粘りに粘って、食後すぐに警察機構に連れて行かれるという事態は免れた。
腹が満たされた後、何故だか妙に疲れた様子のソルと共に、一つしか取らなかった部屋に上がる。
シングルサイズのベッドの所有権は、同じベッドで寝ようぜ☆という主張は却下され争う事無くこちらの手の内に。
所有権を放棄したソルは備え付けのソファで早々に寝る体勢を決め込んでしまった。

それが昨日の話。











   後悔しなさい!!










 朝早く、忍ぶように部屋を出ようとした気配にいち早く気付きそれを阻止し、今日も今日とてソルの後をついて歩いていた
しかし今、その足取りは止まっている。


「………まかれた。」


ぽつりと呟いたのは現状確認。
とある建物の扉を背にして、正面に広がる道を茫洋と眺める。

後ろから一人の男が声をかけてきた。


「悪いねぇ、支払って貰ったからにはこれも仕事なんだ」


背後の建物はこの町のギルド、その入り口の扉にもたれ掛かりながら軽い調子で謝る男はギルドマスター。

ギルドに金を支払い、逃亡までの時間稼ぎと、その後の「ジャパニーズ」の保護と然るべき措置。
ここに入っていってから出てくるのが随分遅いと様子を見に入ったら、それらを頼まれたのだとマスターから伝えられた。
置いて行かれた事態を把握してすぐさま辺りの捜索を行ったが、当然ソルの姿はない。

逃げても無駄だと昨日あれほど念を押したというのにまだ諦めないか。
どこからかおどろおどろしいBGMが流れてきそうな気配がを取り巻く。
その様子は、賞金稼ぎ等屈強な者達を相手にして修羅場にも慣れているであろうギルドマスターすら怯ませる程。


「………仕方ないなぁ…」


しかし気配とは裏腹に、紡ぎ出された声は意外と落ち着いた響きを含んでいた。
余程怒り心頭かとはらはらしていたマスターが呆気に取られているなど知る由もなく、はきょろきょろと辺りを見回し。
ある一点に目を留めるや駆け寄って、そこにあった物を手にする。

何の用途か分からないが、扉付近に立てかけられてあった腰程の長さの棒。
それを握りしめて、は道に歩み出ると中央付近で立ち止まり、棒を垂直に地に立てた。


「…何をする気だ?」
「見てれば分かりますって。これやるとすっごくお腹空くからあんまりやりたくないけど…」


この場合は他に方法が無いし。
マスターの疑問に適当に答えつつ、棒を支えていた手を放す。

拠り所を失った棒はゆっくりと地に近づき。
カランと乾いた音を立てて倒れた棒の先端が向いた先を、確認したの指がびしりと指し示す。


「あっちだ!」
「……ぼ…棒を倒して……?」


完全に運任せとしか思えない方法で進行方向を決めた娘に、マスターは開いた口が塞がらないようだ。
恐らく彼女にとっては重要であろう事を、そんな安易に決めてしまって良いのかと。
声にならないマスターの言葉を感じ取り、はくるりと背後を振り返った。
やはり何とも言えぬ顔でこちらをまじまじと見つめているマスターを確認し。
にっこりと笑いかける。


「私、これ、、で失敗したこと無いんです。」















 町から大きく外れた一角。
そこに前触れ無く佇む建物に、ソルは躊躇う事無く足を踏み入れた。

昨日潰した地下競売の主催である組織のアジトである。
ギルドの迅速な情報収集により、地下競売壊滅からさほど時間もかからずこの場所が見つかった。
今日ギルドに立ち寄ったのはそれを聞く為だった。
ついでとばかりに情報料に色を付け、自分の後をつけてくるの足止めを頼んで。
お陰で追跡から逃れる為に回り道をする事もなく、ここまで何ともスムーズに辿り着けたものだ。

資金源の壊滅の情報は相手方にも知れており、突然の招かざる来訪者にも素早い対応を取られる。
刃物、長物、果ては銃までを手に、至る所からソルの首を狙う組織の者が姿を現す。

勿論この程度の手合いの攻撃など効く訳も無く、ソルは軽くいなしながらどんどん先へと進んでいく。

辿り着いたのは、他とは造りの違うドアが設えられた部屋。
開けてみれば中は意外と広く、そこにはずらりと待ち構えている両手の指でも足りない程の男達。
これだけの人数で「一方的に相手を痛めつける」為にこの部屋を選んだのだろう。
手にした封炎剣で肩を軽く叩きながら、ソルの目が室内をぐるりと見渡す。

部屋の一番奥に、一人だけ革張りの椅子に腰掛けている男がいた。


「我々の施設を潰してくれた奴と、君は……同一、かね?」
「……だったら、何だ」


短い問いに、短く返す。
お前達と仲良く話すつもりはないと、言葉と態度全てで示すかのように。

たった今通ってきたドアが、背後に回り込んだ男達に塞がれた。

椅子に腰掛けた男が、やれやれといった様子で首を振る。


「困るな……人様の物を壊すなど、そう許されるものではないよ?弁償、という言葉を知っているかね」


俯いた状態で上げられた眼差しがソルを捕らえ、暗い感情に基づく異様な輝きを灯す。
じり、と周囲を取り巻く人の輪が近づいた。
「始まり」が近い事を知り、初めてソルの肩から封炎剣が下ろされる。


「テメェらに使ってやれる言葉なんざ、ねぇよ」


封炎剣を中心とし、総身に法力を漲らせた。
突如ソルの周囲の温度が上がったかのような感覚に、男達が僅かにたじろぐ。

この段に至れば、彼らも気付いているだろう。
これだけの武器と人数に取り囲まれてなお泰然として揺るがない態度、桁外れに大きな法力。
自分達とこの男は、何かが違うのだと。

封炎剣が炎を纏う。
その名が示すが如く、封じられていた炎を解放するかのように。
力の差は圧倒的なものである。
ほんの僅か力を込めて剣を振り下ろせば、この建物ごと塵と化すのも容易い。

ソルが帯びる気配の激しさに押され出した男達の様を見て、軽く息を吐く。




振り下ろす為の前動作として、剣を持つ手を掲げようと、して。




ばたーーーーーんっっ!!!


「赤いのは何処だーーーーーっっ!!」





激しい音と共に開かれたドアの向こうから現れた、この場に似つかわしくない声を上げて入ってきた存在に、危うく剣を取り落としかけた。
ちなみにあまりに激しく開けた為、ドアの前に立っていた男二人が吹き飛ばされている。
一体どれだけの力を込めたのか。

背後でこちらを睨み付けているだろう存在を思い、ソルは頭痛を覚えた。


「やーっと見つけた!!置いてけぼり食らわそうが何しようが無駄だって言ったでしょー……って、あ、あれ……?」


憤懣やるかたない様子で思いの丈をひとしきりぶちまけた所で、ようやく気付いたようだ。
戸惑った声音に振り返れば、目に入るのは思った通り、思わしくない状況を感じて表情を変えるの姿。
自分に向けられる殺気立った幾つもの視線、陽炎を立ち上らせる封炎剣。
それらを見ていつまでも置いて行かれた事の抗議をしていられるほど、も鈍くなかったという事だ。
ソルはこの状況下で、少しだけ安堵した。


「……ひょっとして、私お邪魔?」
「しなくても邪魔だ」


うわひどい、一刀両断?
この場の雰囲気に怯んでいるのか、口調に勢いのないから目を逸らし、剣を握り直す。


「それは君の連れ…か。ふむ、ジャパニーズとして高く売れそうじゃあないか」


突如として現れたを目に留め、動じることなく値踏みするのは、さすがは一組織のトップといった所か。
先程までソルの気迫に圧されていたのは何処へやら、取り囲んでいた男達の顔には余裕が戻っている。
恐らくはの存在が余裕を取り戻した理由だろう。
いかな屈強な者といえど、誰かを守りながらこれだけの人数を相手にすれば隙が出来やすいと踏んだ為だ。
現れたいかにも非力な娘に攻撃を集中させるか人質に取るかすれば、それだけで形勢逆転する。

ソルが本当にを守るかどうかも確認せずに。

目先に現れた「勝因」に、実力の差を見失っている。
男達の単純さと、後先考えずにここまで突っ走ってきたとに向け、ソルの口から溜息一つ。


「おい」
「…なに?」
「生きてここから出たかったら、そこを一歩も動くんじゃねぇぞ」


ここまで来てしまったを助ける為ではない。
巻き込まれるのが嫌ならじっとしていろと、怯んでしまって既に動けそうにないに念の為釘を刺す。

腰掛けた男の目が一度も外されることなくソルを見つめる。

一斉に攻勢へ転ずる合図を待ちわびるように、男達の手にした武器の先が上を向く。

何をするの、と封炎剣の陽炎を見つめつつ訊ねる


切っ先を掲げ、瞬時に刀身を包み込んだ炎が部屋を照らす。


「ぶち壊す。」


問われたものへの返答なのか単なる独り言なのか、短く呟いた刹那、おもむろに封炎剣を振り下ろし、突き立てる。




爆ぜ、人を飲み込むが如き炎が、床を破り吹き出した。




















ギルティキャラの誰か、「赤いのは何処だー」言ってくれないかしら。カイとか。(無理です

組織の上層部の方はヒロインが地下競売の商品だって事は知りません。
ジャパニーズの娘が商品として出されてたのは知ってるけど、その外見的特徴までは報告されてなかったんです。
既存概念のみで結構話通じちゃうもんですよね。

何かすごい難産だ……


2007.4.30
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