龍如得雲  ―雷花 右手と左手―










 その晩はひとまず休息を促され、翌日はの様子を看る為出城に一日滞在した。
得た時間は、の知り得る限りのアラストルに関する情報を、政宗へ説明するのに充てた。

アラストルは、雷を操る魔が姿を剣に変えたもので、己を扱うに足る者か否か、身を以て試させる事。
他の出城の兵達は、アラストルのその試練により命を落としたのだろう事。
のみこうして生還できたのは、恐らく人を癒す力が何らかの作用をしたのではないかという事。

初めこそ魔だの何だのと半信半疑であったが、自分には見えなかった剣を小十郎が見ていた事と、
何よりがアラストルに襲われて以来、毎日のように起きていたという奇襲被害がぴたりと止まった事が、やがて政宗を納得させた。

一日様子を見て、健康に支障がない事が分かり、達は出城を発つ運びとなった。
は、政宗に支えられ、馬に揺られ帰路を辿っている。



「んー?」
「いやに上機嫌じゃねぇか」


しばらく馬蹄の音のみが響いていた中でふと後ろからかけられた言葉に、は振り向く。


「そりゃあ、目ぇ開けてたって怖いものは見えないんだもの。いい景色見てれば機嫌良くもなるよ」


行きの道程で至る所に打ち捨てられていた、アラストルに「試された」兵達の骸。
今や全て弔われ、怖がる要素などどこにもない。
景色を楽しむ余裕がある、それがが上機嫌である理由の一。


「こんな所でアラストルゲットするとは思わなかったしね」


思いも寄らず、アラストルを入手出来た事が理由の二だった。

胸を穿たれたのが自分であった為、アラストルはを所有者と見なしてしまったようで、
最初政宗が剣に触れようとした時、その手を拒むように姿を消したりもしたが、
が望むと政宗にも触れられるようになった。
所有権が誰にあれ、政宗の手元にアラストルがある事が、には喜ばしかったのだ。


「お前はそれで良いのか?お前の剣になったんだろ、こいつは」
「良いんだよ。元々アラストルは政宗の為の剣だもん。私が持ってたってちゃんと扱えないし、アラストルも政宗も私も嬉しい!オールオッケー!」
「…まぁ、これだけ出来のいい剣が手に入ったなら、悪い気はしないが…」


言葉を切った政宗の腰の辺りに視線を落とす。
青い羽織に黒漆の胴具足、その腰元には、行きとは違いアラストルが差されている。
しかも六振り。

初め一振りだったアラストルは、これもが望むと六爪となった。この世ならざる剣だからこそ出来た芸当であろう。

これにより政宗がアラストルを扱う上での問題はなくなった。
六爪の定位置にアラストルがある事が嬉しく、こっそりと顔を綻ばせる。


「…なーに笑ってやがる」


ぐい、と腰を抱き寄せられ、元々近かったお互いがぴったりと密着する。
心の準備が出来ておらず、つい「うひゃあ」と間の抜けた悲鳴を上げた。
馬上なので引き剥がす事も躊躇われ、驚いたままの妙な体勢で固まってしまったの耳に、政宗が囁く。


「俺のだと言うからには、この剣は存分に使わせてもらうぜ。…剣の持ち主のお前も、離さねぇ。
他所へ行こうなんざ許さねぇから覚悟しとけよ。 You see? 」
「…あ、 I see.... 」


アラストルは政宗の武器で、所有権は自分にある。
伊達を離れる気など更々なかったので、反射的に答えてしまってから、早まっただろうかと少しだけ考えてしまった。

この先ずっと、政宗に弄られ続けるのかと思うと。

はこっそり、遠くを見る目で青天を見上げた。















 は盾であり鞘である。
此度のアラストルの一件で、政宗は腕の中の娘に対し、そんな印象を抱いていた。

外敵から万が一命に届く怪我を負わされた時、怪我をなかった事とする癒しの力が盾。
これまでは盾のみであったが、がアラストルの所有者となった事で、これに鞘という概念も加わった。

の持つ人智を超えた力があった為に、アラストルの試練にも生きて戻る事が出来たのであり、
もしこれが狙い通り政宗を貫いていたら、いくら竜の名を冠するとはいえ只人である自分では、柄を手に取るまでもなく命を落としていただろう。
今アラストルが大人しいのも、という所有者がいるからである。

政宗を傷付けかねない剣を抑える、それが鞘の意味。

剣を握る右手、癒しの力を操る左手。
右手に死を、左手に生を。
この世ならざる物と人智を超えた力を一身に背負う


「手放せる訳ねぇよなァ?」


「何か言った?」
「何でもねぇよ。気にすんな」


役割の有用性もそうだが、一個人を見ても、手放す気にはなれなかった。

普段はどこにでもいる娘のようでありながら、時折見せる、城の女中や城下の町娘とは異なる反応や考え方が、常に政宗に新鮮さを与えてきた。
時代に先駆けて異国の言葉を操る自分が、どうしてこんなに興味深い人物を手放せようか。


「請われたって放さねぇよ」


口の中での小さな呟きはさすがに聞こえないか、に反応はない。

馬の揺れに紛れ、向けられたままのの頭頂部にそっと頬を寄せ、そして目を遠くにやれば、染み入る程の青天が広がっている。

その眩しさに隻眼を細め、同時にを支えている腕の力を強くした。















 後日。ふとした折りに、政宗が武田の虎若子、真田幸村と邂逅する機会があった。
もその場に居合わせたのだが、幸村の装備する籠手に気付いた途端、


「イフリートだー!!」


こぼれそうな程丸くした目をこれでもかと輝かせ、相対する政宗そっちのけで幸村に駆け寄ろうとするものだから、


「うぉっ!何用か!?」
「Stop, stop, !ほいほい近寄ってんじゃねぇよっ!」
「政宗の所にアラストルがきたからひょっとしてって思ってたんだぁ!どういった経緯でゲットしたのか詳しくっ!」
「げ、げっと?」
「ちょっとちょっと右目の旦那!おたく侍女にどういう教育してんの!物怖じしないにも程があるでしょう!」
「侍女じゃねぇし教育もしてねぇ。あれは元々の性格だ。直そうとした所で直るもんじゃねぇ」


政宗に襟首を掴んで引き止められ、幸村を戸惑わせ、両軍の副将をして呆れさしめたのは、また別の話である。


















最終話!終わったー!!お付き合いいただきありがとうございます!

初代DMCを踏まえ、政宗がアラストルを入手する経緯に夢主を絡ませ、なおかつ
それ故に政宗が夢主に固執する理由の一を書きたかったのでした。
ラブラブには程遠い感じですが、戯にしてはスキンシップに抵抗の少ない夢主なのでは…ないでしょうか…
アラストル話以外に書きたいの幾つかあるので、戯の遅筆も待って下さる方は
気長に構えていて下さると嬉しいですー。



2012.3.18
戻ル×目録ヘ