龍如得雲 ―宝器 巻き込まれ事件―
天下分け目の大戦、関ヶ原。
東の徳川家康と西の石田三成の、雌雄を決する戦いが間近に迫っている。
歴史の教科書にも載るような戦いに、まさか自分が立ち会う事になるなんて。
何の因果か、未来から時を遡り、ちょっとした御縁で伊達の下に身を置かせて貰っている。
関ヶ原への参陣を聞かされて、感慨深い思いに耽ったりもしたけれど。
それよりも先に、とある群との決着をつける流れと相成り。
何となく出鼻を挫かれた思いを味わった。
「殿、こっちの兵の手当てを頼みまする!」
「分かりました!消毒と包帯で良いですよね!」
「ちゃんそっちが済んだら酒の予備持ってきてくれ!足りなくなっちまった!」
「はーい!ついでに水汲んできます!!」
右から左から飛んでくる指示を必死に頭に叩き込みながら、目の前の負傷した兵の手当てに専念する。
目の前に晒されているのは、二の腕の浅い斬られ傷。
「しみますよー」
傷口へ、携帯していた消毒液を躊躇なくぶっかける。
兵から漏れた呻き声は聞こえない振りをして、垂れた液を布で拭き取り手早く適確に包帯を巻く。
端を結んでほどけない事を確かめ、うんと一つ頷いた。
「オッケーです!」
「あ、ありがとなさん」
「このぐらいなら任せて下さい!…っていうか、今はこれぐらいしか出来ないんですけど」
「ははっ、分かってるって。あんたの力は万一の時に備えなきゃ、なんだろ?」
「…死ぬような怪我しちゃダメですよ」
「精々気を付けるよ」
手当ての終わった兵は、気持ちの良い笑顔で場を離れていく。
再び戦場に身を投じる為だ。
その背をしばらく見送ってから、他に用事を言い付けられたのを思い出し、腰を上げる。
「酒持ってって水汲んで…包帯も持ってきといた方が良いかな」
反芻と、発見と。
負傷者の間を縫うように進みながら、血と硝煙の匂いと苦痛の声を意識しないように忙しなく動き回る。
戦場に連れて来られたの仕事は、専ら怪我人救護のお手伝いだ。
縫ったり切り開いたりの特別な技術は必要ない、軽傷患者の手当てや備品の補充。
勿論、負傷者の間を鬼のように飛び回る救護班の邪魔にならない程度に。
今では場数を踏んできた事もあって、手当てのスピードも上がり指示される前に動けるようにもなってきた。
「もっとばんばん使える力だったら良かったのにな」
移動しながら、自分の左手を見て独りごちる。
人の手当てなんて絆創膏貼るぐらいしかした事のなかった自分が、戦場に連れ出されるようになった原因、もとい理由。
現代から戦国の世に来てしまった拍子に宿った、瀕死の傷をも癒してしまう力。
発動すれば効果は絶大だが、いかんせん燃費が非っ常ーに悪い。
以前初めて力が発動し、小十郎を癒した時だって、たった一度で貧血を起こし倒れてしまったのだ。
不用意に力を使い、本当に必要な時…政宗の身に重大事が起きた時に、使えない状態にあっては意味がない。
だから安易に力を使う事は、政宗の側近達から固く禁じられていた。
目の前に今にも死にそうな怪我人がいたとしても、自分にはただ見守る事しか出来ないのだ。
来たる時に備えて、軽傷の兵の手当てに従事しながら。
「…そもそも思い通りに使えないし」
自分の任意のタイミングで発動させられない事もある。
折角の力を思うように扱えないもどかしさ。
戦場に来る度主張し始めるその思いを振り払うように、は足を速めた。
高らかに剣戟の響みが広がる。
一度斬り結んでは互いに距離を取り、また二度三度。
獣のような咆哮は、相手への讃辞と機に恵まれた事への昂ぶり。
「この時代の分け目に、貴殿と相見えし事!」
武田が名代、甲斐の虎の意志を継ぐ者、真田幸村。
「上等な宿縁ってヤツだ、なあ真田幸村ァ!」
奥州が雄、独眼の竜王、伊達政宗。
また、蒼紅一騎討ちの場へと至る手前にて、同じく得物を交える姿。
蒼紅とは異なる目的の為討ち合う両者の目は冷静の色が濃い。
「猿飛、あの日逃がした借りは今ここで返す…!」
伊達軍が副将、竜の右目、片倉小十郎。
「右目の戦か…真剣勝負よりしんどそうだね」
武田軍が副将、若き虎の影、猿飛佐助。
一度は離れたかに見えた縁は、今ここで再び交わった。
互いの力が尽きるまで、或いは主の望みが叶うまで。
二対の戦いは止む事なく続く。
その二つの場を取り囲むように両軍の乱戦が続く一帯の、更に外側。
人垣を隔てて、およそ戦場に似つかわしくない悠然とした足取りで近付く姿が現れる。
その眼差しはまるで茶室から庭でも眺めているよう。
「
穏やかに微笑む様子とは裏腹に、眼を彩るものは底知れない光。
銃声、剣戟、人の波、その全てを越えて、彼が見るのは二つの戦場。
「潤してくれ、平らな蜘蛛の代わりにね」
すぐ間近に、首を狙う敵がいる戦場。
高揚と殺気の入り交じる空間が眼前に立ちはだかる中で、一体どれだけの者が彼の気配に気付けただろう。
空になった消毒代わりの酒瓶に手を伸ばしながら、は顔を上げた。
中途半端に屈んだ体勢のまま、少しの間静止。
「…どうした?嬢ちゃん。ギックリ腰か」
「違いますー!…んー…何て言うか…」
目を留めた救護班からの軽口に唇を尖らせつつ、言葉を濁す。
咄嗟に何と答えたら良いのか分からなかった。
何かを知覚して手を止めた訳ではない。
今まで受け流していたものが不意に意識されたというか、その程度のものなのだが。
しばらく考えて何とか言葉にする。
「こう…音、変わってません?」
「音?」
「わーっていう人の声とか、銃とか剣とか…何か、いつもと違う気がするような…?」
「違うって…どんな?」
「うーん…?」
金属音、破裂音、人の声。
意識すると滅入ってしまうから、極力気に留めないよう努めているが、実際耳に入ってしまうそれらの音。
どこに行っても似たような調子のそれは、多少の違いは分からない。
筈、なんだけど。
何が気になったんだろう?
自問し、それでも答えが出ず頻りに首を傾げるを、救護班は怪訝な顔で見ている。
「…考えてる暇があるなら手を動かして欲しいんだがね?」
「…ですよねー」
働け。
言外に釘を刺されて肩を竦める。
その通りだ。
時間経過と共に怪我人の数が増え、比例して救護に当たる人間は忙しくなる。
分からない事に頭を悩ませるのは、ひとまず置いておいて。
拾いかけていた瓶を抱え、背筋を伸ばし立った、その時。
比較的近くで爆発音が轟き、
「うひゃっ!?」
反射的には耳を塞いでいた。
拍子に足元に転がった空き瓶を見て、やっちまったと軽く後悔。
そっと耳に当てていた手を外して、陣内に特に変化がないのを確かめてから改めて瓶を拾い上げる。
「びっくりしたー…近かったなー今の」
「前線が下がって来たのかも知れんな」
「という事はつまり?」
「伊達が押されている」
「わー嬉しくなーい」
いや、まあ相手があの武田軍なので、本音から言えばどっちに転んでも小躍りの一つもかましたい所なのだが。
自分が伊達の元でお世話になっている以上、どうしても贔屓目で見てしまう。
頑張れ伊達軍負けるな伊達軍。
私は戦えないけど応援はしてるぞ!
戦場が近付いてきている事を意識するとそわそわしてしまうので、軽い調子で受け流す。
ともあれ、伊達軍の皆様にエールを送りながら、救護の仕事に戻る為踵を返す。
と、俄に向こうの方が騒々しくなった。
今の爆発に巻き込まれた兵だろうか。
一気に怪我人が増える直前に、よくこういう兆候が現れる。
忙しくなる事が予想されたので、気合いを入れる為に帯を引き上げた。
程なくして、幔幕の向こうから転がるように一人の兵士が現れた。
地面に倒れ伏した姿は所々煤と土で汚れている。
少なからず先程の爆発に巻き込まれたのか、火傷と出血が見られた。
ええと、火傷の時の手当ては冷やしてからどうすれば良いんだっけ?
手順を思い出し復習する内に、救護班の一人が兵の見立ての為に近寄る。
「しっかりしろ、怪我も火傷もそんなに酷くないぞ」
「……だ」
救護班の腕を、兵が掴む。
何事か告げたようだが、戦の興奮か爆発の恐怖か、歯の根が合わず不明瞭で聞き取れない。
間近にいた救護班にもそれは同じだったようで、落ち着けと声をかけてもう一度言うよう促していた。
喘ぐ喉を唾で潤し、今度は声を張り上げる。
「松永久秀が!来やがった!!」
の位置からでも、十分聞き取れる声量。
なのに、兵の言っている意味が理解出来なかった。
誰かに説明を求めて周囲に目を向けると、皆同じような表情で一方を見たままだ。
救護班と、意識のはっきりしている怪我人。
声を大にした兵を、皆が凝視し固まっている。
言葉を発しようとする者はいない。
ただ一人、兵の見立てをしていた救護班を除いては。
「松永って…あの松永か!?何だってまたこんな所に、こんな時に…!」
「ヤツのやる事なんて知らねえよっ!乱戦の中いきなり現れたと思ったら爆破されたんだ!」
「この事本陣には…筆頭には!?」
「今別のヤツが報せに行ってるが、間に合うかどうか…!アイツ、真っ直ぐ筆頭ン所に向かってやがる!!」
理解は、救護班と兵との会話が補ってくれた。
呆然としていた頭が、徐々に機能し始めて、麻痺していた危機感が急速に取り戻されていく。
現状認識をした上で、の脳裏に閃くものがあった。
この世界に来る前にどハマリしていたゲームのシナリオ。
松永久秀という男の性格と、この戦場における彼の目的は。
「政宗の刀っ!!…と、幸村の鎧っ」
シナプスが繋がった瞬間、思わず声を張り上げていた。
兵に注がれていた眼差しが一斉にこちらを向いたが、注目された事に怯んでいる場合ではない。
逸る気持ちのままくるくると視線を動かして、救護班のリーダーを捜す。
見つけた。
他の人と同じようにこちらを見るリーダーに駆け寄る。
移動の間、気が付けば比較的軽傷の兵に担がれて、火傷を負った人が増えていた。
小さくはない爆発だったから、これからもっと増えるだろう。
患者の増加に比例して、救護の仕事は忙しくなってくる。
けれど。
「ごめんなさいリーダー、救護抜けさせて下さい!」
今、抜けなければ、動かなければならない。
この戦いの招かれざる客、松永久秀の思惑が達せられる前に。
取り返しのつかない事態が起きてしまう前に。
「政宗の所に行かせて下さい!!」
BASARA4発売おめでとうございますーと言いながらこの連載は4シナリオは全く絡まない。
外伝の頃から書きたいなーと思っていた松永さんネタを、宴シナリオを踏まえつつ書き始めてみました。
更新が滞る予感満々ですが、気長にお付き合いいただけると幸いです。
戯
2014.2.2
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