龍如得雲 ―雷花 右手と左手―
馬の歩みに合わせ、乗り合わせる自分の体も規則的に揺れ続ける。
その度に馬の繰り手の胸元に片頬が押し付けられて、
はちょっと恥ずかしいくらいの密着具合を否応にも意識させられた。
だからといって、現在相手にしがみついている状態なので、距離を取るという訳にもいかない。
唯一救いなのは、馬が行く道が道ゆえ、目を閉じていろと言われている事か。
特徴的な青い羽織が目に入らないだけで、幾分か心に余裕が出来る。
「も…もういい?」
「NO. まだだ。大して進んでねぇだろ。今目ぇ開けたら後悔すんのは自分だぜ」
「うひぃ…」
余裕が出来て訊いてみて、返される言葉にまたしがみつく手の力を強くする。
そうするとまたぴったりとくっつく事になって。
そんな堂々巡りを、馬の足がこの地域に差し掛かってから何度も繰り返していた。
いい加減このやりとりにも疲れてきたが、馬から降り目を開けて自分の足で歩くというのも現状では抵抗がある。
今目を開ければ、映り込むのは胸に開いた穴を中心に赤黒く彩られた骸の散乱する陰惨な光景だからだ。
何も知らず目を開けたままこの辺りに差し掛かり、あまりの衝撃に馬の背から落ちかけ、
寸での所で政宗に支えられ、目を閉じしがみついていろと言いつけられたのはほんの数分前の事。
政宗の言に頼れば、その光景は未だ続いているのだろう。
奇襲。
その報をもたらしたのは伊達領内の一画を預かる出城であった。
正体不明の何者かの手により、拠点に詰める兵が次々と討たれていると言うのである。
この報せを受けた政宗を筆頭に、伊達家家臣団は少数精鋭を現地へ送り込む事とした。
事実確認と奇襲への警戒の為である。
そこまでは伊達に限らずすぐに下せる判断でだったが、この後に於いて、伊達政宗は他とは異なる決断を下した。
『俺も行く』
斥候部隊に、伊達家当主である政宗自らが同行すると言い出したのである。
これには勿論、片倉小十郎を始めとして家臣団、更にはも加わって、
当主が斥候に加わるなどもっての他だと強く反対の意を示した。
しかし、諌止されたからと言って引き下がるような聞き分けがあるなら、そもそも奥州筆頭の名を冠する事もない。
当然といえば当然、家臣らの意見は一蹴された。
『俺の首の心配をしてんのか?見くびられたもんだな。
下への示しだなんだと言われても俺は聞く気はねぇぞ。この件に関しちゃ自分の目で確かめたい』
返されるのは奇妙な強情さ。
何故そうも拘るのかと家臣らが問い詰めても明確な回答は得られず、ただ「どうしてもだ」と繰り返すばかり。
結果として、強制力のない家臣らが退く事となり、また退く代わりに、
その身に万が一にも何事かが災いせぬよう、小十郎とも斥候に加わる事を政宗に承知させた。
政宗に降りかからんとする災禍を小十郎が払い、払いきれず届いてしまった場合にが政宗を救う。
竜の右目と癒しの力を持つ娘の二人による、竜を守る為の「布陣」であった。
「うう…本当に、なんでこんな所に来たがったのさ…」
城での顛末を思いだし、泣き言のような声を洩らす。
政宗の身や伊達家の行く末を案じる家臣らに乗じて、もまた政宗の斥候参加に反対していた。
ただし反対する理由は、家臣らとは少し違っている。
自分が持っている……らしい……癒しの力は、伊達軍においては政宗に使う事を最優先とし、
いついかなる時も有事に対応できる距離に身を置く事を定められていた。
これは政宗というよりも周囲の人間が求めたものであったが、
は特に不自由を感じる事もなくそれを受け入れている。
訳も分からずこの時代に来てしまった時から不便不自由は覚悟の上であり、
また癒しの力も一度に沢山使えるものでもなかったので、
自分のこの身の置き方は妥当だろうという考え方だった。
そしてこれを定められて以来、命の奪い合いが間近で繰り広げられる戦場に駆り出される事も、
覚悟の一つとして腹の底に飲み込んでいる。
その覚悟を持ってしても。
戦でもなければ必要に駆られている訳でもない、
人死にの出ている現場に自ら進んで赴こうとする神経にはさすがに賛成出来なかった。
要は、それが責務だといわれても今回の斥候には加わりたくなどなかったのだ。
何故わざわざ自分から危険に飛び込むというのか!
それについて行かなければならない私の事も少しは考慮していただきたい!
そういう抗議の意思であり、泣き言恨み言も漏れて詮なき事である。
言った所で決定権はにない訳であって、
嫌がっているのをいい事に常にを弄ろうとしている政宗に徹底的にやり込められるおそれも非常に高い。
故にそれ以上の乗り気でない気分は、溜め息に乗せて全て流してしまうしかなかった。
馬蹄の音に紛れさせて深く息を吐くと、政宗の胸元により頭を委ねる形になる。
「…俺にも理由が分からねえんだ」
頭上から聞こえたのは何かの聞き間違いだろうか。
一瞬何と言われたのか理解できず、弾みで目を開けてしまう。
「どうしても俺が行かなきゃならない気がした。今もしてる。だが…何故そう思うのか、それが分からねぇ」
「単なる『俺の勘』ってやつなんですか!?…っ!!」
「どうしてもだ」と頑なに詳細を語らなかった、斥候に加わりたがる理由を初めて口にしたかと思ったら、
聞いてみれば「そう思ったからそうした」のだという。
勘で行動したとしか思えない理由を語られ、つい我慢できず繰り出したツッコミ。
がばっと勢いよく顔を上げた事を、すぐに後悔した。
はっと気が付いて周囲に巡らした視界に、さっきも見たような骸がごろり。
「っぎゃー!!」
「おっと!」
学習せず、仰け反った拍子に馬の背から転がり落ちかけた所を、また政宗の手に助けられた。
一旦は離れた体温が、再びを包み込む。
「目ぇ閉じてろっつったじゃねぇか。それとも俺の顔が見れなくて寂しくなったか?」
「そんな事っ!ないっ!!」
からかっているのだろう、肩を抱えたまま思わせ振りに頬をくすぐる指を払う。
強い口調で拒絶の意志を示すのも慣れたものだ。
こうでも言わない限り、政宗のお遊びに翻弄されて精神的に大ダメージを受けるのはの方なのだ。
いわば自衛だ。
政宗の性質に気づくまでやられる一方だった頃のささやかな仕返しと言ってもいい。
尤も、この仕返しすらも政宗は楽しんでいるようで、大した効果は期待できないのだが。
キッと睨み付けてやりたくても、顔を上げればまたあの光景を目にする事になる。
非常に不本意な状況である。
それをごまかすように、政宗の胴具足に額をぐりぐりと押し付け、視界を閉ざした。
そんな仕草も政宗を楽しませているとは、露程も気が付いていない。
「まるでガキみたいだな。Lady はお眠の時間か」
「うるさいよっ!ちょっと私より環境に慣れてるからって調子に乗らないでよマーくん!!」
「マーくん言うな」
独眼竜の威厳がどっか飛んで行っちまうだろうが。
ささやかな反撃であった「マーくん」呼びは、脳天を顎でぐりぐりされる更なる反撃を呼び、
最終的に、ぎゃあと色気のない叫びを上げたの敗北で幕を閉じた。
「政宗様、戯れもそこまでになされませ。そこに迎えが来ております」
幾度目かの攻防でも政宗に軍配が上がった所で、前にいた小十郎が声をかけてきた。
ああ、と応じた政宗の手が、の頭をぽんぽんと叩く。
「Hey, 。この辺ならもう目を開けても大丈夫だ」
開眼を促されたは、ゆっくりと瞼を上げ、政宗の胴具足に押し付けていた額を離す。
しばらくぶりの陽の光に目が痛み、何度か瞬きをしながら前方を見やる。
最初に小十郎の背が見えた。
その更に前には斥候本隊の騎馬兵が何人か。
もっと向こうに、今回奇襲の報をもたらした出城の門があり、城を与る将が出てきていた。
生きている人の姿だ。
辺りを見回しても、先程見たような血に濡れた骸はなく、はほっと息を吐く。
一方で、件の現場に到着してしまった事を嘆きたい気持ちにもなった。
幾つもある書きたい話が、本編が全く進まないまま早四年放置…
もういいや、夢主設定は公開してるし諸々ぶっ飛ばして書きたい話だけ書いちゃえ!
そう思って書き始めたのがリストラされたお楽しみ武器の話というね。言っちゃった。
2だっけ?英雄外伝だっけ?辺りにはもう話のネタは出来てたんですが、
いかんせん政宗夢本編が出会ったばっかりの所で全く進みませんで書けずにおった訳ですよ…
お陰でふっるいネタ持ち出してきてしまいましたが、ちょっとでも楽しんでいただければと思います。
戯
2012.1.12
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