最初に見つけた食堂付きの宿屋に、ソルはを担ぎ上げたままドアを潜る。

途端、顔を上げたカウンターの男に怪訝な顔をされた。


「……うちは連れ込み宿じゃないよ」
「んなこた分かってる。」


ここでも人攫いに間違われるか。












   後悔しなさい!!










 宿泊客にしか食堂を開放していないというので、ひとまず一室だけ宿を取る事にした。
どうせ今日の宿を探すつもりでいたのだ、時間が前にずれ込んだところで支障はない。

ダブルベッドを主張するとの間で一悶着あったが、そこは財布の紐を握るソルに軍配が上がる。
そもそも一緒に泊まる気など毛頭無いのでダブルだろうがシングルだろうが知ったこっちゃないのだが。

ともかくとして、一旦部屋に旅の荷物を置いてから、ソルは再びを担ぎ上げて食堂に向かった。




さして広くもない食堂に足を踏み入れ、適当な席に腰を下ろす。
テーブルに置いてあったメニューをに投げて寄越すと、目だけでなく顔まで輝かせて文字列を追い始めた。


「メニューまで食いそうだな…」
「ん?何か言った?」
「いーや、別に。さっさと決めちまえ」
「はーい!」


食い入る様にメニューを見る様にこぼれた呟きは聞き逃されたらしい。
何と言ったのかと訊ねてくる目と言葉を受け流して、再び注意を手元に向けさせた。

その内に接客係が近づいてくる。
注文はどうするかと訊ねる相手に、ソルは酒だけ頼んだ。
そして未だメニューと睨めっこしているの注文が決まるのを待つ。

ふと、の視線が上がった。


「……多めに頼んでも良い?」
「ぶっ倒れる程腹減ってるんだ、好きにしろ」
「やった!じゃあ『しーふーどぴらふ』に『びーふしちゅー』に『ぐらたん』!んで食後に『ちょこれーとぱへ』!!」
「……って、それ全部食う気か?」
「好きにしろって言ったし」
「そりゃ言ったが……」


前言撤回は無しだよ、とこちらの言い分を封じたつもりでいるに、ソルは呆れたように首を振った。

確かに好きなように頼めとは言ったが、限度というものがあるのだろう。
こちらに遠慮しろという意味ではない、自分の胃に収められる量の問題である。
見た所そう体も大きくはないのに、二人前は優に超えている量が果たして入るのか。

倒れる程の空腹であるなら、それだけの量を頼みたくなる気持ちも分からなくもないが。

料理が運ばれてきてそのボリュームを目の当たりにすれば、いかに自分が無謀な注文をしたか分かるだろう。
到底食べ切れまいと踏みながらも、しかしソルはその注文を止める気は無かった。
何事も自分で経験してみなければ分からない。


注文を聞き終えて厨房の方へと去っていく接客係を一瞥し、ソルはを正面から見据えた。
彼女に尾行された当初から言い聞かせていた事をしっかりと説く為である。


「お前、ジャパニーズなんだな」
「一般的にはそう言われてる。でも『日本人』って呼ばれる方が好きだな、私は」
「ニホンジン……そんな事を訊いてる訳じゃねぇ。ジャパニーズなら帰るべき場所があるだろ」


俺の後を追ってくるのではなく、そこへ帰れ。
国を滅ぼされギアに狙われた人種、ジャパニーズの保護施設、コロニーへ。

こんな戦えそうもない娘、ジャパニーズでなくとも破落戸どもに狙われるおそれは少なくない。
身の安全が保証される場所があるなら、そこにいた方がずっと良いに決まっている。
方々から恨みを買っている自分の傍でうろちょろするよりも遙かに。

それが最善の選択だとして、にコロニーへ戻るべきだと諭した。
今までとは打って変わったソルの親身とも言える対応に、はしばし考えるように視線を落とす。
が。


「やだよ、折角脱走してきたのにまた戻るなんて」


口を開けば聞く耳持たずの、しかも一部耳を疑いたくなるような単語が聞こえてきて。
ソルは珍しくも言葉を失い、瞠目した。


「……脱走だと?」
「脱走。」


何かの聞き間違いかと思い再度確認をしてきたソルの声に、はしれっと何食わぬ顔で返した。


「コロニーの管理者と仲良くなって、油断してた所を隙見て逃げてきたんだもん、戻るなんて勿体ない!」
「………よくそんな事する度胸があったな」
「ヤマトナデシコの行動力舐めんな!!」
「…おい、ヤマトナデシコの意味分かって使ってるか?」
「日本人女性でしょ?」


間違ってはいない。が、どこか違う。何か足りない。
ガッツポーズさえ見せて意気込んでいるに、ソルは更なる疲労を感じた。















 元々人見知りしない質であったことも手伝って、管理者とも随分と親しくなったものだ。
向こうも自分に対しては『保護対象』を超えて接してくれている。
打ち解けると、管理者はコロニーの外の本や雑誌を見せてくれるようになった。
当然コロニーにはないそれらは、思っていた以上に魅力的で。

元々狭いコロニーに物足りなさを感じていた所も手伝って、ある日機を見てコロニーを脱走した。


手にした荷物は何日分かの食料と僅かな生活用品のみ。
地図も何もなくどこに進んで良いやら分からないので、とりあえず手近に転がっていた棒を倒して行き先を決めた。

何度か同じように棒を倒して、進行方向を決めつつひたすらに歩き続けていると、何故だかやたらとお腹が空く。
割とたっぷり余裕をもって詰め込んできた食料も、考えていたより早く消費されてしまう。
焦った。
出てきたコロニーも既に見えず、こんな人気のない所で食料も無く空腹で動けなくなるなんて冗談じゃない。

それでも歩行速度を上げたりと努力の甲斐あって、食料が尽きるか尽きないかの所で町に辿り着く事が出来た。
良かった、これで飢え死にするという事態は免れそうである。
ほっとして町へと繰り出す足も自然と軽い物になる。
が、それも束の間、2,3歩進んだ所で、自らが置かれている状況に気付き足を止める。

先立つ物が、ない。
食材を買うかレストランに入るか、食事をする為の選択肢は少ない。
そのどれもに必ず金銭という物が必要なのだが、今の自分にそんな手持ちは無かった。

稼ごうにも今の状態では働いている内に動けなくなってしまいそうだ。
どうしたものかと考えている傍らに、ふと近づいた気配。


『何か困りごとかい?』


いかにも困っている様子を見るに見かねて声をかけたのだと言ったのは、やや厳つい顔の男。
日本人以外の顔立ちばかりが往来している町に気圧されていた所でだったので、声をかけられたのはまさに天の助け。
これ幸いとばかりに、現在降りかかっている食料問題と金銭問題についてを男に相談してみた。

そして全て聞き終えた男が見せたのは、やや厳つい笑顔。


『飯付きの良い仕事があるぜ』


ただ座っているだけでいい仕事だという男の説明。
少し怪しくも思えたが、今の自分に他の選択肢は見えていない。
何より、やや厳ついが良い笑顔の相手だ、そう悪い人でもあるまい。

人を信用する持論を展開させ、すっかり警戒心も失せたは男の先導についていく事にした。
その先で待っていたものは。

いかにも胡散臭い雰囲気を醸した集団。

こちらが日本人だと知って、それはそれは丁寧に扱ってはくれたが、詰まる所彼らが求めている物は日本人という「商品」。
決して広くない檻に閉じこめて話し相手もつけてくれず、ただ食事を与えて売却が決まるまで生かしておく。
あまり動き回れない事以外に不自由はなかったものの、不満はつきまとった。
折角外界を目指してコロニーを飛び出したのに、また同じように閉じこめられる日々が訪れるのかと。

それでも檻に入れられたまま初めての大型船に乗せられた時は多少心が躍ったものだが。
一時の喜びなど、この後の我が身を考えればほんの些細な事。


そうして自分が元いた土地も分からなくなる程移動させられたとある土地で、話は先程の地下競売壊滅まで遡る。















「お待たせしました、ご注文の品です」


 捕まっちゃったけどちゃんとご飯は出してくれたよ、と捕捉するに向かって、んなこた聞いてねぇと一刀両断。
付き合い悪いぞと文句を垂れるのを聞き流しているところに、大量の料理を両手に持った店員がやって来た。
ようやくこちらにばかり向けられていた注意が逸れる。
ぱっと顔を輝かせて料理の行方を目で追うを見て、ソルは疲れたように溜息を吐く。

その手が運ばれてきた酒のグラスに伸ばされるのを、の目が追う。
料理を口に運ぶ手は絶え間ないのに目が見せる動きにソルが気付かない筈もなく、グラスを口元に持って行く合間に視線を投げた。
何だ、と無言の問いかけは、無事に伝わったらしい。


「まぁ、そんな訳でね。閉じこめられたまま移動したから、自分がどこから来たのかも分からないの」


やや睨み付けるようになった眼差しを受けるや肩を少し竦め、は視線を横に流した。
その口元には、はっきりとした笑みが浮かんでいる。

ほんの一日足らずの付き合いだが、が自分に都合の良い展開に持って行こうとしているのが分かるようになっている。
その内なる自分が、何やら警鐘を鳴らしていた。
つまりはソルにとって、あまりよろしくない展開であるという事。
何が、あるというのか。


「そんな可哀相な境遇のさんを救ってくれたのがあなた!お礼にあなたの旅についてって、身の回りのお世話をします☆」


覚束ない手つきで繰っていたフォークを握りしめた両手を顔の横に持って行き、満面の笑みで高らかに宣言。

ソルは思わず口に含んでいた酒を吹き出しかけた。
今こいつは何を言った?


「炊事洗濯何でもござれ!一家に一人さん!?ヤマトナデシコの本領発揮してみせようじゃありませんか!!」
「………おい………」
「あ、置いてけぼりとかしても無駄だからね。どこにいてもあなたを見つけてみせるから」


今日のでそれははっきりしたよね?と、釘を刺そうとしたその前に釘を刺されてしまった。
酒まみれになってしまった口元を拭いつつ脳裏を去来したのは、つい先程までの彼女の尾行。
まいても姿を隠しても、必ずこちらを見つけて離れた所をついて来た追跡技術。
その捕捉率は、ギアである事による一種の自信も崩れ去ってしまう程。

恐怖ともなり得る彼女の正確な追尾を思い出したソルは、少なからずぞっとした。

言う通り、どこぞに放置して行方をくらまそうとも、は必ずこちらを見つけ出してくるだろう。
引き離そうが何しようが、ソルの意思とは関係なく、彼女の存在というのは傍に有り続けるのだ。
が自分自身で満足して離れていかない限り、どこまでも。


科学者さえ勤め上げた頭脳が導き出した解答に、ソルはがっくりと脱力した。
まったく、自分は。


随分とおかしなものを拾ってしまったものだ。




















企画ソル夢二話目です。何だかソルがへたれです。
カイの事もあり、押せ押せ気質には苦手意識がついてるんじゃなかろうかと思います。ソル。
故のへたれっぷりって事で……ね!!(笑いながら逃亡

「フェ」の発音が出来ない昔ーの日本人気質をフィーチャー。ちょこれーとぱへ!
外来語に慣れてない頃の日本人が聞き取って発音した外来語って可愛い。ぺるりー(ペリー)とか!

そしてヤマトナデシコ。→日本人女性の清楚美しさをたたえていう語。
……とりあえずヒロイン、「清楚」という最も重要な部分を華麗にスルーしていた模様。


2007.4.21
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