「私のいた所じゃ、ここの如月の14日に、女の子が好きな男の子にお菓子をあげるって日があってね」


 場所は奥州米沢城。
城主である奥州筆頭、伊達政宗と向かい合って、無邪気に語る居候。


「お菓子をもらった男の子は、三月…えっと、弥生の14日に、そのお返しを贈るって習慣があるんだよ」


語らう二人の頭上、天井裏。
板の隙間から下の様子を観察しながら、佐助は意識の傍らで、その話を聞いていた。










落花流水










 武田の館、屋根の上。
佐助はそこに腰を下ろして、久々に寒さの緩んだ日の空を眺めていた。

幸村は、火男仮面こと信玄と、武田道場で鍛錬中の筈である。
佐助が務めている天狐仮面は、今日の所は自主休業だ。


「あー良い天気……」


空を見上げながらぼんやりと呟くが、しかし空を見ている訳ではない。

仰向いた姿勢でしばらくじっとしていて、やがて視線を下へ落とす。

屋根の縁から少し身を乗り出し、庭先をあちらからこちらまで見渡して。
誰も通りかからないのを確認すると、一つ息を吐いて、また元のように座り直す。

そして、手の中にあるものを玩びながら、また茫洋と空を見上げるのだ。


「早く来てくんないかね……」


佐助は屋根の上で人を待っていた。
任務ではなく、私的に。
手の中の小さな包み、それを渡す為に。




奥州は米沢城へ敵情視察に赴いた時、偶然耳に入れた他国の習慣。
米沢城の居候が話していたそれは、領国の外にも見聞がある佐助でも聞いた事がないものだった。

故に、少しばかり興味を覚えた。




そして、今日。
米沢城の居候が言う所の、「贈り物をされた男がお返しをする日」の当日であり。
佐助の手の中にある物が、その習慣を聞いた佐助が取った行動の結果である。

幸村と同じく信玄に仕える、小柄な剣士、に贈ろうと、品物を準備していた。

だが、今日という日にお返しをする為の前提である「女が男に菓子を贈る」行為を、佐助はされていない。
がその習慣を知らないのだから仕方のない事だが、それにしても貰っていない物に対して「お返し」をするというのも妙な話だ。


「俺様待ちくたびれたかもー……」


佐助自身、その事はよく分かっていて、事実「これ」をどう言ってに渡そうかと頭を悩ませていた。
待ちくたびれたと言いながら、忍の索敵能力を発揮する訳でもなく。
ただ一所でを待ち続けているのが良い証拠だ。

このままが下を通りかかることなく、今日が終わりはしないだろうか。

焦り半分、期待半分。
それでも外見はのんびりと空を仰ぐ体でを待ちながら、再び手の中の物を弄り始める。

と、


「お」


何度目か巡らした視界の中にある物を捉え、だらけていた体を起こす。

向こうの角を曲がって佐助がいる方へと歩いてくる、の姿があった。

弾みをつけて立ち上がり、屋根を下りようとして、佐助は逡巡した。
どう説明して渡そうか、まだ良い案が浮かんでいなかったからなのだが。


「……まっ、何とかなるでしょ」


何せ一応は想いを通じ合わせた者同士。
物を贈りたいから贈るという時があっても、決しておかしい事ではない。

を前にしても上手い説明が思いつかなかった時は、それで通そうと心に決める。

佐助の爪先が、軽く屋根瓦を蹴った。















 きょろきょろと忙しなく視線を動かしているの前に、音もなく降り立って、まずは小首を傾げながらご挨拶。


「どーも。ご機嫌いかがかな?」
「!!さっ…す、け……ぇ」


突然降って湧いた存在に、は言葉を詰まらせて驚いたが。
語尾は諦めといおうか呆れというべきか、そんな雰囲気を醸す溜息へと変わっていた。
そうして気を取り直すや、佐助の胸元を軽く叩きながら、


「毎度毎度、急に人の前に降ってくるんじゃない。びっくりするだろ」
「へへ、悪いねぇ。わざとさ」
「……あれか、それは私に対する嫌がらせか何かか?」
「毎度毎度、の驚きっぷりがあまりに良いから面白くて、ね。いやー、忍やってて良かった!」
「……性格悪い」


全く悪びれていない佐助を反省させるのは無理だと早々に悟ったか、溜息一つで自分から引く。
この引き際は、今まで何度となく同じやり取りが繰り返されてきた中で、が学び取ったものだ。

これ以上躍起になるのは労力の無駄。
その所をよく弁えているの横顔を、佐助は笑いながら見ている。

手の中には例の物。

渡すきっかけをどう掴もうかと、佐助の頭が目まぐるしく働いている。


「…まぁ、今日は良いや。佐助の方から出て来てくれて、探す手間が省けたし」
「何、俺様探してくれてたの?」
「ん。はい」


の相手をしながらも、思考はどこかを彷徨っていた。
その眼前に、の手が何かを差し出してくるので、佐助は意識を呼び戻し、その手元を見る。

掌に収まる程度の小振りな包みが、そこに乗っていた。

包みからに目を戻す。
何も言わずに差し出されても、これが何であるのか判断に困る。

見上げてくる視線が、ふいと逃げた。


「よその国では、如月の14日に、女が男に物を贈る習慣があって」


答えてきたのは、聞き覚えのある語り口。


「弥生の14日に、男がそのお返しをするんだそうだ」


しかし、の口から聞かされるとは思ってもみなかった内容。

全く予想もしていない事で、佐助は思わず唖然とした。


「……、それどっから聞いたの?」
「米沢の独眼竜から文が届いて…」


何故米沢から文が届く。
いつの間に、文のやり取りをする程、伊達政宗と仲良くなったのか。

米沢の居候が語った、男女が物を贈り合う習慣。
それをどうしてが知っていたのかという疑問は解消したものの、更なる謎が増えたような心地がする。

思わず妙な顔になる佐助だが、


「本当なら、私からは先月渡すべきだったんだけど…知らなかったし、まぁ、良いよな」


時期がずれてしまった事の照れからか、包みを差し出しながら、はにかんだ顔を見せられては、妙な表情も引っ込んでしまう。

妙な表情が失せた後に浮かんできたのは、苦笑。
しかし、気分は悪くない。


      しょーがない


政宗の件については、また後で訊く事にしよう。

今は笑顔で、差し出された包みを受け取る時。


「ん、全く構いません。謹んで受け取らせて頂きます」
「はい。ありがたく受け取って下さい。」
「…ね、。実は俺も、物を贈り合うって話、知ってるんだよね」
「本当か?佐助も独眼竜に聞いたのか」
「そんなまさか」


仕事以外であの男との関わりは持ちたくない。



「もっと大元から聞いた話だよ。……そんな訳で、俺様からもへ贈り物がありまーす」


独眼竜への嫌悪感を振り払って手を差し出すと、が「え、」と短く声を発したままきょとんとしてしまった。
予想外だと言いたげなの顔を見ながら、佐助は内心胸を撫で下ろす。

渡すきっかけを掴みあぐねて困っていたが、幸運な事に、そのきっかけをの方から作ってくれた。

苦労が省けてほっとする。

嫌いではあるが、きっかけ作りに加担した事になる政宗へ、ほんの少しだけ感謝した。


の手が遠慮がちにのばされる。
一方的に渡すだけだと思っていた所に、お返しがあったから、動揺してしまったのだろう。

佐助のものよりも一回りは小さい手でも握り込めてしまう、小さな包みが受け渡される。


「あ、ありがとう…」
「どうしたしまして。…開けて?」


僅かに顔を赤くするへ、開封を促す。
開封といっても、懐紙で軽く包んだ程度なので、開けるのに時間はかからない。
しかし、くれた本人の前で開けるのに遠慮があるのか、佐助の促しに頷きつつも、の手はぎこちない。

それでもやがて、懐紙が掌の上で広がる。

中身を見るの目が、困惑した。


「………紅?」
「そ。その色に似合うと思うんだよねぇ。紅差すだけでも大分華やかになるよ」
「…佐助の贈り物って、いつも扱いに困る物ばかりだよな」


言われて思い起こしてみれば過去数度、飾り気のないに小間物や着物を贈る時。
嫌だと言われた記憶は無いが、どうすれば良いか分からない素振りは確かに見せていた。

慣れていないのは「女物」の扱い方。
髪は一つに括り、化粧もせず、刀を手に戦場を駆け続けていただから、それも仕方のない事だろう。

困るのは、慣れていないからであって、嫌だからという訳ではない。
今回の贈り物…紅をじっと見ながら、淡く頬を染めているのが、その証拠だ。

その、困っている様が、不覚にも可愛らしくて。
佐助はつい、笑みをこぼす。


「それが女の子の普通なの。それに、困った時は俺様頼み!」
「佐助頼み?」


反芻してくるの手から紅を取り上げ、蓋を開ける。
きょとんとして動作を見守るの目を受けながら、


      余計困った顔をするんだろうな


困った時は、などと言っておきながら、この後の自分の行動がなおを困らせるだろうと、容易に想像がつく。

けれど、止めない。
先程言われた通り、性格悪くも、困った顔を見たいからだ。

容れ物の中の紅を小指で掬い取る。
ここまでの動作でその先の行動を予測できたのか、後退ろうとするの腕を捕まえて。
引き寄せ、抱き込み、逃げ場を封ずる。


「慣れてないなら、俺様がいつでも教えてあげるからね。」
「いや、良い、大丈夫だ。紅の差し方位は分かるから、その手を引いてくれ…!」
「まーまー、そう遠慮せずに。折角だし」
「………!!」


逃げようとするの唇へ、紅を乗せた佐助の小指が触れる。
途端に身を強張らせたのに乗じて、そのまま一気に、唇の上へ小指を滑らせた。




柔らかな、触れ心地。




居たたまれなくなったのか、更に赤くなったが強く目を瞑る。

至近距離でのその表情に、佐助の笑みが一瞬、失われる。


「……少し、派手すぎないか、この色……」
「……いや?そんな事ないさ」
「でもやっぱり、似合わない……」


紅を差し終え、唇に乗せたままの小指に、吐息がかかる。
佐助の小指に乗っていた色を、触れてくる前に見て、言ったらしかった。

近くにある佐助の顔が直視できずに泳いでいる目。
強張ってはいるが、強く逃げようとはしない体。
佐助を拒んではいないのに文句を付けてくるのは、この状況が気恥ずかしいからだ。




紅を差しただけで一気に艶めいたに、少しだけ欲が沸く。




「…んー、俺の見る目を疑われてるようでちょっと心外だけど。そんなに気になるなら…」


言い差して、顔を寄せる。
不意に近付いてきた佐助に瞠目するの唇に、自分のそれを重ねて。


吸った。

何度も何度も、角度を変えて。
苦しげな素振りを見せたら少しだけ離れ、息を継がせてから、再び重ねる。
逃げる頭を逃がさぬように手を添えて。


少しの間、沈黙が降りる。

佐助の胸を押しのけようとしていた手が、力を失って縋り付くようになった頃。


「……ほら、こうすれば多少色は薄くなる」


ようやくを解放して、苦しそうに息をするその口を、指でそっとなぞる。

佐助の口で擦れた為、折角差した紅は随分と薄くなっていた。
これならばの不満にも応えられている筈だ。

紅が薄くなった代わりに、頬の朱はなおも強くなってしまっているが。

涙目になって、がこちらをぼんやりと見上げてくる。
その無防備さに、またあらぬ思いが湧いてきたが、流石にこれ以上は忍びないと考え直す。

先程は逃げないように押さえていた手で、今度は自分の胸元へと引き寄せる。
これ以上の手出しが出来ない状態では毒にしかならないその顔を、自分の視界から隠す為だ。


「ただし、この解決案をにしていいのは俺だけなので、今後は紅を差したらすぐ俺の所へ来るように。」
「…そう簡単に……使える訳ないだろ……」


こういう事になると分かってしまったんだから。

胸に顔を押しつけて、掠れた声で言うの耳は、赤い。
布越しで胸に感じる熱に、佐助は満足の笑みを浮かべる。


「期待してるからねー」
「知らん……」


何処のものとも知れない習慣を、気が乗ったから真似てみて、まさかの収穫。

やってみるもんだね、と。

心密かに思いながら、佐助は、を抱く腕の力を強めた。




















当家も開設二年を迎える事に相成りましたありがとうございます!!
そしてホワイトデーおめでとう(?
バレンタインから約半月、投票を受け付けて、一位に輝いた佐助のホワイトデーネタ夢でございます!
全体的な投票結果は、
一位 戦国BASARA・猿飛佐助 8票
二位 同・片倉小十郎 5票
三位 同・伊達政宗 3票
同率四位 三国無双・オールキャラ、GUILTY GEAR・テスタメント 各1票
でした!ほんのりばらけていて良い感じです(何が)

普段がいちゃこかない佐助夢なので、企画とかではここぞとばかりらぶらぶしてもらいました!!(笑
といってもヒロインがあまり積極的ではないので、佐助にごり押ししてもらいますけど。
互いにプレゼントした筈なのに、美味しい思いをするのは主に佐助という罠。
紅差したら食われます。

俺様頼みっていうのは任務の時に変装とかして化粧とかに慣れてるからという意味で。

書いてて大変楽しゅうございました!
佐助に投票して下さった方々ありがとうございます!
他に投票して下さった方もありがとうございます&書けなくてごめんなさい!
これからも当家「黒塚」をよろしくお願いします!!

落花流水…男女が互いに慕い合うことのたとえ。


2008.3.14
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おまけ。


「Hey girl! 日頃の感謝を込めて、俺に渡す物はないのかい?」
「無いよ。」


伊達政宗 は 華麗にスルー された!
伊達政宗 に 10 のダメージ!





伊達夢ヒロインがバレンタインの事話したのは、あくまで話のタネだったというオチ。
そんなやり取りを聞いて、こじゅが陰で涙を飲んでたら良いと思うよ。おいたわしい……!!
友情出演感謝(笑