噛み付くように、私は彼に詰問する。

そもそも彼の考えが分からないのもあった。
加えて、図らずも追い込まれた精神状態にあっては、誰かに当たらずにはいられなかったのだ。

無闇に攻撃的になる口調を、彼は黙って受け止める。

そして、私の息が切れ口を閉ざすのを待ち、彼は、

「               」

慈しむ様な眼差しで、どこか寂しげに笑い、そう答えた。










 そこには何も無かった。
何も無いようであった。

目の筋肉が収縮する感覚で、辛うじて目を開けた事が分かる。
全てを吸い込むような闇がどこまでも広がっていて、開けた筈の目には闇の黒以外何も映らない。

体さえもこの闇に溶け消えてしまうのではないか。
そんな不安に駆られ、僅かに身を捩らせると、右半身に固い感触があった。
石畳の床が何かだろうか。
硬質に反発する感覚に、自分がどこかに横たわっている事を知る。

平衡感覚が取り戻されると、今度は何かがぴったりと体に張り付く感触に気付く。

着ていた服がたっぷりと水気を含み、体に重たく張り付いている。
頭から足の先まで何故かずぶ濡れで横たわっていたらしかった。

全身を覆う不快感に、闇に溶けるように朧になっていた体の輪郭が、人の形に収束される。
ようやく一人の人として形を成した気分だった。

投げ出していた腕に力を込めて起き上がると、酷い倦怠感に襲われる。
頭を上げ、その場に座り込むだけで、体力を使い果たしてしまったように体が重い。
ふらふらと揺れる頭を押さえ、不快感を逃がそうと深く息を吐く。

かつん、と靴音が鳴った。

呼気にかぶるようにして生じたその音は、僅かに残響して闇へと溶けていく。
否、正確には、既にそこは闇ではなかった。
僅かな音さえも響く、この場所はどれ程広いのだろうかと見上げた目に、天井の高さが捉えられている。

天井がある。壁がある。
少なくとも屋内である事は間違いなさそうだった。
それ以上、ここが何処であるのかは分からないが。

再び鳴った靴音に、のろのろと首を傾ける。

一隅に、上階へと続く階段があった。
そこを、か細い燭台の灯を手にした人影がゆったりとした足取りで降りてくる。
燭台はその人物の横顔を照らすも、距離がある為か人相までは明らかにしてくれない。
ただ、薄明かりに浮かぶ体躯から、男であろう事は見当がついた。
橙色の灯明を受け、男の髪はなお鮮やかな黄金色に輝いている。

「これはこれは……雨にでも降られたようにびしょ濡れじゃあないか」

変わらぬ足取りのまま驚いたように発された声は、それでも柔らかく耳を打つ。
鼓膜を震わすそれの、なんと甘やかで優雅な響きを持つ事か。
男の発したただ一言が、意識の全てを攫っていき、搦め取られたようにその姿から目を離せなくなる。

やがて男が正面に立ち足を止めた。

「客を招いた覚えはないが……何か事情があるようだ。良ければわたしに聞かせてはくれないか。力になれることがあるかも知れない」

少し手を伸ばせば触れられる程の近さに立ち、初めて明らかとなった蠱惑的な双眸に惹きつけられる。
不躾なまでの視線をどう感じているものか、男は微笑を浮かべ、いざなうように燭台を持っていない方の手を差し伸べた。

声と、目と、或いは存在自体に。
搦め取られて動けなかった筈の体が、男の導くままに手を伸ばす。
目覚めてからこの方、声の出し方を忘れていた声帯が、男の求めに応じて震える。

「……助けて」

幽かな、言葉。
それは自分の聴覚を僅かに揺らし、忽ちの内に空間を支配する静寂に溶けて消えた。










『Stardust Storia -Ouverture-』










周りの友人が花京院にキャッキャしてたので興味本位でアニメを見ていたら
周囲の思惑とは裏腹にポルナレフ沼へと着水いたしました。何故だ。
いや回を追う毎に可愛く思えてくるんですあの電柱……!!

そんな感じで始めてみましたジョジョ3部連載。
いつもの事ながらしばらく名前変換がありませんが、ポルナレフに興味がおありの方はしばしの間お付き合い下さいませ。



2014.11.11
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