「………」
「………」
「………あはははは、どーも初めましてー」



 乾いた笑いでもって、わざとらしいくらいに爽やかな笑顔を貼り付けて、半ばやけくそ気味に初めましてのご挨拶。
地面に這い蹲りながらの行動に、見上げた視界に入った人物達は。


今まで見た事もないようなすっとぼけた顔をして、闖入者を凝視していた。















          顔を上げた先















 朝、軽やかな鳥の囀りを目覚ましにゆっくりと瞼を持ち上げる。
ベッドから身を起こし窓によってカーテンを開けると眩しくも気持ちの良い太陽と対面。
ああ、良い朝だわ、などと思いながら口の端に微笑を浮かべ、思いっきり伸びをする。
さぁ今日も一日頑張ろう!と自分を励まして、足取りも軽く部屋を出て。


……というのが、少女漫画にでも出てきそうな、年頃の女の子に求められる朝の一コマ。





「………眩しっっ!!」


どこぞのお笑いコンビも顔負けのキレのある言い回し。
はそんな第一声から目を覚ました。

カーテン越しの日差しに目を刺されるような痛みを感じて、恨めしげに窓の方を見やる。
くっ……休みの前日は夜型人間の私にはきついぜ畜生……。
口悪く呟きながら、のろのろと上半身を起こして伸びを一つ。

ベッドの上で胡座を掻き時計代わりの携帯を見やれば、時刻はジャスト11時。
平日ではこうはいかない寝坊のし具合に、妙な達成感を得てにやりと笑う。

残り13時間という『今日』、起きてからの予定は何もない。


さぁ久々にだらけきった休日を満喫するぜ!と意気込んで、揚々と部屋を出る。




………これが流、何もない日の朝の一コマであった。















 鼻歌交じりに首から上の朝の身支度を整え、台所で適当に朝兼昼食を見繕う。
それらが終われば着替えの為に一旦部屋へ。
着替えも済ませてリビングにやってきたは、いそいそとPS2の準備を始めた。

今日は家族全員何らかの用事があり家を出払っていて、夕方まで家には一人。

今こそ誰にも邪魔されずゲーム三昧で過ごせる絶好の機会!
自然と綻んでくる顔も、誰もいないからという理由でそのまま放置し、手際よくセッティングする。


テレビの前を堂々と占拠すると、今度はソフト選び。


「無双ー無双ーむそーをやろー♪」


機嫌良く即興の歌を口ずさみながら数あるソフトの中から手に取ったのは『真・三国無双4』。
友人から話を聞いていて、何となく手を出してみたら大ハマリしてしまったゲームだ。
自然とテンションゲージも上がり、軽やかな指の動きで電源を入れ、ソフトとメモリーカードをセット。


「さてと、携帯とポッキー♪」


データロードが完了する前に、長期戦の準備の為に立ち上がる。

『プレイ中でも友達からの手紙には迅速な対応を』、携帯。
『腹が減っては戦は出来ぬ、まさにその通り。小腹が空いた時の友』、ポッキー。

にとってこの二つは、ゲームをする時の必需品だ。
使わない食べないにしろ、傍にないと妙に落ち着かない。


それらを取りに行く為背を向けたテレビから、『PlayStation2』のロゴが表示される時の音がした。















「あ、メール来てる」


 ベッドの上に放り出していた携帯をチェックするとメールが届いていた。
着替えを終えてから設置準備に部屋を空けていた、僅かな間に送られてきたらしい。
枕元に腰を下ろしてメールを開くと母親からのもので、「晩ご飯の用意頼んだ」という内容のもの。
えー?と唇を尖らせ、バッグから昨日買ってきたポッキーを漁り携帯の画面を見ながら部屋を出る。

折角今日は一人の時間を目一杯ゲームに充てようと思ってたのに。
ぶつくさと文句は幾らでも出てくるものの、仕方なく了解の意を限りなくふざけた文面で打ち込んだ。




時。




つんっ




「どわっ!?」


他の事に気を取られていたせいか。
慣れた家の中、普段なら引っかかりもしない敷居の僅かな段差に蹴躓いてしまう。
予想外の事に反応の遅れた体は、足を支点に床まで弧を描いて倒れていく。
拍子に携帯が宙を飛んだが、何故かポッキーだけは手放さなかった。

放物線を描いて携帯が飛んでいく先はテレビの方。


目で追う余裕はあったはその時、画面が真っ暗で何も映し出されていないテレビを、見た。















「此度の戦……勝てそうか?諸葛亮」


 布陣図を広げた机の向こう側から投げかけられる問いと眼差し。
ひたむきなそれを受けて、彼は羽扇を口元に持っていく。


「我らが連合軍に対し、相手は数倍の兵力を持ちます。我らが軍の不利、と言えましょう」
「…その不利な状況、そなたらの策で覆せぬか」
「勿論、我らの方で策は用意しております」


しかし、と心の中で続ける。

この策には一つ、不確定な要素があるのだと。


成功すれば此度の戦で勝利を一気に引き寄せる事が出来る。
が、この策が成らず、かつ裏目に出てしまえば、こちらに甚大な被害が生じるおそれがあるのだ。
どうにかしたいと思うも、こればかりはその時にならないとどうしようもない。


彼は静かに、考える。




その時。




びた          んっ!!


「へぶぅっっ!!」





突如物凄い音と共に、何とも言えぬ奇っ怪な声が背後から聞こえた。
目を丸くし、何事かと身を反転させて音の正体を探り、視線を下へ向けた時。




「………」
「………」
「………」




不様に床に這い蹲り、これでもかと見開いた目で凝視してくる謎の娘と、目が合うのだった。















 通常の立ち位置からフローリングの床に激突するまで、コンマ何秒かの間。
そんな短い間に頭を巡る事と言えば、意識とは無関係な本能的なもの。
その本能的な物が真っ先に弾き出した行動命令。

『ポッキーを死守しろ』。

箱を持つ手が下敷きにならないよう体から引き離す。

果たして。


びた          んっ!!


「へぶぅっっ!!」



ポッキーは圧壊の事態を見事に免れ、英雄は衝撃を和らげる間もなく床との対面を果たした。

全ては本能から導き出された選択肢である。
何で自分の体より……という至極真っ当な疑問は、本人でさえ答えられない。


「……ふっ…まぁあれさ、ベキベキに折れたこいつらを食べてる時ほど空しいモンは無いって事で……」


誰が聞いている訳でもないのに口から零れ出るのは言い訳。
自己弁護する虚しさを感じながら、腕を支えにして上半身を反らし起こす。
顔からいかなかったのは幸いだった。
もし鼻でも打っていようものなら、痛みに悶えながらテレビから聞こえてくるオープニングムービーの音を聞いてなければならない。

そのタイムロスが無かっただけ、今日の不注意も無かったことにしてあげようじゃないか、私。
虚勢を張って、前方へと動かした視線。


映り込む、見慣れぬ床と見慣れぬ足先。


今は家には自分以外誰もいないのに。
はたと一人ボケを止め、見慣れぬ物二つの取り合わせに目を丸くし、自然と見えている足から上へ視線を持ち上げていく。


「………」
「………」
「………」


足下の持ち主の全体像が明らかになるにつれ、何故か己の中に湧き上がる既視感。
白地を基調に緑色もあしらわれた服、その上に据えられた、顔。


      諸葛亮?


まさに今から自分がやろうとしていたゲームのキャラクターが、目の前に物凄い存在感を放って立ち尽くしていらっしゃる。
テレビ画面などという二元的な平たいものではなく。
たてヨコ高さのちゃんとした三次元的な存在として。
日々進歩するCG技術を用いてもここまで至るのは難しいだろうというリアリティを伴って。


かの『真・三国無双』の諸葛亮孔明様が、佇みながらこちらを見下ろしていらっしゃった。
その背後、テーブルの様な物の向こう側には、同じくこちらを見ている劉備玄徳様のお姿も窺える。


これは夢かと疑ってみた。
が、先程倒れた時に打ち付けた胸と腹と膝が痛いので夢ではない筈。
ちなみに今もしっかりとポッキーを握っている。


      じゃあ 何で?


夢でなければ、何故テレビ画面以上の大きさで諸葛亮が見えているのだろう。
何故強烈な存在感を放って自分の目の前に立っているのだろう。

グラフィックに無い鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてこちらを見ているのだろう。





今が尋常ならざる事態だと分かってからのの順応力は凄まじかった。





「あはははは、どーも初めましてー」


 乾いた笑いでもって、わざとらしいくらいに爽やかな笑顔を貼り付けて、半ばやけくそ気味に初めましてのご挨拶。
地面に這い蹲りながらの行動に、見上げた視界に入った人物達は。


今まで見た事もないようなすっとぼけた顔をして、闖入者を凝視していた。





あ、何か今すっごいレアな物見てるこれ。


床に倒れた体勢のまま、はそんな事を思った。




















ついに書き始めてしまいました三国無双連載夢!!しかもトリップ!!
おかしいなぁ、頭の中の構想では無双キャラ視点でもっと何考えてるか分からないヒロインだったのに。
書き始めてみたら何このオープンゲーム大好きっ娘
しかも続くにつれアホになってってる………おかしい。何かがおかしい。

ポッキーとかプレステとか伏せ字にした方が良いのかと思いましたが。
商標権の事とか調べてみたらそんな事しなくても良さそうだったのと文章のリズム崩したくなかったので、伏せ字は無しにしました。
戯のゲームのお供はこの身一つで十分です(ちょっと格好いい言い回し)

水魚らの鳩が豆鉄砲顔が書きたかったんです。楽しかった。



2006.12.9
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