龍如得雲  ―雷花 右手と左手―










「お待ちしておりました…しかしまさか、筆頭御自らが足を運ばれるとは思いませんで、もてなしの用意が…」
「あぁ、そんな事はいい。人手が斬られてお前も大変だろ。Don't mind. 」
「は…お心遣い痛み入ります」


 この出城に詰める人達とは面識がない為、政宗達が礼を受けたり現状を聞いたりしている間、はする事がない。
ぼーっとしていても城詰めの者達の好奇の目に晒されるだけなので、
乗ってきた馬に水や飼い葉を与えて話が終わるのを待つ事にした。

馬の背にブラシを当ててやりながら、周囲に目を向ける。

ぽつりぽつりと浮かぶ雲がアクセントとなる抜けるような青天。
それを背景とする本丸の壁は白く、繁茂する草木の緑と相まって、色のコントラストが非常に目を引く。


「こんなに綺麗なのに…」


はあ、と息を吐く。
写真に納めたくなるような景色なのに、ここで起きているのは犯人不明の連続殺人なのだ。
いい気分も台無しというものである。


「わ」


何となくしょんぼりとした気分になっていると、もふっと頭の上に何かが乗った。
驚いて見やった先には、馬の鼻先。
飼い葉を食べ終えた馬が、頭に顎を乗せてきたらしい。

馬は頭がいいと聞く。
もしかして、沈んだ気持ちを察して慰めようとしてくれたのだろうか。
そうだとすると、しょんぼりした気分も少し上向いてくるようだ。

和やかな気分で、ふんふんと鼻を近づける馬の首筋を撫でてやる。


「お前は良い子だね。乗り手さんとは大違いだ」
「そりゃ誰の事だ?」
「っうわぁ!!」


ぽん、と肩を叩かれ飛び上がる。

誰の手か、なんて振り返らなくても声で分かったが、
このまま振り返らないでいる事を相手が許してくれる筈もない。

ぎこちなく、動揺丸出しで視線を送った先には、違えようのない眼帯の存在。

が馬と戯れている内に、話を終え戻ってきていた政宗に、
ぽろりと溢した悪口紛いの発言を聞かれてしまった。

油断大敵、エマージェンシー。
表情、身振りから溢れ出る雰囲気が、向こうしばらくのトラウマになりそうな弄られの予感を与えてくる。


「ちょいとよく聞こえなかったんだがな。馬と違って俺が何だって?」
「ええ?何の事でしょうか?私そんな事言った覚えがとんとないんですけれども?」
「そうかそうか、言った覚えがねぇか。そんじゃあ今から俺が言う事をしっかり目を見て言ってみな?
Repeat after me. 『馬と違って政宗様は性格悪くてへそ曲がりだなんて言ってません』ってな
「輪をかけてひどくなってるー!!」


しっかり聞こえてるんじゃないか!
しかも内容を把握した上で言葉の裏に隠した事を正確に突いてきてるし!

目を見て反芻しろと言われても、内心を表し過ぎたその台詞を、本人を前にして言える訳がない。
これは弄りを通り越していじめといって然るべきだ!
小十郎に訴えてやる!

と決意した所で、政宗がこの場から逃がしてくれる道理もなく、
馬の体を障壁に、政宗の目が、顔が、ぐいぐいとに迫り来る。
面白げに歪められた口元がにくい。


「Repeat, after, me. You see?」
「No seeeeee!!」
「お前に拒否権はねぇ」
「ひいい!!」


二人の力関係を知らない出城の人達は、興味深げに視線を送ってくるだけで助け船は見込めそうにない。
傍で「またやっている…」とばかりに溜め息を吐いている小十郎だけが頼みの綱であったので、
政宗にがっちりホールドされながらも必死の思いで助けを求め手を伸ばした。


小十郎さん、と呼び掛けるはずの声は、どこかから届いた絶叫に掻き消された。


身をすくませ、引き剥がす為に添えていた手で、政宗の腕に縋る。
避けていた政宗の顔を覗くと、それまで浮かんでいた憎らしい笑みは消えていた。
状況を把握する為二、三度素早く視線が動いた後、


「小十郎!」


同じく周囲に目を配っていた小十郎を呼ぶ。
かち合った視線が、共に出城の将へと流れる。

若干顔を青ざめさせた将が、口を開いた。


「さては…」


聞くか聞かぬかの内に動き出した伊達の斥候隊は速かった。
未だ馬に乗ったままだった数騎はすぐさま声のした方へ馬首を巡らし、
かち立ちだった者は出遅れた分、出城の者に案内を頼み確実を期していた。
少数精鋭も名ばかりではない事を示す迅速さである。

政宗は徒であったが、を追い詰める壁として馬の間近にいたので、前者の先発隊と行動を同じくした。


「先に行く!遅れんなよ小十郎!」


つい今しがたまで逃がす気など微塵もなかったを呆気なく解放し、馬に跨がるや言い放つ。

馬を嘶かせ、走らせる刹那、政宗の目がちらりとを捉えた。
目まぐるしい展開についていけていない中で、僅か向けられた視線の意図。

残念ながらには汲み取る事は出来ず、
ただ何も言えないまま、すぐに遠くなる背を見送るのみであった。





動けずにいた所で、いつの間にか騎乗した小十郎が傍に寄り声をかけてくる。


「どうする」


ついて来るか、ここで待つか。
言外の問い掛けに、ゆるゆると持ち上げた視線で小十郎に応じる。

こういう時小十郎は、の意志を確認してくる。
の身を案じての事か、戦えない人間がいては足手まといになるからかは定かでないが、
こういう時待っていると答えれば、小十郎はが負う役割よりもその意志を尊重してくれる。

恐らく、だ。
確認した事などない。

何故なら、


「…行く」


待つと答えた事など、ないからだ。

許されるからといって逃げたせいで、政宗に万が一何か起きたら。
命の駆け引きの間近にいる恐怖よりも、そちらの方がにはずっと恐ろしかった。

自分は、政宗の統べる天下を見てみたいのだ。
その一助となるなら、選択の自由などあってないようなものだった。

ある意味決まり文句となった答えを返した刹那、の体は宙に浮いた。
いつぞやの如く、小十郎の手によって馬上へと引き上げられ、手綱を握る手の間に収まる。


「落ちるなよ!」
「落とさないでね!!」


短い応酬は二人なりの合図。
何だそのやり取りは、と呆気に取られる出城の兵を置いて、
小十郎とは誰よりも早く、先発隊…政宗の後を追った。




















「人の目を見て話せ」は政宗がネタ元らしいですよ。



2012.1.21
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