今でも当時のことは覚えている。
最大の目的を果たし、瞬きほどの短さにも思える長旅を終え、各々が帰るべき場所を目指し歩みを分かつ時。
ここで別れればきっとそう簡単には会えなくなるだろう。
それでも互いに回した腕の力強さに、「いつかの再会」を疑う余地などなかった。
ふつふつと湧く涙は笑みで覆う。
苦楽を共にした仲間としっかりと頷きあい、離れ。
そして、別れを惜しむ様を静かに見守っていた「もう一人の仲間」を振り返る。
「本当に来ないのか?」
既に得ていた答えではあった。
けれど、それは望まぬ答えでもあった。
今再び問うことで考えを改めてはくれないかと、仄かにそういう期待を込めて、念を押すように確認する。
果たして、彼女は首を振る。
差し伸べた手は取らない、そう無言の内に拒絶の意思を示された。
何故。
問い詰めたい衝動が口をつきかけ、ぐっと唇を噛んでそれを留める。
一度は自分を納得させたではないか。
到底腹に収められるものではなかったが、彼女には彼女の考えがあるのだと、生き方があるのだと、波立つ心を宥めて。
「そう、か……残念だ」
彼女を困らせるのは本意とするところではない。
ならば、一度は腹の底に収めきった感情、同じことをもう一度おこなえばいいだけのことだ。
視界を閉ざし、心を落ち着ける。
別れが避けられないものならば、せめて今この時、彼女の記憶に残る最後の姿が見苦しくないように。
笑顔で、別れられるように。
「ま、今生の別れじゃなし。おれに会いたくなったらいつでもフランスに来な、歓迎するぜ!
……そんで、そっちの生活も落ち着いたら手紙でもくれよ。どこにいようが、必ず……」
会いに行くから、と続けた言葉がふと途切れる。
瞼を上げた視界に広がる黒髪。
肩に伸ばされた手に促されるまま身を屈ませた所へ、柔らかな感触が唇の動きを遮った。
仄かに甘やかな匂いが鼻をくすぐる。
間近に見える、伏せられた睫毛。
「きっと会えるわ。だから、待ってて」
触れていたものが離れると同時、唇をくすぐる吐息が言葉を吹き込む。
睫毛の下から現れた黒の瞳は、薄く涙に濡れていた。
拒んだのはそちらなのに、何故そんな表情を見せるのか。
物分かりのよい男として終わろうとした努力が無駄になりかねない思わせぶりな行動に、決心がたやすく揺らぐ。
いつか、また。
彼女と共に歩める日が来ると、期待していいのだろうか。
それが『今』ではないだけで、近い将来必ず、二人の道は交わると。
感情が揺らぎ、滲みかける視界の中で彼女が笑う。
ひたと強い眼差しでもってこちらを見つめ、目尻からつと一筋の涙を流し。
「未来で会いましょう。……イタリアで」
確信と、覚悟に満ちた声音で、告げたのだ。
過ぎし日の夢