コロニーから出てどこぞの組織に捕まるまでの、束の間の自由の身で見た景色も。
捕らえられた後、狭い所に閉じこめられてそこから垣間見た景色も。
私の目にはどれもこれもが鮮やかに映って、いつどうなるかも分からない身の上でありながら場違いにも感動していた。

ああ、けれどその感動でさえも。
「あの光景」には敵わない。











   後悔しなさい!!










 日本の民族衣装である着物に似せた服を着せられて、売られるまでの順番待ちをしていた檻の中。
競売にかけられるまでの待ち時間、ご丁寧にも用意してくれたモニターで会場の様子を眺めていた。
何の感慨もなく、売られる意識すら薄弱で、ただ流れていく映像だけをその目に映して。

自由がないという点においては、コロニーにいる頃と大差ない。
その意識が強かったが故に、は不思議なまでに落ち着いていたのだ。


ああ、もっと広い世界を目指した旅だったのに、終わりは案外呆気なかったな。
空しいものが胸を去来するのを感じながら、ただ自分の番が来るのを待っていて。

注視していたモニターの向こうに、剣に炎を宿して立つソルの姿を見つけた。


圧倒的な力。
知識だけで知っている黒科学の品を、その時は名前も知らぬ男は問答無用で剣の餌食とした。
暴力的手段で制止しようとする関係者の手すら、男には届かない。
物言わぬ品には破壊を、行く手を妨げる者には相応の制裁を。
まるでそれが義務だと言わんばかりに淡々と片づけていく姿に、その強さに、は目を奪われた。


自分もあの会場で売りに出される筈だった商品、もしやここに留まっていたら、諸共に殺されてしまうのだろうか。
有無を言わせぬ剣さばきに、緊張で心拍数が上がっていったが、不思議と恐怖感は無く。
その力に希望を見いだしたのもまた、事実だ。


      もし ここにこのまま留まって


既に破壊された商品と同じ道を辿らなかったら、彼が自分を殺さなかったら。
どうせ行く当てのない一人旅、迷惑を承知で彼についていってみよう。

彼の向かう先がどこであっても、少なくとも退屈はしない筈だという、確証の無い確信を持って。
は男が商品の保管場所であるここに来るのを待った。















 ベッドに横たわったまま思い返していた過去の記憶から立ち戻り、上体を起こす。
確認した自分の姿が、服が乱れて何とも情けなかったが気にせず、ソルが出て行ったドアの方を眺める。

まず自分では勝てない力で押さえ込まれて、服の下を探られて。
それでもそれ以上手を出さなかった所に、ソルの真意があるとは理解していた。


「……分かったよ」


ソルは、あまりに警戒心の無いを諫めようとしたのだ。

地下競売の商品にされた時や、先程の建物での一件を省みて。
どうやら自分には、言われた事を鵜呑みにして準備も無しに物事に当たっていく傾向があるらしい。
コロニーにいた頃は全く気付かなかったが、外界に出てからの行動を思えば、自覚せざるを得ない。

ただし、ソルによる先の行動が無ければ、その短慮な所に行き当たるまで考えることはなかっただろう。
考え無しの自分が危うさに気付くまで考えるには、一度危ない目に遭ってみないと分からないと。
力任せな気付かせ方だが、結果としてコロニーの箱入り娘は危うさを自覚し、ソルに抵抗した。
「危ない目」に遭わせる役目を何も言わず引き受けたソルにとっては、望んでいた通りの展開であったに違いない。

自覚させたことが、を深く落ち込ませることになろうと。


「分かったけどさ……」


今の事。
一人特攻してきたを、決して口には出さず背で守ってくれていた事。
空腹で倒れた厄介な追跡者を、嘆息しつつも助けた事。
そして最初に、商品として囚われていたのを助けてくれた事。

いつもいつも呆れながら、後をついてくるを強く突き放す事はなかった。

彼の腕っ節だけに惚れ込んだと思っていたが、実際は一目惚れとも言える感情を抱いていた。
自覚をしたのは彼がここを去ってからだったが。

そうして己の感情のありかを認めた自分が、情けないと責め立てる。

こんなにも強い想いのままに、ソルの傍にあろうと決意を固めたのに。
強く想う要因となったものを目の前で見せつけられて、今度は恐れを抱くとは、何と自分勝手な。
結局は客観的視点から見ていたが為の羨望だったのか。
助けてくれた礼がしたいとソルについて回り振り回すだけ振り回しただけで、自分の想いに何の決着もついていない。


      情けない


何が情けないか。


「……あの兄さんから、お嬢ちゃんの身の安全と保護を頼まれたよ。心配してくれてるんだ、その気持ち汲み取ってやりな」


傍を離れた後でさえ、こうして手を打たれてあることが情けないのだ。

ノックも無くドアを開けて現れたのは、昼間ギルドで言葉を交わしたマスター。
の姿を見ても尋ねてこないということは、ソルに言い含められているのだろう。
何となく眼差しに憐れみが含まれている気がするが、今はそんなものを気にするよりも。

胸の痛さと滲む視界の方が、重い。


「……ぅ……うわぁーーーーーんっっ!!」


マスターの姿を見た途端、堰が切れたように涙が溢れ、堪えきれない嗚咽が子供の様な泣き声となり、は思うさま泣いた。
近づいてくる事のない気配に感謝をしつつ、言葉にならぬ思いを吐き出し続ける。

全く、自分は弱い。
常にソルの手に助けられながらここまで来ていたというのに、離れてしまうまで気付かない鈍さ。
今となっては全てが遅い。


      本当に 遅いのだろうか 。


泣き続けてある一瞬、そんな考えが過ぎり、はピタリと泣きやんだ。
言葉にならぬ思いを吐き出したお陰で大分スッキリとした頭が冷静に考える。
確かに今のままでは駄目だ、しかし、「今のままで」駄目だというのなら、


今の状態を打開すればいいだけの話。


「…ふ、ふふふ………うふふふふふ」
「……大丈夫か、お嬢ちゃん」
「全く問題ないわ。…そうよ、足手まといだなんて思わせなきゃいい訳じゃない」


泣いていたかと思えば今度は身体を揺らせて笑いだした娘に異様なものを感じて声を掛けたマスターに、大事ないと答える。

足手まといだから置いていくと言うのなら、足手まといになる部分を潰していけばいいのだ。
泣いた末に得た結論は確かにその通りなのだが、だからといって具体的に何をするのか。
その方法すらも、の脳内では弾き出されているらしい。

げに恐ろしきかな、心に悩みを抱えていた癖に踏ん切りがついて開き直った人間の行動力は。
マスターが引き気味に視線を送っているのも意に介さず、高らかに堂々と啖呵を切る。


「礼も返させずに私を置いてったこと、後悔するが良いわ!!!」


泣いた鴉が何とやら。
どこぞを見つめて誰にともなく啖呵を切ったの顔は、至極晴れ晴れとしていた。















「ここ良いかしら?」


 バーカウンターで一人グラスを傾けていると、隣の席を求めてくる女の声があった。
決して繁盛している店ではなく、カウンター席に座っているのは自分くらいのもので、わざわざ隣に座らなくても良いくらい席は空いている。
その中で隣を求めてくるということは、自分に用があるということ。
夜も更けた時間帯、控えめだが艶やかな女の声に、この後の相手を探している手の者かと当たりをつける。

無言で隣席を承諾すれば、微かな衣擦れの音をさせて女が腰を下ろした。
ちらりとその姿を盗み見る。

カウンターの下で組まれた露出の少ない足はすらりとしなやか。
どこかの民族衣裳のような服は、動きやすさを重視した改良が加えられている。

視線が女の腰元に向かった。
「ニホン刀」と呼ばれるものによく似た、緩やかな曲線を描いた細身の剣が差されている。
その得物や女の体つきから見て、多少の心得はあるのだろうと推測する。

一体どんな女なのか。
しばらくグラスに口をつけながら女の外見を観察していたソルは、そこで初めて視線を持ち上げ。

女の顔に見覚えがあることに気付き。

それが誰か分かった途端、含んでいた酒を盛大に噴き出していた。


「ぅわっ、ちょっソル汚い!!」
「お前…あの時の……」
「お前じゃなくて!三年そこそこで名前忘れられちゃー悲しいなぁ」


ソルが酒を噴き出した理由。
それはあの時、自分の自由と相手の安全を9対1程の割合で考えて、ギルドに任せてきた娘…が、今再び目の前に現れたことだ。
それも剣を心得た者として成長した姿で。
驚きのあまり、思わず目を擦るという柄でもない行動を取ってしまう程、ソルはの出現が信じられなかった。


「コロニーに帰ったんじゃねぇのか?何しに来たんだ」


名前を呼ばれなかったことに不満をこぼすも、誰何するまでもなく気付いて貰えたことが嬉しいのか、ニコニコしているに問う。
ギルドに彼女の身柄を任せた後、ちゃんとコロニーに引き渡したという報告もきちんと受けている。
あれだけの目に遭わされたのだからもう出てくることは無いだろうと思っていたのに。
否、済んだ話だと思い出すことすら無かったのに。

何故このジャパニーズは今こうして自分の目の前にいるのか。


「そんなん決まってるじゃない」


まだ子供っぽさの抜けきらなかった当時から、女としての艶を増し成長したが、さも当然というように言葉を紡ぐ。


「勿論、三年前のお礼をしに、ね」




三年前、泣きに泣いて何かを吹っ切ったは、コロニーに送還されるのにも大人しく従った。
利用する形となったコロニーの管理者には大目玉を食らったが、そこはひたすら謝り倒し、場を収めた。
再び繰り返されるであろう退屈な日々。
しかしはその中で、新たな目標を見いだしていた。

剣術を習い始めたのである。
盲目的に稽古を行うには鬼気迫るものすらあり、三年経たぬ内にちょっとした事では膝をつかぬ程上達していた。

その後管理者を通し、社交性に富む性格で人脈を辿っていき、はある者との面会を取り付けた。
現警察機構長官、カイ=キスクである。
は彼と面会するに辺り、正式にコロニーを出る許可を申し出たのだ。

勿論初めの内はカイも許可は出せないと難色を示したが、はさほど心配してはいなかった。
風に聞く、彼とソルとの因果関係。
その噂と自分の能力を鑑みて、カイは絶対に許可を出す自信があったからだ。


「どうして居場所が分かった?」
「ん、何か私が持ってる法力の能力らしくてね。棒を倒せば目当てのものの場所が分かるの」


それがはっきりと自分の法力だと分かったのは、カイから教えられた時だったが。
はその能力を用い、ソルを探し当てカイに情報を送る事を、コロニーを出る交換条件として提示した。
いつ見つかるかは分からないが、確実に目的のものを指し示す以上、いずれは必ず出会うのである。
ソルを追いかけてまかれていた時にも使っていて、これ程確かな捕捉能力は他には無いと自負している。
カイにとってもこの交換条件は非常に魅力的なものであったらしい。
相当悩んでいたが、最終的には許可を出す事で決定したのだった。

当然、カイとの約束をソルにばらしたらまた逃げられてしまうので、それだけは何があっても沈黙を守る。




「ま、そんなこんなで、貴方が私を連れて行かない理由はクリアしたわよ」


胸を張るという子供じみた所作で、どうだと言わんばかりに視線を投げてくる。
瞬間に、追いかけてきていた三年前の彼女の顔が呼び起こされ、ソルは嘆息した。
時を経てまた厄介事が復活したらしい。

それを知るや知らずや、目の前で胸を張る女は得意気に、


「私の礼を無碍にするからこうなったの。三年前の自分の行動を後悔しなさい!!」


高飛車な笑いさえ幻聴で聞こえてきそうな態度で、言ってのけた。

視線を外し、酒の入ったグラスを傾けて顔を隠したソルの口元に笑みが浮かぶ。
が三年前の時点でソルに好意を寄せていた事は分かっていた。
それをおくびにも出さず、今はただ旅の同行者としての立ち位置を求めていることが、何だかおかしかったのだ。

いつ終わるとも知れぬ旅だけれど、長い旅の中ではこのようなイレギュラーな存在がいる時期があっても良いだろう。
さて、自分は彼女に男女の秘め事めいた思いは欠片も抱いていないが、彼女は自分を振り向かせる事が出来るのか。

面白い、一つ賭けをしようじゃないか。


「せいぜい気合い入れて恩を返すんだな。一度決めた事だ、後悔するんじゃねぇぞ」
「誰がしますか。私が一度決めた事だもの、ソルこそ今の発言後悔しないでよ!」


啖呵を切り合い、酒を酌み交わす。
その一時だけは、二人の間にパートナー然とした空気が流れていた。















 かくしてその後しばらくの間、「紅の賞金稼ぎ」の行く先々で、
やや置いて行かれ気味な、日本刀を腰に差す女の姿が確認されるようになる。


追いかける側はあしらわれていながら楽しげに。
追いかけられる側は素っ気ない態度を取りながら満更でもなさそうに。


している姿が、ちぐはぐながらも自然であったと、目撃した者は後に語る。




















前話更新してから二ヶ月以上?放置してようやく最終話アップですおめでとう自分。
何かね、放置しすぎてて締めをどうしたいのか忘れてしまったよあははは。
もっとイチャコラしてる予定だったんだけどなー。
この恋人未満な距離感の締めも戯お得意の感じで、戯は決して嫌いではないんですがね。あくまで俺は。

ようするに足手まとい発言が堪えたという話。そして開き直ったという話。
押して駄目なら引いてみろ理論の通じなさそうな相手には、やっぱりガンガン押していくしかないんじゃないかなという話。
企画物ですがあっさりさっぱりノンオイルドレッシング風味で締めたソル夢、いかがでしたでしょうか。
これにて一周年企画物は一旦一区切り!そろそろ企画始動から半年くらい経ちますがこれにて落着!
皆様長々とお付き合いありがとうございました!
これからも「黒塚」をよろしくお願いします!!

追伸
黒髪大鎌セクシーギアの夢が残ってるんじゃないかというツッコミはもうしばしお待ちを。
ネタの神が下りて来た頃に再びお会いしましょう。


2007.7.20
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