初期構想ではもうちょっと出番のあった小十郎も今はこれこの通り。
龍如得雲 ―雷花 右手と左手―
は剣を引き抜こうとしていた。
剣は、「見える」小十郎が触れようとした所、稲妻を放ちこれを拒絶した。
剣を身に宿したも例外ではなく、柄を掴んだ手を稲妻は容赦なく襲った。
小十郎と新が違うのはこの後であった。
恐らくは、癒しの力で雷撃を相殺しようとしている。
激しく身を撃つ稲妻さえどうにかしてしまえば、残るは剣と己の力比べのみ。
引き抜けば、は目覚める。
確証などないものを政宗は、この時ばかりはひたすらに信じた。
ようやく見つけた、現状で己が出来る事であった。
の胸を貫く剣は、まるで岩盤を穿ったかのように重かった。
それを力の限り引く。
少しずつ剣身が現れる都度、迸る稲妻は密度を増してゆく。
「政宗様、何事です…うっ!?」
声を聞き付けてやって来た小十郎が、部屋に満ち溢れる稲妻に驚き身を引いた。
政宗はその最中にある。
「政宗様!」
焦りを含んだ小十郎の呼び掛けが耳に届いたが応えず、ただ目の前の一事にのみ、今は集中した。
の胸の剣は半ば程まで姿を見せている。
だが、そこまで至った所で、の息が切れた。
呼吸を荒らげ、握る力も緩まり、白光が弱々しくなるや、剣が再び身の内に沈もうとし始める。
「負けんじゃねぇっつっただろうが!!後少しなんだ、しっかりしやがれ!!」
稲妻の轟く中なおも負けない大音声は、果たして意識に届いているのか。
このまま剣が元通りになってしまっては、抵抗しているがこの様子である、二度目のチャンスがあるかなど分からない。
今を逃しては、意識を引き戻せないかも知れないと考えが至った時、政宗の腹の底から、突き上げるように強い感情が湧いた。
それはするりと政宗の喉を通り、音となる。
「このまま死んだら許さねぇぞ、!!」
見開かれたの目に、生気が灯った。
左手の白光が力強く輝き。
政宗の引く力に合わせ、剣は切っ先までその姿を現したのであった。
耳が聞こえなくなったのかと思った。
それが常であると錯覚する程部屋に満ちていた雷鳴がふつりと失せたからである。
軽くなった手応えの右手に目をやると、すらりとした直線を描く剣が、そこにあった。
鈍く黒光りする西洋剣。
奇襲の現場に一振り突き立ち、の胸を穿った魔の剣が、一滴の血脂も纏わず己の手にあった。
僅かの間、その剣の美しさに目を奪われるが、やがて政宗の視線は、己の腕の中へと落ちた。
雷鳴の名残で違和感を覚える耳に、二つの音が届く。
一つは政宗自身の呼吸。
もう一つは、その腕に納めたの、呼吸。
荒く弾んだ呼吸に合わせ上下する胸。
剣に貫かれていた事を思わせる痕跡は何もなく、乱れた袷から首筋にかけて、汗に濡れた白い肌が覗く。
「…」
先程までとは打って変わった静かな声音で呼び掛ける。
晒された喉がひくりと震える。
ぼんやりと宙を見ていた目が僅かに丸くなり、ゆっくりと首を傾け。
政宗に合わせ、焦点が結ばれる。
「…た…ただいま?」
しかと意思の宿る声が耳に届いた時、政宗は剣を投げ捨て、を両の腕で掻き抱いていた。
「えっ、ま、政宗?何事?えっ」
慌てるの動きを腕の中で感じる。
先程までとは違う、確かに此し方に意識のあるである。
が目覚めた。
生きている。
誤魔化しようのない安堵感が胸に満ち、一つ、吐息が零れた。
「…政宗…?」
何も答えず、ただ抱き締めてくるだけの政宗の背を、の手がおずおずと撫でる。
大丈夫かと、心配するかのようであった。
つい今し方まで、自分が心配される側であったというのに。
その変わり様がどうにもおかしくて、政宗は小さく笑った。
目の前に晒されたの首筋に、戯れにkissを一つ落とすと、
「うひっ!?」
妙な声を上げて体を引くので、政宗は腕の力を弛め、逃げるに任せた。
離れたは唇の触れた辺りを手で庇い、白黒させた目でこちらを凝視してくる。
心身共に無事であるようだ。
それがはっきりした所で、政宗は安堵の思いを、常を装った皮で覆った。
意地悪く笑って、無防備な額を強めに小突く。
「痛いっ!?」
「ようやくのお目覚めか。もうすっかり日も暮れちまったぞ」
夜闇に向けた指差した先には小十郎もいる。
額をさすりながら、促されてそちらを見たの目が小十郎のそれとかち合った。
「…」
「小十郎さん」
「…無事で何よりだ」
「…ありがとうございます!」
ご心配をおかけしました、と照れたように恥ずかしそうに微笑む。
「オイオイ、俺には何の言葉もなしか?」
「今のデコピンで言う気が失せた!」
寝起きで乱れている髪を、ぐしゃぐしゃと撫で回した。
という訳でヒロイン無事に目覚めました。
残り一話になります。もうしばらくお付き合い下さいませ。
戯
2012.3.4
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