菓子
「食堂一番乗りだ!おばちゃん私B定食で!」
お昼の鐘が鳴ると同時に教室を飛び出し、駆け込んだ食堂。
今日はこの後に校外実習ある為、食べたらすぐに出発しなければならない。
急いた気のまま飛び付いたカウンター越し。
珍しい姿を見かけ、七松小平太は「おや」と目を丸くした。
「食堂のお手伝いなんて、珍しいじゃないか」
近頃は専ら掃除と事務作業に従事する姿ばかりみていたので、
振り向いたの珍しい割烹着姿に、しげしげと視線を送る。
「ちょっとやりたい事があってねー。食堂のおばちゃんと学園長に許可もらってお邪魔しております」
「やりたい事?」
「丁度いいや。一番乗りの小平太くん、君に栄誉ある仕事を与えましょう」
何だか勿体ぶった言い様である。
怪訝に思って首を傾げると、程なくが近寄ってきた。
カウンター越しに差し出されたのは、何の変哲もないB定食。
これのどこが栄誉ある仕事なのか。
疑問を口にしかけた所で、B定食のお品書きには載っていないメニューが追加されているのに気付いた。
湯呑みに入った、つるんとした見かけの何か。
「茶碗蒸し?」
「毒味よろしく」
「毒なのか!!」
気の抜けた笑みで何てものを渡してくるのか!
とっさに身構えると、は慌てて顔の前で両手を振った。
「作ったの久し振りだからさ、ちゃんと出来てるかどうか、味見してもらいたいんだ」
毒味と言ったのは言葉の文で、真っ当な食べ物だから安心して?
付け足して毒は入っていない事をアピールしてくるを観察する。
…というか、嘘を吐いていたらの場合すぐばれる。
表情があからさまにぎこちなくなるのだ。
今はへらりとした笑顔に変化はない。
お手製の茶碗蒸しのようなものを小平太が口にする瞬間を、今か今かと待ち侘びている。
…そんな顔で見ていられると、非常に居心地が悪いのだが。
視線から逃げるように、定食へと目を落とす。
お膳の隅にちょこんと鎮座する湯呑み。
滑らかな表面は何とも言えぬ食欲をそそられる。
匙が添えられているから、これで食べろという事なのだろう。
まずはを満足させてやる為、席に着く前に匙を取る。
一掬いして、口の中へ。
随分と具の少ない茶碗蒸しだなと、思った瞬間。
「甘い!!」
小平太は目を丸くしていた。
「!この茶碗蒸し甘いぞ!何だこれ!?」
「『プリン』ていうおやつなんだけど…ちゃんと固まってるね、良かった…味はどう?」
「美味いぞ!すごく!!」
喋っている間に湯呑み一杯を干してしまっていた。
出汁とは違う、口に広がる卵の香りとまろやかの甘さが、小平太に得も言われぬ衝撃を与えていた。
その食べっぷりに満足したのか、は輝くばかりの笑顔を浮かべている。
「もう一個食べたいな、『ぷりん』とやら」
「ごめんね、これ経費かかってしょうがないから数そんな作ってないんだ」
学園長と食堂のおばちゃんと、カスミと私。
後はこれから来る忍たまに先着順でプレゼント!
そう言って小平太のおねだりをひらりとかわし、台所の奥へと言ってしまう。
呆然としてその姿を見送った小平太の耳に、昼食を食べに来た忍たま集団の足音が聞こえてくる。
何て事だ、勢いに任せて完食してしまった「ぷりん」なるおやつ。
この足音の主、幾人の膳の上に乗るのだろうか。
数がないものなら、もっと大事に食べたのに。
後続部隊に理不尽な恨みを向けつつ、午後の事を考えるといつまでもごねてはいられない。
臍を噛む思い出、小平太は膳を手に席へと向かった。
「のケチ!!」
そんな捨て台詞を吐きながら。