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龍如得雲  ―宝器 巻き込まれ事件―










 雷撃によって動けなくなった松永さんを背にして、格子窓へと向き直る。
アクシデントに見舞われはしたが、ここを乗り越えてしまえば外の世界はすぐそこだ。

ひとまず今は外に出る事だけを考えて、出てからの事は出た後に考えよう。
脱走も逃避行も人生で初めての体験、知らない事にいくら頭を働かせたってきりがない。

新はゆっくりと呼吸を整えた。

確か、政宗はこうしていたか。
記憶の中の姿を頼りに、出来ると信じて、剣を構える。

「ヘル、」

我ながら覚束ない手つきだが、アラストルの潜在能力に全てを賭けて、

「ドラゴンッ!!」

渾身の力で振るった剣からは雷丸が放たれ。
新の期待に応えた霊剣アラストルは、けたたましい音と共に格子窓を壁ごと吹き飛ばしたのだった。

「やった!」

開けた視界にガッツポーズを決める。
思った以上にとんでもない破壊力だが、失敗するよりはずっと良い。

遮るものの何もない景色。見晴らしの良い眺めだ。
空はどこまでも広がっていて、足元には下り坂の斜面に沿って茂る木々。
きちんと見ると思っていたよりも地面が遠くて少し怯んだ。

足が竦むが、躊躇していられるだけの暇はない。
後ろにいる松永さんがいつ回復するか分からないので、動き出されるより前にここから飛び降りなければならなかった。

大丈夫、ちょっと高いけどきっと飛び降りられなくはない。
頭から落ちなければ、死ぬような怪我をする程じゃないから、きっと大丈夫。

自分自身何とも不安になる言い聞かせで勇気を奮い立たせ。
覚悟を決めて、大穴の開いた壁に一歩近づく。

「戻るか……竜の元へ」

不意に掠れた声を背に受け、ぎくりと足を止めた。
緊張を帯びて振り向くと、叩き付けられた壁から身を起こした松永さんがこちらを見ていた。
もう動けるようになったのかと焦ったが、その場に座った体勢でそれ以上動く気配がない。
まだ回復しきってはいないようだ。

新はほっと息を吐き、それから少し考えて、体を反転させる。

「戻ります。…『ここ』にいる間は、私の居場所は政宗……伊達軍だって決めてるんで」

四百年以上の隔たりは、言う事もやる事もこの世界の人の感覚とはずれている。
その自覚はあったし、傍から見れば自分が怪しい事この上ない存在なのもよく分かっていた。

政宗は、そんな自分を拾って傍に置いてくれたのだ。
もし政宗が一般的な感覚をお持ちのお偉い様だったなら、今頃は途方に暮れた末に野垂れ死にしていたかも知れない。
その恩義も感じていたし、それ以上に伊達を離れて生きていくという考えが、新には浮かばなかった。

度を超えたちょっかいを出されて時々出奔したくなるが、口にして初めて気が付く。
政宗の傍にいる事が当たり前になりつつあると。

新はしばし呆然とする。
躊躇いなく発された言葉、この思いは、一体何と呼ぶべきものなのか。
思いがけず現れた強く揺さぶるような感情に、危機的な状況だというのに動揺してしまう。

「…残念だ」

松永さんがうっすらと笑った。
細められた目に、自分ですら気づいていない心の底を見透かされたような気がして、何故か顔が赤くなる。

何この反応。
赤くなった理由が分からず、慌てて両手で頬を押さえる。
視界の端で松永さんの笑みが更に深くなったような気がして、謎の恥ずかしさに襲われた。

「はいはいっと!」

一人混乱している内に、何かが肩を掴む感覚があった。
はたと思考が止まる。
松永さんの目が背後の空へと動いたように見えた。

何か、誰かが、いる。

「きっ……」
「姫さんの意思も確かめられた事だし、そろそろお暇しましょうかね」

叫びかけた口を背後から手で塞がれた。
そのせいで更にパニックを起こしかけたが、耳元近くで聞こえた声にはたと気づく。

口を押さえていない方の手が、お腹の辺りに回された。
顔を俯けて、実質抱え込まれた体勢で視界の端に見える、その腕を確認する。

…何だか見覚えのある防具だった。
これは、もしかして。

「じゃあな、蒐めの梟サン。こないだの礼は…また後日」

顔を見たくて振り返ろうとして、ぐらりと視界が傾いた。
無理に動いた為の錯覚かと一瞬思ったが、違う。
実際に傾いていると気付いたのは、視界がどんどん上向いて、ついには青空を映した時。

抱え込まれたまま、その人と一緒に窓の外へ身を投げ出したと知って、

「んんんん゛ーーーー!!?」

口を押えられたまま、声にならない絶叫を上げて。
新は部屋の外、開かれた屋外へと飛び出した。





 吹き上げられた木の葉が、高台にあるこの城この部屋に舞い込んできた。
遮蔽物がなくなり見通しの良くなった、元は格子窓のあった場所。
そこへ広がる青空に一点、現れた緑はひらりひらりと室内を進み、手元近くへ落ちる。
松永久秀は、何とはなしにそれを摘み上げた。

「…いや、してやられたものだ」

くつくつと喉の奥で笑う。

事の顛末を眺めている内に、雷撃を受けた痛みはある程度引いていた。
凭れた壁から背を離して立ち上がり、ゆっくりと歩を進める。

宝をしまいこんでおく為に設えた嵌め殺しの格子窓は、他ならぬ宝自身の手によって破壊された。
今や大穴が開けられ、一種の展望台のようになっている。

吹き込む風に鬢の髪がそよぎ、松永は目を細めた。

鎧と爪、そして娘を一つの部屋にまとめておいたのは、ちょっとした戯れのつもりだった。
己の意思では出られない部屋の中、すぐ傍に武器がある状態で、十分に考える時間を与えたら。
刃を向けてくるなりすれば一興、その程度の期待であったのだが。
娘はそれを予想外の方向へ裏切った。

「あれは私を驚かせるのが得意なようだ」

向けてくる事を期待した爪は背に負い、何処からか現した全く別の剣で、独眼竜よろしく雷撃を放ち、
不意を突かれた松永を吹き飛ばした後、壁に開けた風穴から逃亡した。
城の周囲を探っていたらしい、どこか見た顔の男に抱えられて。

逃げ出すつもりではいたものの、救いの手が差し伸べられるとは思っていなかったのだろう。
抱え込まれたまま宙へ飛び出した時の、美意識の欠片もないくぐもった絶叫が、今も耳に残っている。
その声音を思い出して、松永は少し笑った。
意の外の事象まで巻き込んで、娘は信貴山の城からまんまと逃げおおせたのだ。
結果的に己が出し抜かれた、それがおかしくて堪らなかった。

「手に入れたと…思ったのだがね。いや、見かけにはよらないものだな」

青天を背にして佇んだ姿を思い返す。
扱いやすそうに見えた者が、こうもするりと手の平を抜けていくとは。

しみじみとしたものを感じながら見上げた空に、雲が浮かんでいる。

ふと、それを見ていて腑に落ちるものがあった。

「雲の如く、か」

明の故事に云う、雲は龍の呼気が凝って生じたものだと。
龍なくしては存在しえず、霧散してもいつの間にか龍の周りに現れている。

癒しの雲、独眼の竜。
娘が竜の下へ戻りたがったのは雲であった故か。
咄嗟に浮かんだ比喩であったが、不思議と妙に納得がいった。

「これはなかなかに…得難いかも知れないな」

困難を目の当たりにしつつ、口角が笑みを形作るのを止められない。

「いずれは雲をも掴み、爪と共に愛でよう。期が来るまでは、存分に竜の傍へ侍り給え…雲よ」

手を掲げ、摘んでいた木の葉を解き放つ。
広い外界へと戻された葉は、一陣の風により大空へ巻き上げられ、やがて空に吸い込まれるように小さくなっていった。















松永さん宅からの脱出回。
「龍の呼気が凝って雲になる~」云々は、中国の書「雑記」の一説から取ってます。
授業で聞いて以来いつか使ってやろうと思ってたネタをようやく使うことが出来ました…
熟成させすぎたせいで詳細とか作者とか忘れましたからね。レジュメどこ行った…



2014.6.17
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