龍如得雲 ―宝器 巻き込まれ事件―
朧に霞む視界の中、政宗は目覚めた。
褥に横たえられた姿勢のまま、目だけを僅かに動かして辺りを見回す。
どこだ、ここは。
開いた眼が映し出す景色が不鮮明で、自分が今どこにいるのか判断がつかない。
目が利かない不快さもあって、何度か瞬きを繰り返している内、
「っ…つぅ…」
無意識に動かした腕に走った、引き攣れるような痛みに眉を顰める。
何事かと眼前に翳してみた腕には、肌の全てを覆うだけの包帯が巻かれていた。
「気が付かれましたか、政宗様」
ふと聞き慣れた声が耳に届き、政宗は視線を移す。
「小十郎……」
政宗の枕辺に座り、安堵した表情でこちらを窺う小十郎の姿がそこにあった。
いつも険しさを湛える顔が、今ばかりは笑みともつかぬ表情を浮かべてくしゃりと歪んでおり、妙に面白い。
愉快な顔してんじゃねえか、小十郎。
そんな揶揄の言葉が脳裏を過ぎったが、口に出す前に腹の底に収めた。
小十郎の安堵の面には、疲労が色濃く表れている。
現状は把握しきれずとも、目覚めるまでの間に、多大な心配をかけてしまっていた事はすぐに察せられた。
故に、揶揄よりも適した言葉を贈る。
「…よお、生きてて何よりだ」
政宗自身と小十郎、互いの為に選んだ、万感の思いの込められた一言。
改めて確かな笑みを浮かべた小十郎が、力強く頷いた。
それに同じく笑って返し、政宗は体を起こす。
力を込めるとその都度痛みが走るので、必然的に動作は遅い。
途中、小十郎の介添えも入りながら、政宗は何とか褥の上に座り息を吐いた。
ちらりと小十郎を一瞥する。
政宗の眼差しを受けて意図を察し、小十郎が表情と居住まいを改めた。
互いの生還を喜ぶのもここまでだ。
無言の内に込めた意志を、視線一つで汲んだこの男。
失われずに済んだのは僥倖だったと、その思いすらも胸の内に封じ、政宗は口を開く。
無事を確かめたなら、次は現状把握だ。
「炭になったと聞かされたんだが?」
「確かに死にかけはしました。…が、すんでの所で引き戻されました」
「か」
確信を持った問いかけに頷いて返す小十郎を見て、の姿が思い浮かぶ。
真田との一騎討ちの場を調え、臨んで以来、一時的に頭から弾かれていたその存在。
一見でも親しくなってからも、その有り様は普通の娘と変わらないのに、ともすれば伊達軍の命運すら握る力を持つ娘。
どうやら与えられた役割を見事にこなしたようだと、政宗は手の平を見つめつつ思った。
一騎討ちの場に突如として現れた男、松永久秀。
奴が曰った言葉に度を失い、真田共々斬りかかったが、初めに真田が斃れた。
次いで政宗自身も顎を掴み上げられ、記憶の最後に残るのは、奴の底知れない薄ら笑い。
「俺も死んだものと思ったが…がお前に力を使ったって事は、俺はぎりぎり踏み止まれたって事か。
全く、俺に万一の事があった時の力だってのに、なかなか使ってもらえる機会がねえな」
軽く笑いながら、袖から覗く腕に巻かれた包帯を眺める。
腕だけではない、体の至る所から感じる痛みはこれのせいだ。
松永が放った焦熱により、火傷を負った体。
炎が身を焼く熱さを、意識を手放すまでのほんの一瞬、覚えている。
流石に副将二人と真田を相手取った後では、松永も詰めを誤ったという所か。
自分を殺し損ねた松永を鼻で笑い飛ばす。
「いいえ、政宗様」
そこへ小十郎が、真面目な顔で頭を振った。
「 Ah? 」
「は貴方にも力を使いました。その筈です」
続けられた内容に、首を傾げる。
が癒しの力を使えるのは一度に一人きり、それ以上は行使できない。
一度の体力の消耗が激しく、蒼白の表情で倒れてしまうのではなかったか。
怪訝な表情を浮かべる政宗を、小十郎はひたと見返して、
「見ていた者によれば、は私の後に猿飛も助けたとか。
意図的か否かは分かりかねますが、恐らくは一人当たりに行使する力を加減して、複数人を救おうとしたのでは」
その証拠に、癒しの力を受ければ完治するはずの傷が、未だ残っている。
小十郎はそう言いながら、着物の袖をめくる。
松永の炎に焼かれた、その名残であろう、僅かに赤く晴れた皮膚がそこに見られた。
「怪我の治りは力を使われた順番による。まずは私、次に猿飛、そして真田、最後に政宗様…。
伊達の為の力だというのに、政宗様を最後に回した事は、一度灸を据えてやりたい所ですが」
「…つまりは、は四人に力を使ったってのか? Ha! とんだ急成長だな。一部始終を見てた奴がいたのか?」
袖を元に戻しながら、小十郎は再び頭を振る。
「政宗様と真田に関しては見た者がいないので私の推測です。しかし状況から見て、そうである可能性が高い」
「ほぉ。何故そう判断する?」
「それは…」
小十郎が答える直前、にわかに部屋の外が騒がしくなった。
何事かと目を剥いて、廊下とを隔てている襖の方を見る。
騒がしさの正体は駆けるような足音。
近付いているのか、その音はどんどんと大きくなっている。
そして政宗の居る部屋の前辺りまで来るとぴたりと止まり、不意にすらと勢いよく襖が引き開けられた。
「片倉殿っ!…おお、政宗殿気が付かれましたか!」
「っ…真田?」
「酷い手傷であった故どうなる事かと思うておりましたが、まずは何より!」
現れたのは、真田幸村だった。
予想すらしていなかった者の出現に、政宗の目が思わず丸くなる。
真田は凛々しい顔に笑みを浮かべながら部屋へと入ってきた。
仮にも敵同士であるというのに、そんな事を意に介する素振りも見せずに側へ寄り、小十郎と並んで腰を下ろしている。
「何だってアンタがいるんだ?」
「ここは某の城にござる。先の戦の地より、深傷の政宗殿を抱えて奥州へ戻られるのは困難と思い、
ならば我が城に寄って養生して頂くが容易かろうと、僭越ながら片倉殿に提案した次第。
どうぞ今ばかりはここを我が城と思われ、まずは体を休められよ」
真田の城という事は、ここは上田か。
地図を思い浮かべてみれば、確かに奥州へ戻るよりも地理的には楽だろう。
自分の現在地を把握する一方で、それよりも問いかけに答える真田の所作に、どことなく違和感を覚えた。
よく見てみると、着物の袷から覗く胸元に包帯が巻かれていた。
自分よりも先に松永に討たれた真田の姿が思い出され、小十郎の話が繋がる。
あの有様を見た上で今の真田の状態を見たのなら納得が出来る。
自分と、小十郎と真田との傷の具合を比較する。
成る程、癒す程度を調節して四人を救ったという話も、あながち間違いではなさそうだ。
「片倉殿」
政宗を労った真田が、小十郎へと向き直る。
「先程申された件についてですが」
「ああ、動いてくれるのか」
「勿論にござる。武田が宝、楯無の鎧の行方もさる事ながら、某と佐助の恩人の危機とあれば動かぬ訳には参りますまい」
「恩に着る」
「… Wait, 何の話だ?さっぱり見えてこねえんだが」
そのまま話を進めようとするので、政宗は二人の間に割り込んで説明を求めた。
自分が寝込んでいる間に、小十郎と真田の間で何の相談が為されたのか。
はたと気付いた顔をして、申し訳ございませんと詫びてきたのは小十郎だ。
「政宗様に代わり、松永に奪われたものを取り戻す算段を調えておりました」
「奪われたもの?」
「政宗様の六爪と、武田に伝わる鎧」
それらは松永が姿を見せた当初から要求していた物だ。
倒され、まんまと奪われたそれを取り戻す為、目的を同じくする武田と手を組んで事に当たる。
判断としては悪くない。
小さく頷くその間に、
「…そして、」
「…… What? 」
続けられた言葉に、政宗は思わず聞き返していた。
「が…何だって?奪われた?松永に?」
「私が駆け付けた時には、松永と、先に上がっていた筈のは居りませんでした。
…恐らく松永は、が力を使う所を目撃したのではないかと」
度重なる力の行使で、周囲に注意を払う余裕を失ったが、未だその場に留まる松永の前で力を使った。
炎や雷を生じさせる武将はおれど、人の傷を癒す力を持つ者は見聞きした事はない。
その類い希なる力を目にし、松永が興味を抱いた。
遠くへは行けない筈のの姿が見えない事を知り、すぐに周囲を捜索したが見つからなかった。
その事からも、身動きの取れないを松永が連れ去った可能性は高い、と小十郎は語る。
その横で真田が身を乗り出した。
「某はあの時、死の淵を覗き申した。そこから救い上げて下さった御仁が松永久秀の手に落ちたなら、それを救うのが恩を受けた者の道理!
佐助が今、松永殿の居所を探っておりまする。政宗殿、共に手を組み、奪われたものを取り戻しましょうぞ!」
勢い込んで宣言され、しばしの間呆然と見返す。
真っ直ぐな曇りのない眼差しに、今ばかりはかける言葉も見つからない。
状況の整理が追い付かないまま、政宗は無言の内に天井を仰いだ。
幸村の松永さん呼びが分からんまま投下。
夢主が松永さんの所にいる間の政宗サイドのお話。
武田と手を組んで夢主救出作戦開始。
戯
2014.3.21
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