龍如得雲  ―宝器 巻き込まれ事件―










 空になったお膳を前に、ぱんっと手を合わせてご挨拶。

「ごちそうさまでした」

答える相手など誰もいない部屋で食事を終わらせてから、はお膳を手に移動する。

食事や生活必需品をやり取りする為の小さな窓。
そこへいつも通りにお膳を運んでから、

「…よし」

一つの決意を胸に、一人小さく頷いた。

松永さんに連れて来られた事が判明してから早幾日。
相変わらず松永さんの姿を見る事は無かったが、来ない人を気にしていられる余裕はない。
決まった時間に誰かが持ってきてくれるご飯を残さず平らげて、十分な休息を取って。
ストレッチや室内で出来る運動で体力を戻し、今日に備えて体調を調えてきたのだ。

今日、今、このタイミング。
は本日を以て、脱出劇の決行に踏み切る。
もう何も出来ない時を過ごすのは御免だ。

じりじりとしながらも大人しさを装っていた裏で、何度もイメトレを重ねてきた手順。
それを今再び脳内再生して確認を取りながら、まずは棚の上に置かれた楯無の鎧に手を伸ばした。
幸村がお館様から託された、大事な大事な物。

「…幸村、お館様ごめんなさい、ちょっとだけお借りしますっ」

聞く相手のいない断りを入れて、鎧を着込む。
正直鎧の着方なんて知らないが、動くのに邪魔にならなければいい。
身に着けたのは、持ち運ぶと塞がってしまう両手を自由にしておく為の手段だった。

「よっ…と、こんなもん?」

どうにかこうにか一人で着付け、フィット感を確認。
ジャンプしてずり落ちたり紐が解けたり、という事もない。
何処かしら間違っているのか不格好な感は否めないが、とりあえずはこれで大丈夫だろう。

鎧を着込んだ自分の姿を見下ろす。
多分、松永さんに奪われる直前まで幸村が身に着けていた、武田の宝。
今この瞬間だけ武田軍の一員になったようで、ちょっとだけわくわくする。

「…いかんいかん、喜んでる場合じゃない」

遊んでる時間はない事を思い出して頭を振る。
気持ちを切り替えて、今度は鎧と並んで置かれていた政宗の六爪を腕に抱えた。
棚の前から移動して、寝ていた布団の上に六爪を下ろし、シーツを引っ剥がす。
そのままくるくるっといいように纏めてしまえば、シーツを風呂敷代わりにした包みの出来上がりだ。
ちょっとした大荷物だが、抱えて走るよりは良いだろう。

シーツの余っている端を繋ぎ環状にして肩に担ぐ。
これで脱出準備の完了だった。

「あとは…」

は今回の脱出経路として考えている窓へ目を向ける。
しっかりとはめ込まれた格子をどうにかしない事には、脱出も何も話が始まらない。
軽く気合いを入れて、は窓の前へ立った。

「どうか上手く行きますように…」

どうにかする方法は一応考えてあるが、それが成功するかどうかの確証はない。
思わず神頼みよろしく、格子に向かって手を合わせる。
この格子の向こう、部屋の外へ出られれば、政宗の元へ辿り着けると信じて。

瞑目したの耳に、すらと滑る乾いた音が届く。

はっと目を開けた瞬間の、毛が逆立つような感覚を、は多分忘れる事はないだろう。

「おや…随分と物々しい姿だ」

次いで届く声、近付いてくる足音。

何故今このタイミングなのだ、逃げ出そうとした今になって。
今日まで一度も顔を出さなかったじゃないか。

混乱と恐怖が這い寄り硬直する体。
しかしいつまでも背を向けている事の危険性も分かり、は強引に振り向く。

「戦にでも出るつもりかね…」
「…松永さん…」

動けなかった間に距離を詰め、すぐそこに松永さんが立っていた。
がどんなに頑張っても開かなかった扉。
松永さんの背後で、それがあっさりと開いているのが見える。

「それとも、宝が自ら籠を破ろうとでもいうのか」

どこまで分かっているのだろう。
否、松永さんの事だから全て分かった上で訊いてくるのだろう。
が逃げ出そうとしていたのを知っていてなお、落ち着き払って話しかけてくるのだ。

その声音は穏やかだが、反面底知れなくもある。
逃げ切れる訳がない、逃がす気などない。
そういう意思が全身から発されているようで、は気圧され思わず唾を飲んだ。

ここで気を抜けば一気にパニックに陥りそうな自分を必至に抑え、努めて冷静に松永さんと対峙する。

「こ…ここ何日か大変お世話になりました。私、政宗の所に帰ります」

じり、と僅かに足を退く。
大した移動にもならず、すぐに背中が格子窓にぶつかった。
ああ、せめてこれを何とかしてから現れてくれたならまだ良かったのに。
松永さんのいる前で、逃げ道をゼロに等しい状態から作り出すなんて無理難題すぎる。
開かずの扉が開いているのでそっちに行ければいいが、松永さんの横を抜けて辿り着くなんてそれこそ至難の業だ。

前門の松永さん、後門の格子窓。
帰る意思表示をした所で突破口がなければとんだお笑い種だ。

「君は私の宝となってなお、前の主を欲するのか…我が侭な事だ」
「お世話になったのは感謝してますけど、松永さんの…た、宝?になったつもりはないですから!」
「それは残念…私は君に、少なからず興味を抱いていたのだが」
「興味…?」
「独眼竜と若き虎…彼らの残滓を掬い上げ呼び戻したその力。今一度、私の前で振るって貰いたいのだがね」

ただその場にいた女というだけで連れてくる訳がないとは思っていたが、やっぱり見られていたのか。
松永さんの発言に、記憶にない当時の自分へ、胸中で罵倒を叩き付ける。

「だが…そうか。元の場所へ帰りたいか」

独り言のような小さな声に、大きく頷いて返す。
そうして言葉の応酬を重ねながら、どうにか隙を見つけられないか、目だけは必死に動かして探っていた。
前か、後ろか。どちらからでも突破のチャンスを掴めれば。

「さて、逃げたがりの宝はどうすれば大人しくこの手に収まっていてくれるのか…」

ざわり、と空気が鳴ったような気がした。
背骨に一本鉄の棒をねじ込まれたように、体が硬直する。
それが何なのか、頭で理解するよりも先に、目が一つの動きを捉えて、

「う、わ…!?」

反射的にしゃがみ込んだ頭の上を、鋭く空を裂く音が通り抜けた。

は呆然として前を見る。
低くなった視点から見る松永さんは、右手に刀を握り、振り抜いた姿勢でいた。
それまでがいた位置目掛けて、振り抜いていたのだ。

見下ろしてくる目がうっすらと笑う。
初めに現れた時に見せていたものとは違い、笑う顔そのものがとても怖かった。

「いっそ足の腱でも切ってしまえば、大人しくなるものかな」
「けん、って…!?」

事も無げな言葉が持つ物騒な響きに、は声を失う。

眼前で刀が構えられた。
その切っ先が狙っているのは、自分の足。

理解が及んだのとほぼ同時に、刀が振るわれ、どうすべきかと考える間もなく、

「アラストル…!!」

は目を瞑り、反射的にその名を叫んでいた。
刹那、手の中に感じた重みを、確かめるよりも早く自分の前に掲げる。

甲高い金属音が響き、痺れるような衝撃が手に走った。

「むっ…」

驚きを含んだ声が上がる。
すぐに開いた目には、刀を弾かれて少し後ろに下がった松永さんが、僅かに目を見開いている。
それは驚きもするだろう。
大荷物に鎧を着込んでいるが徒手空拳だった相手が、急に現れた剣で攻撃を弾き返したのだから。

霊剣アラストル。
先日とある一件で入手した、政宗の為の剣。
今は政宗の物として扱われているこの剣の、本来の持ち主はだ。
元は一振りの剣だが、某シリーズ物のゲームに登場する魔界の剣が発祥という事もあって、
政宗用に六振りに増やせたり、更には出すのも消すのも自由自在という便利な代物だった。

はこれを、格子窓をぶち破るのに使えないかと考えていた。
ただの刀では、自分が柱一本切るのにどれだけ時間がかかるか分からない。
けれどアラストルに宿る雷の力を使えば、剣術素人の自分でもどうにか出来るのではないか。
これこそがなりに考えていた、格子窓をどうにかする方法だった。

まさか格子窓ではなく、このタイミングでアラストルを使うとは思っても見なかったが、事は既に起きてしまっている。
守り通せた自分の足に心底ホッとしつつ、すぐに気持ちを切り替えて動いた。

刀を弾かれた松永さんは、急に現れたアラストルに注意が逸れている。
その隙に、自分が出来る限りの俊敏さで体勢を立て直し、

「でぇいっ!」

がむしゃらに、アラストルを横薙ぎに薙いだ。

「おっと」

だが、流石に松永さんは武将。
隙を突かれた素人の剣に即座に反応して、易々と止めてしまった。

僅かな落胆、それと同時に諦めない思いが胸に湧く。
こっちだって無策に振り回した訳ではない。
刃が噛み合ったその瞬間、はアラストルの力を発動させる。

「っぐ…っ!?」

腕力勝負だったら、考えるまでもなく松永さんに押し切られていただろう。
しかし素人だって素人なりに策を考えるのだ。
素人であるが故に、属性攻撃を使うとは思ってもいなかった松永さんの隙を突いたの勝ちだった。

二人の間で火花のような雷が散り、その力は松永さんを壁際まで一気に吹き飛ばす。
受け身を取る間もなく壁に叩き付けられ、かつアラストルの雷に打たれたので、松永さんはすぐには動けないようだ。

まともにぶつかろうとしたら勝ち目はない。
は今の内に、当初の計画を遂行する事にした。















「雷花」で入手したアラストルをここで使ってみました(`・ω・´)
DLCで政宗がダンテになりますね…リベリオン持ちますね…!!
DLCで武器も、とは言いませんが、いずれ何らかの形でDMCコラボの武器を復活させていただきたいものです。



2014.4.13
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