轟々と音を立てて燃え上がる炎。
耳で肌で感じるその勢いの凄まじさは悲鳴すら喉の奥に押し戻し、に静観を強いる。

目を見開き映し出されるがままに見る眩い赤色の光景の中で、ただ一つ色味の違う物がある。
それも一概に言ってしまえば赤色なのだが、人工と自然の色味という点で違いが現れる。

ソルの後ろ姿。

場にいた全ての者を屠ったのは彼。
今周りを取り巻く炎を生み出したのも彼で、その力に際限はあるのかと問いかけてみたくなる。
人間離れした強さに恐ろしさを感じた。
すぐにでもこの場を離れて炎とソルから与えられる恐怖から逃げ出したかった。











   後悔しなさい!!










 翻る炎を背景に、ソルが歩み寄って来る。
未だにその総身から放たれる気配は、の体を不可視の力で圧す。
正面に立ち止まった彼から距離を取ろうと、床面の熱さにも構わず腕が自然と後ろへ下がろうとする。


「腰が抜けたか」


炎を背にしているというのに、相変わらず火の色を宿し金色に光る目に見下ろされ、小さく頷く。
実際、訊かれた通り腰が抜けてしまって立てないのだから頷かざるを得ない。
射抜くような眼差しから目を離せず、声も喉の奥に押し留められている。

の様子を見て取ったソルの口から、溜息が一つ漏れる。


「しゃあねぇな……」


舌打ちと共に跪かれ、退こうとした腕を掴まれてびくりと戦いた。
反射的に振り払おうとしたが、掴む力の方が強く、逃げを打つ暇も無く引き寄せられる。
見えない力の壁にに自ら飛び込んでいく形になり、ぶつかるでもないのに衝突を恐れて目を瞑り。

体の前面が軽く何かに当たるのを感じて、は目を開け。
自分の現在地がソルの背中だという事を知って、心底驚いた。
彼に出会ってからというもの、邪険にされて粗雑に扱われていた記憶しかなかったから。

を背負ったソルは燃え盛る建物を後にして来た道を辿り始める。
咄嗟に掴まったソルの肩越しに、進行方向しか見ておらず先程は意識に入ってこなかった景色が見える。
普段の自分の視線より幾分高い位置からの景色。

その背の広さ。

自分から近づいた筈なのにあれ程恐れた背に、今や段々と安心していく部分がある。
足取りの揺るぎなさに強張っていた心も解れていき、躊躇いがちにそっとソルの肩に頭を預けた。

閉じていた喉をゆっくりと開き、ごくごく小さな声で呟く。


「……ありがと」


聞こえていたか否かは別として、それだけ口にしたは、宿に着くまでの間ソルの背に体を預け続けた。















 宿に着いて、背負っていたをベッドの上に下ろす。
腰が抜けたらしい彼女を、いずれ焼け落ちる建物に放置していく訳にも行かず背負って帰ってきた訳だが。
素直に背から降りてベッドに腰掛け、放心したようにじっとこちらを見る目を、見返す。


「何故ついてきた?」


そもそもついて来なければ腰を抜かす事も無かったし、まで火の手が及ばぬよう気を遣る必要も無かったのだ。
落とした言葉は思いの外きつかったのか、の体が跳ね僅かに見開かれる。

そして、気まずそうに目を逸らされた。


「……まかれて、意地になりました」


答える声はぼそぼそとして聞き取りにくい。
表情もどことなくむくれている所を見ても、今回は一応自分に非がある事を自覚しているのだろう。
否、今回だけでなく、尾行されるようになってから起こる事は殆どがに非があるのだが。
恐らくそこまでは理解が及ぶ事はないだろう。
今自分の非を認めた事が貴重な位だ。

しかし非を認めたとて、この程度の事ではついて来るのを諦めはしないだろう。
失敗してもそれを教訓にして次回から気をつければいい、とでも考えていそうだ。
むくれながらも目に宿る「ソルの旅についていく」という意志が失われていない。

は分かっていないのだ。
コロニーの中では突き当たる事もなかったのかも知れないが。

失敗したら、やり直しのきかない事もあるのだと。

だからこそ、


「コロニーに戻れ。てめぇにはコロニーの外で生きてくなんざ無理だ」


改めて、あるべき場所へ帰れと示した。

そっぽを向いていたの顔が、一瞬の間を置いて勢いよくこちらを振り向く。
何を言っているのかと、表情全体で「信じられない」と主張していた。

言葉にされない意思はきちんとこちらにも伝わっていた。
だが敢えて気付かなかった振りをして、もう一度言う。


「コロニーに帰れ。」
「…や……やーだよそんなん!まだちゃんとこないだのお礼もしてないのに!あ、今日も助けて貰ったから二倍返し?」


日本人は義理堅いのよー?
一瞬、捨てられた犬か猫のような顔をしたかと思うと、あははと笑って拒否の言葉を口にする。
殊更明るい調子で主張するのは、冗談めかしてこの話を流そうとしているのだろう。
そんな事させてやらない。
こちらとて冗談のつもりで帰れと示している訳ではないのだ。

笑いに何も答えず、ただじっと静かに見返せば、やがての顔から笑みが消える。
本気で言ってるの、と微かに口を動かして紡がれた言葉に首肯する。


「……………い…嫌だ!まだどこも見てないのに、戻りたくない!!」


途端に走る、動揺の色。
突き放すように拒絶するのは、拒絶しきれないと分かっているからこそのせめてもの抵抗。

恐らく自身も、このままでは旅について行けない事を悟っているのだろう。
今までどんなに帰れと言ってもあっけらかんとして聞き入れなかったのに、今になってここまで食い下がってくるのがその証拠である。

その姿すらも静観していると、がベッドの上で居住まいを正し、必死の表情で土下座をした。


「お願いします!あなたの旅について行かせて下さい!何でもするから!!」


ぴくりと、ソルの片眉が上がる。
しかし顔を伏せているにはその事に気付けない。


「……分かってねぇな」


呟くや、片膝をベッドの上に乗せた。
軋む音と揺れでソルの行動に気付いたが、はっとして顔を上げる。

同時に、自分より小さなの体を、仰向けの状態でベッドに縫い止めた。

瞠目して見上げてくるのを受け流し、下にいる体にのしかかる。
身動きが取れなくなって初めて自分の置かれている状況に気付いたらしい様を至近距離で観察して。

そして、無防備に薄く開かれていた唇に重ねた。


「ん……んんっ!?」


舌をさし込むと、ようやく何をされているのか把握したからくぐもった声が漏れる。
少し遅れて、自分に重なる体を引き離そうとして手が肩口を押してくるが、体格と力の差がある為微動だにしない。
どうにか抜け出そうと奮闘して両手が塞がれている間に、ソルは襟元からの服に片手を差し入れる。

塞いだ唇の短い悲鳴のようなものが上がった。
じたばたともがく四肢を自らの体で押さえつけ、胸の膨らみを手で掴む。
体の下でが一つ大きく跳ね、既に丸くなっていた目が更に見開かれ。

その目に宿った感情の変化を、ソルは見逃さなかった。

舌で蹂躙していたの口を解放する。
唇を離した為、両者の間に距離が出来た刹那。

の手がソルの頬を打っていた。




パン、と乾いた音がするのに遅れて、頬に痺れるような痛みがやって来る。
衝撃で横に逸れた顔と視線をゆっくりと元の位置に戻す。

頬を打った形のままの手で気休め程度に自身を守り、目に涙を滲ませるの顔があった。
散々の抵抗で着崩れた姿。
挑むように睨み付けてくるが、胸元を押さえる手が微かに震えている。


「……『何でもする』ってなこういう事されても文句言わねぇって事だ」


その様子を淡々と眺めながら、ソルは言葉を紡ぐ。


「警戒心が足りねぇ。誰にでもその調子じゃいつどこで襲われても何も言えねぇぞ」


今日の件でもそうだ。
あれ程ついてくるなと言っているのに人の話も聞かず、結局自ら危険に飛び込んできた。
最初地下競売にて売られそうになっていた時にもきっと似たような事をしたに違いない。
いかにも胡散臭い輩の後を疑いもせずついていったのだ、この娘は。

自分は彼女に分からせただけだ。
世に対し無知である事がどれだけ危険であるかを。

の視線が逸らされたのは、相応の効果があったという事だろう。
拍子に目の端に溜まった涙が零れるのを、ソルは目を細めて捉える。


「ついて来て危ない目に遭ったとしても俺は手を貸さん。自分の身も守れない足手まといはいらねぇ」


義理堅いんだか知らないが、義理を果たすならついてくるな。
視線は交わらずともに投げつけ、ようやく体を離した。
顔が遠ざかる瞬間、悔しげに唇を噛みしめ眉を寄せるのを目の端に捉えたが、それに何かを言ってやる気もない。


ソルは少ない荷物を手に、部屋を後にした。

着崩れた姿のままベッドから動かないを置いたまま。




















ソルの背中って大胸筋からも予想できる通り広そうですよねー。
背負われたら絶対寝心地とか寄りかかり心地とかいいと思うんだ。
いいなー。

んでもって、後半は中途半端な描写。
駄目です。話の流れ上敢えて入れたけど駄目です。理性が邪魔をする!!むぁー!!
あくまで諌言であってソルにもその気はなく未遂ですが、未遂は未遂なりにもうちょっと濃く出来たのではないかと思う次第。
いや、でも裏も無いようなサイトだからこの位で良いのかしら……
……良いよね。うん。

さて、実は四話構成のつもりでしたがもう一話続きます。次で最後です。


2007.5.4
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