り返し、出品物が置かれていた部屋を少しずつ奥へと進んでいき。
やがてソルの目に一際大きく作られた檻のような物が捕らえられた。
それまで小型ギアが入れられていた動物用のケージなどではなく、人が入れる程の大きさ。
部屋の奥に置かれている事から、今回の競売の目玉品として扱われる筈の物だったのだろう。
一体何が捕らえられているのか。
捕獲が禁止されている希少動物か、はたまた中型クラスの…ギアか。
中にある物を確認する為にその檻へと近づき。
何がいるのかを確認した途端、珍しくもソルの目が点になった。
何故なら、そこにいたのは、
「………こ、こんにちは………?」
ジャパニーズが着ていた「キモノ」と呼ばれる服に似せたデザインの服を着せられた、黒髪黒目の娘が、収められていたからだ。
後悔しなさい!!
地下競売が行われていた建物から出てきてしばらく。
「あのねっ私の話を聞いて下さいってばっ!!」
「聞かねぇ。」
「斬り捨て御免か!!」
「違ぇだろ……」
それを言うなら聞く耳持たずだ。
ソルは何度目かも分からない溜息を隠そうともせず吐き出した。
その様子に、後ろをついて来る娘が「随分とお疲れだね」と、何とも気楽な雰囲気で声をかけてくる。
誰のせいだ誰の。と内心でツッコミ。
疲れているのは、声をかけてきたその娘のせいだ。
無理矢理聞かされたという名前の娘の身柄は、後で地下競売の検挙に来るであろう警察機構に任せるつもりだった。
が、彼女のみ放っておいてその場を立ち去ろうとするや猛抗議にあう。
檻に入れられたか弱い女性を見つけておきながら知らぬふりをするのか、と。
つまり檻から出せというのである。
自分で自分のことをか弱いと言える辺り、か弱いどころか随分と肝が据わっていると思った。
見て見ぬふりをしてこのまま戻る事も出来たが、檻から出すのもそう難しい事ではない。
やや面倒くささを感じながらも、その希望を叶えてやる為に返した踵を再び元の方向に向ける。
檻の傍に立ち、ソルが間髪入れず封炎剣で鍵を一刀両断した。
彼女に自由を与えた事で、予想外の疲労に襲われる原因となるとも知らずに。
いつまでついて来やがる ……
ちらりと背後を確認しながら、その執念と根気強さに半ば呆れる。
檻という拘束から自由を得たは、あろう事かソルの後について来たのだ。
てっきり檻から出せばそれで満足すると思っていたのに、さすがのソルもこれには面食らう。
もしや警察機構が来るという所まで思考が及んでいないのかと考えて、後で警察機構が来ると教えてやった。
それまでここで待っていろとも言い付けてやった。
けれど全ては右から左、馬耳東風。
睨み付けようがついて来るなと言おうが、はソルの後をついて回る。
見失えば諦めるかと、曲がり角や人通りの多い所で何度か彼女の視野から逃げた。
視界からソルが消えたと知るや、慌ててその姿をきょろきょろと探す様を何度も見た。
逃走を図る度に、一旦は尾行からの逃走は成功する。
しかし逃げおおせてからしばらくしてふと後ろを振り返ってみると、そこにいるのだ。
相変わらず少し距離を空けてついて来る、が。
一体どのような手を使って見つけてくるのか。
甚だ理解しがたいが、の尾行を振り切るには本気でかからないといけないらしい。
ソルは再度、今度は某警察機構長官から逃げ切るつもりで、彼女を振り切ろうと足に力を込める。
そろそろ人でごった返す大通りに差し掛かる筈。
人を隠すのは人の中、そこでならそうそう簡単に見つけられる事もあるまい。
しばらくそのままの歩調で歩いていれば、段々とすれ違う人との距離が近くなっていく。
この辺りか
人口密度が僅かに薄くなる一瞬を狙って、ソルは歩調を早めた。
この行動にも気付くだろうが、この人の波ではそうそうすぐに動けない。
人に引っかかっている間に脇道に逸れてしまえば、後はこちらを捉えてくる目の届かない所まで行ってしまえば良い。
そう踏んで、足早に脇道に入ろうとしたが。
どさりと、何かが頽れるような音が耳に付き、足を止めてしまった。
何気なく振り返ってしまった視界に移ったのは、地面にうずくまったの姿。
見なくてもいいものを見てしまった心地がし、ソルの眉間に皺が寄った。
このまま音など気にせず脇道に入ってしまえば良かったのに。
思わず己の取った行動を後悔してしまうが、それは後の祭りというものである。
知らずにいれば、倒れて追いかけて来られなくなったとしても、ただほっとしただけだっただろうが。
倒れた姿を目にしてしまえば、たとえ今逃げ切れても、後々這ってでも追ってくるのではないかという想像が襲う。
さすがのソルも、それ程の執念は想像しただけでも恐ろしい。
仕方なく踵を返す。
急に人が倒れたという事で徐々に人だかりが出来ていたそこに踏み込み、中心へと進む。
人の壁の中央にはうずくまると、彼女を心配して声をかける通りがかりが数人。
正面に跪いて、声を掛けた。
「おい、どうした」
「………お……」
苦しげに絞り出された一音を聞き漏らすまいと耳を欹てる。
宙を掻いた手が縋るようにソルのズボンの裾を掴む。
「………お腹空いた………」
「………………」
「や、ちょっと置いてかないで!!本気で腹減りなんだってば!!」
動けない程に!!
無言で立ち去ろうとしたソルの足を必死の形相で掴み、逃がすまいと猛烈に主張する。
ソルは本日幾度目かの後悔をした。
今までずっと追いかけてきていた相手に近づけば捕まるに決まってるではないか。
そして捕まえてしまえば逃がすまいとしてくるのも当然想像出来る。
出来るのに、どうして近づく前の自分はそれを想定し得なかったのだろう。
しかし捕まえる云々は別として、動けないのはどうやら嘘ではないようだ。
足にしがみついてくる手に力が入ってないし、ソルを捕らえる目的は果たしたのに立ち上がろうとする気配がない。
このまま足を振り解いてしまえば簡単に逃げられる。
それが出来ないのは、既に人の目がちくりちくりと刺さってくるから。
この倒れている娘の連れだろうか?
お腹が空いたと言っているが、この男は食事を与えていないのか?
何という奴だ……
娘さんも可哀相に……
などと多大なる勘違いの末の非難の声が聞こえてくるようだ。
「しゃーねぇな…」
縁という程の縁がある訳でもないが、こうして周囲に連れだと認識されてしまえばもう一種の腐れ縁。
こんな空腹で倒れるような娘の追尾を振り切れない自分も悪いと言い聞かせて、ソルはに向き直る。
先程と同じように跪いたかと思えば、直ぐに立ち上がり。
ソルの肩には、大きな荷物。
「うわぉ!」
「飯は食わせてやる。動ける様になったら置いてくからな」
動けなくなったの体が、俵担ぎの状態でそこにあった。
女一人を抱え上げたせいでより一層人の目が集まる結果になったが、そこは仕方ない。
人さらい……?
こんな真っ昼間になんて大胆な………
今度は密やかながらもしっかりと激しい勘違いの声が聞こえてくるが、それも聞き流す。
全てはこの娘に食事をさせるまでの辛抱だ。
何故自分がこんな事をしているのかと、ふと過ぎる疑問も敢えて気付かないふりをする。
向かうのは食事の出来る所。
今のソルの頭を占めているのは、この妙な娘との縁を早く切りたいという思いだけ。
「どうせなら姫抱っこが良い…」
「うるせぇ」
運んで貰っている癖に注文をつけてくるの言を斬り捨て、ソルは足を進めた。
という訳で企画夢第二弾!二位のソル夢でございます☆
ソルとヒロイン出会いのお話。戯が書くには珍しい押せ押せタイプの子。
でも何だか愛されてない(真顔)。企画夢ではいちゃこらさせるつもりなのにな。
「斬り捨て御免」発言は「聞く耳持たず」と言いたかったヒロイン。(いやん)
お腹が空いて倒れたのにも理由があります。
小説内でその理由が書けたら……良い。後書きで理由書くような事態にはならないように……したい。希望。
戯
2007.4.10
目録へ×次ヘ