カルカッタの衆目に耐えてホテルに戻り、着替えを終えたは空条の部屋を訪ねた。
空条に借りた学ランを返すのと共に、今この場にいない者いずれかからの連絡を待つためだ。
「さっきは見苦しいところを見せてごめんなさい。これ、ありがとう」
ドアを開けて迎え入れてくれた空条へ、手にしていた学ランを差し出す。
洗濯出来ればよかったのだが、学ランは簡単に洗えるものではない。
汚れがないことを確認していても、そのまま返さなければならないのは気が引けた。
「ああ」
空条は短く返し、さほど気にした様子もなく学ランを受け取り部屋の奥へ戻る。
もその後へ続いて入ると、空条はタンクトップ姿のまま冷蔵庫を開けて中を物色していた。
受け取ったばかりの学ランがベッドの上に広げて放られているのを目に留めつつ、はまっすぐ窓の方へ向かう。
朝方までの雨の名残は既に消え、この国この季節らしく眩しいくらいの晴れ間を覗かせている。
それを見上げながら窓ガラスにそっと手をつき、ひとつ息をつく。
脳裏を巡るのは、行方の知れないポルナレフのこと。
未だ安否が分からないのは彼だけだ。
もう仇に辿り着いたのだろうか。
目的は達せられたのか。
あるいは、良くない事態に陥ってはいまいか。
一度はアヴドゥルの非常事態に忘れかけていたことも、時が経ち落ち着いて来れば思い出されてしまう。
内側から込み上げるような焦燥に堪えかね、
「空条さん、やっぱり私、もう一度ポルナレフさんを捜しに……」
そこまで言いかけたところで、部屋に備え付けの電話が鳴った。
振り返った時には既に空条が受話器を取るところで、は少し早足でそのそばへ寄る。
『ああ、JOJO。良かった、戻っていたんだな』
「花京院か」
こちらにも聞こえるように、空条が耳から少し離して持つ受話器からは、花京院の声がした。
彼もアヴドゥルを捜しに出て以来姿を見ていない。
「どうした」
『ポルナレフを見つけて合流しました。敵に襲われて多少怪我は負ったが、ぼくも彼も無事です』
敵、という単語に背すじが伸びたが、受話器から聞こえる声には気負いがなく張りがある。
言葉の通り無事なのだろう。
はほっと胸を撫でおろした。
電話の向こうから花京院は、街を捜し歩く内に敵のスタンド使いとポルナレフとが対峙する場に行き着いたのだという。
敵に押されるポルナレフを見かね加勢し、応戦する内に街はずれまで来てしまい、こちらに戻るには時間がかかるとのことだった。
『それから、そこにはアヴドゥルさんもいたんですが……助けることが出来ませんでした。
ひどい怪我を負わされていて、あの場では置いていくことしか出来ず……』
声のトーンを落とし言いにくそうにする花京院に、は空条と目を見合わせる。
アヴドゥルが倒れていたあの場所こそが、ポルナレフが敵と戦った場所だったのだ。
花京院はが行く前に辿り着き、アヴドゥルの姿を目にし、敵と対峙するポルナレフと共にあの場を離れたということか。
敵の攻勢もありきちんと確認できない状況にあってあの有り様を見れば、助からないと判断しても仕方のないことだろう。
「アヴドゥルさんは無事です。今は病院へ搬送されて、治療を受けてます」
高い位置で握られている受話器へ向かって背伸びをし急くように伝えると、息を呑む音がした。
やはり花京院は、アヴドゥルが生きているとは知らなかったらしい。
「ポルナレフさんにも伝えてあげてください、アヴドゥルさんは生きてるって」
花京院と同じ光景を目にしたのなら、彼もアヴドゥルは死んだものと判断しているかも知れない。
人の死に即す覚悟が出来ているとはいえ、喧嘩別れした仲間の死に触れるのは心の重荷となろう。
生きていると知らせて、彼の心を少しでも早く軽くしてやりたいと思った。
電話口の花京院は少しの沈黙のあと、
『……いや、ポルナレフに伝えるのは少し待った方がいい』
やんわりと、断ってきたのへ、は唖然として受話器を凝視した。
応答がないことで何かを感じ取ったか、意地悪とかじゃあないんだ、と花京院が前置き、
『今回ポルナレフを襲った敵は2人組で、内1人は恐らくまだ街のどこかに潜んでいる。
アヴドゥルさんが生きていると知ったら、そいつはアヴドゥルさんが怪我で万全ではない内に始末しようと動くでしょう。
敵にはアヴドゥルさんが死んだと思わせたままにしておくのが最も安全で都合がいい。
そのためには我々がアヴドゥルさんの無事を隠し通さなくてはいけない。
だけど、ポルナレフは……少し口の軽いところがあるから、うっかり口にして、敵に知られてしまうとも限らない。』
「……だそうだが」
だから内緒にするんです、という花京院の声に、空条の緑の目が真っ直ぐにこちらを見下ろす。
その眼差しからするに、花京院の意見に異論はないのだろう。
確かに彼は旅の一行の中ではよく話す方で、話が乗ってくると言動が行き過ぎてしまうこともあるようだが、
記憶のないを気にかけて楽しい話題と話し方を選んでくれていた。
話の分別をつけられるなら、アヴドゥルが生きていることを伝えても問題ないのでは、と思うのだが。
「生きている」と知った「心の軽さ」が、口を軽くしてしまうとも限らない、とも思う。
自分よりもポルナレフと過ごす時間が少しだけ長い花京院と空条は、そこを懸念しているのかも知れない。
だとしたら、この件についてこれ以上意見を差し挟む余地はない。
例えその決定に釈然としない部分があったとしても、だ。
「こっちはそれでいい。じじいにも後で伝えておく」
沈黙を肯定と受け取った空条が、花京院に同意を伝える。
唇を尖らせて不満を表すを横に話はとんとんと進み、戻ってくるという花京院達と街で落ち合うこととなった。