朝露が陽光を受けてきらきらと輝く。


清浄さに満ちた静かな朝だった。
小鳥がさえずり、風が葉を揺らし、大気が全ての息吹を包み込む。


その中で、『生命の息吹』とは全くかけ離れた音が森の一角から発せられた。


キィと、軋む音と共に戸口が開かれ、そこからが顔を出した。
キョロキョロと辺りを窺って、最後に家の中を確認。
極力細く開けたドアの隙間から身を滑らせて外へ出、細心の注意を払って非常にゆっくりとドアを閉める。


音を立てずに完全にドアが閉まると、は詰めていた息を大きく吐き出した。





「テスタメントには悪いけど………行ってきますっ!」





まだの行動に気付いていないだろう相手に小さな声で挨拶。


それが済むとすぐに足を進め、森へと入っていった。










テスタメントに絶対安静をくらっていて、ここ数日まともに出歩けなかったのだ。


そして実はまだ絶対安静命令は解けていなかったりする。


今日こうして出てきているのは、テスタメントの許可が下りるより先にの欲求不満が限界まで来てしまったせいだ。


久々に肌で感じる外の空気に、体中の澱みが洗い流されるようだった。





「心配してくれるのは分かるけど……ま、少しぐらいはいいよね?」








悪い事をしているような気分になりつつも、その思いすら楽しんでは森を散策していた。








急に背にぴりっとした痛みが走り、は眉を寄せる。


歩くのに問題ない程度までに回復はしていたが、完治するまでにはほど遠い。


人間より治癒力は高いと言っても、ギアほどではないのだ。
不完全な体と治りかけの傷にうんざりする。


そこでふと、自分にこの傷を与えた者の事に意識が行った。


ソルと名乗った、あの男に。





「……どうして殺さなかったんだろう………?」





それはベッドで動けずにいる間もずっと考えていた事だった。


不完全とは言えども、も一応はギア。
彼もその事は十分理解していただろう。
を前にして『ギアは斬る』と宣言していたのだから。


だというのに結果として命はこうして残っているし、奪われた物といえば親の形見と前髪。
その事を考えながら額の辺りに手を伸ばす。


短くなった前髪は、そこできちんと整えられていた。





「どうして……」





言葉の続きは空気中に溶け消える。
の足が止まり、瞠目した。





『どうして。』





一生疑問のままで残り続けるだろうと思っていたその『どうして』の答えを持つ者が現れたからだ。


鉢金の下から獣を連想させる赤茶の眼差しが覗く。





「ソルさん・・・」





ソルが、そこに立っていた。




















「……………?」





 テスタメントは眠りの淵にいながらも気配の違和感に気付き、目を覚ました。


起きた直後で霞んだ頭を抱え、辺りの様子を探る。


あるべき筈の所に誰もいない………即ち、隣の部屋にいるべきの気が、家の中のどこを探してもない。


何故いないのかと逡巡して、すぐに答えに行き当たり、苦笑を零す。




「じっとしているのも限界だったか………」





口元に笑みを浮かべて身を起こし、気配を読み取る範囲を広げる。


果たして……いた。


そう遠くない所にの存在。
推測した通りの結果に満足し、笑みが知らず深く優しさを含んだものになる。





その笑みが凍り付くのに時間はかからなかった。








の傍に、別の存在があったからだ。




















 彼を怖いと思うのが当然の反応だろう。
命を狙われ、一時とはいえ生きる意志さえ奪われたのだから。


なのに彼を前にして意外な程心が落ち着いている事に、自身が驚いていた。





「また、私を殺しに来たんですか?」





物騒な言葉を口にしても、相手に笑いかける余裕さえある。


理由を考えてみても、しっくりくるものはない。
しいて挙げるなら、今のソルが帯びている雰囲気だろうか。



勿論、当人にその気はなくとも睨まれたと感じてしまう眼差しは健在だが。





「そんなんじゃねぇ」





言い捨てられた言葉は何とも歯切れが悪い。


じゃあ一体何をしに来たのかと、首を傾げて問いの代わりとした。


答えを待つの眼差しにさらされ、ソルはバツが悪そうにそっぽを向く。
そして封炎剣を持つのとは逆の手に何かを現し、





「ほらよ」





無造作に放る。


放物線を描いて自分の方に飛んでくるそれを、は慌てて受け取った。


そして驚く。


手の中に落ちてきたそれは、あの日奪われた銃だったのだ。





「っこれっ………!?」

「それさえ手元にありゃ、使えなくても文句ぁねぇんだろ?軽くいじっといたからな」





言われてから改めて手元を見る。
見た感じは何ら変わりはない。が………


は手に法力を集め、銃弾への転換を試みた。


いくら法力を込めても、銃には何の変化も見られなかった。


何故か、と視線で問われる前に、ソルが先に口を開く。


曰く、銃身部分に刻まれた法力転換の為の紋様を一部欠損させたらしい。
たったそれだけの事で、銃は法力を弾とする力を失った。


説明はごく簡単だったが、実際にそれを行うのがどれだけ難しいか知っていたから、は瞠目した。


元々の構造は普通の銃と同じで複雑なのだ。
それをいとも簡単に手を加えて見せるなんて。








一体、彼は。





は思う。


一体彼は、今までどのような道を歩んできたのだろう。
相手の身を案じるとも探るともつかぬ思いは、しかし声にならず心に秘められた。


代わりに、心からの礼を笑顔と共に述べた。





「でも、これじゃまた賞金稼ぎが来た時に身を守れない………」





の笑顔がちょっと困ったようになった。


今までは法力を変換してくれる道具があったから不自由はなかったが、実の所あまり法術というものが得意ではない。
制御が苦手で八割方失敗してしまうのだ。


そんな状態で、万が一敵に囲まれでもしたら。


表情を曇らせるをみて、ソルは面白そうに口元を歪めた。





「んなもん必要ねぇ。お前の賞金は既に換金された」

「へ?」





ソルは額の辺りに指を当てる。





「髪しか残らなかったんで減額はされたがな。なんて賞金首はもう存在しない。」





唖然とするの顔を見る前に踵を返す。


直視していられる自信が無かった為だが、笑える程に間抜け面であろう事は易々と想像できた。
自負とも言えるだろう、ほんの二回顔を合わせただけなのに彼女の行動パターンが読めてしまったから。





「お前が戦えなくても、代わりにお前を守って戦う奴がいんだろ?」





顔は見えていないだろう相手に向けて、口元に微かに笑みを浮かべる。








何やら大きな声でありがとうという声が聞こえた気がしたが、きっと気のせいだろう。


銃を使い物にならなくして、怪我を負わせて。
感謝されるような事は何一つしていないのだから。








ソルは振り返る事無く、の下を去った。




















 ソルの姿が見えなくなって間もなく、テスタメントが現れた。


自分がどこにいても、こうして駆けつけてくれる。
彼のそんな所がには嬉しくて。


この場に誰かいた事を知っているのか、テスタメントの目が隈無く辺りを見回している。


その途中でふと、の手にある物に気が付いた。

彼女にそれを返せる者は、それを奪ていった者ただ1人。


ここにいたのが誰なのか気付いたらしく、テスタメントの目が見開かれる。





「これからは静かに暮らせるってさ。」





何か言おうとするテスタメントを、は先に口を開く事で遮る。


何故、と無言で問うてくるのを、ただ優しく笑うだけで返す。
何も問題は無いのだと、安心させるように。


釈然としない表情もやがて和らぎ、同調するようにテスタメントの顔にも笑みが浮かぶ。





「話は家に戻ってから聞くとしよう。……まだ安静にしていろと言ってあった筈だが?」

「…………あ。」

「……怪我が完治するまで外出はダメだ」

「ご、ごめんテスタメント!………ごめんてば〜!!」





はその時すっかり、テスタメントに黙って出てきていたのを忘れていた。


確かに怖いオーラを放つ彼に問答無用で腕を引かれ、ずるずると足を引きずる音と情けない声が森に木霊する。








 この後数日の間、良い天気を窓から眺めるだけのお預けの日々が続いたとか。




















無事に終わりましたテスたん連載夢!
内容云々はまぁ………良いや。自分自身突っ込みたい箇所ばかりだから。敢えて触れない。

こうして世にも珍しいテスタメント連載夢を書き上げた訳ですが。
どうだろう……一テスたんファンとして満足できるような物が書けたんだろうか。
テスたん夢が乏しくて悔しい思いをしているテスたんファンの方々に満足して頂ければ幸い。

ではでは『紅と黒』、これにて終了です!
ここまでお付き合い下さりありがとうございました!



2006.3.18
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