ふと闇の中で感じたのは、頬を優しく撫でていくかすかな風。

と、後頭部の辺りを苛み続ける謎の鈍い痛み。










龍如得雲  ―起床 独眼竜とその右目―










「頭痛い……」


 魂が体に戻ってきたような感覚を得て、目を開けたは開口一番、そんな事を口にした。

後頭部が痛い。
というより、首の後ろの辺りと表現した方が位置としては正しいかも知れない。
寝ている間も夢の中でもそう思う程、鈍いが確かに苛む痛み。
それだけ意識され続けていたのだから、起き抜けにそのことが口をついて出てくるのも仕方のない事ではないだろうか。

頭の痛みは何かに圧迫されているのが原因のようだ。
とりあえず、その原因を除くべく体を起こす。

肩口までかかっていた掛け布団が、上半身を起こしたことで大腿の上辺りで丸まった。

は一つ、首を傾げる。


      これ 誰の布団 ?


いつも見慣れた、自分が使っている毛布では無かった。
見覚えのないものにきょとんとしつつも、上半身を捻って後ろを省みる。

先程まで自分の頭があった位置に、箱のようなものがあった。
何となくそれに手を伸ばし、掴んで間近に持ってきて、よくよく観察。


「……枕?」


なのかな、これ。

呟きながら、手にしたものをくるくる回してみたりこんこん叩いてみたり。

細長い筒状にされた生地の中に、触り心地からしてビーズのような小さい粒状のものが詰められた物体。
自信はないが、多分これは枕だ。
時代劇か何かで見たことがあるようなないような記憶がある。

普段使っている枕よりも随分と固い。
この上に頭を乗せていたなら、そりゃ頭痛のもとにもなるわな、と納得しかけ、


      私いつ寝たっけ ?


また、疑問符を一つ。

寝ようと横になった記憶は、頭の何処を探してもなかった。
何か寝る前のことを思い出す手がかりになりそうなものは無いかと、視線をぐるりと巡らしてみても、
分かったのは見覚えの無い家具やら部屋の作りやらから、ここが自分の家ではないという事と、
自分で着た覚えのない浴衣を着ている事。

分からないのは、自分が今置かれている状況。


「………駄目だ、頭が回んない」


少し考えを巡らせてみて、溜息混じりに額に手を当て頭を軽く振った。
寝てしまう前のことを思い出そうとするのだが、大事な部分に霧がかかってしまっているようで、記憶がはっきりとしない。

寝起きだからなぁ、などと記憶が曖昧な事への理由付けをしながら、伸びをして背筋を伸ばす。
頭がはっきりしないなら体から先に起こしていこう。
そういう考えの下で上半身だけ柔軟体操紛いの事をやっていると、

何処からかスッと滑るような音がした。

腕を上に上げたバンザイの姿勢で、は音のした方に視線を投げて。

次の瞬間、目を丸くして固まった。




「…お、起きてたか」




外とを区切っていた障子を開け、一人の男が部屋に足を踏み入れようとしている。
その正体に、一瞬思考が停止した。


「調子はどうだ?起きたばかりのトコ悪いが、幾つか訊きたい事があるんだがな…」


言いながら開け放った障子はそのままに、の近くまで寄って、胡座を掻いて座る男。

動く口元、そこから少し視線を右に動かせば、左頬に走る大きめの傷跡。
眉間にはうっすら皺が寄っていて、剥き出しの額の上には綺麗に整えられたオールバック。
耳に心地よい低い声は、『ある状況』で何度も聞いて慣れているもの。


現れたのは、片倉小十郎景綱、だった。


現実ではお目にかかる筈の無い人物の登場に、は度肝を抜かれたのだ。
しかしが驚いた理由は、彼の登場のみにある訳ではない。

小十郎の姿を見た途端、急に不安になった自分自身にも驚いていた。

何故だか、胸が締め付けられる。


      何で こんな


心臓が大きく速く鳴っているのに困惑しながら、の目はまだ小十郎を辿る。

簡素な着物と袴を身につけた格好で、『画面上』で見慣れた戦装束ではない。
茶色い上着を着てない小十郎ってなんだか新鮮。
などとどうでも良いことに意識を持って行かれながら、しかし欲求には忠実に。
目の前でどういう訳か実物として動いている小十郎に、頭の中であの戦装束姿を重ねてみて。


刹那の間に、脳裏にまざまざと蘇ってくる記憶に、は再び瞠目した。


蘇ったのは、まさしく先程思い出そうとしていた、知らない間に寝てしまう前の自分の記憶。
霧が晴れるようにその時の映像が鮮やかに思い出されていく。
付随してくるのは、その時の激しいまでの感情。




学校に出向いて帰路を辿る途中、
日本刀を持った見知らぬ男に殺されそうになり、
間に割り込んで庇い安全な所まで連れて逃げてくれた彼が、
死出の旅路を行こうとした事に、


激怒、した。




右の胸を濡らすどす黒い色。
の背を濡らした血の感触。
それらすらも思い出し、上に向け伸びきっていたの腕が、いつの間にか小刻みに震え出す。


「ん……まだ調子が悪いのか」
「……こ…………」
「………『こ』?」


様子の変化を見留めた小十郎が、具合を確かめようとして体を近づけてくる。

の忍耐は、そこが限界だった。

表情が、歪む。


「っ小十郎死んじゃやだぁぁぁぁぁっっ!!!」
「うぉおっ!!?」



人が死ぬかも知れないという不安や、死そのものに対する恐怖。
それらが生み出す激情の爆発に任せるまま、は弾き飛ばすかという程の勢いで、小十郎に抱きついていた。

具合を見ようとしていた小十郎は中途半端に腰を浮かせた姿勢。
その不安定な所に当て身に近いものを食らわされ、受け身を取る暇もなく、小十郎は共々後ろへと倒れ込んだ。

しっかりと小十郎の胴に取り付き、身を起こすや、やおら小十郎の着物の襟に手を掛け、


「てっ手当て…っ!!」
「!ちょっと待て……!!」


慌てたような制止の声も聞かず、一息に身包みを剥いだ。

剥いた着物の下からすぐに肌が現れる。
幾つもの古い切り傷の痕が目に止まり、泣きそうになった。
けれど、泣いている場合ではない。

ただ、死なせたくないという一心。
その思いだけで着物を剥き、銃創の手当ての仕方など全く知らないし考えてもいなかったのだが。

傷口がある筈の辺りに視線を移し、


「………あれ?」


それ、、が無いことに気付くのと、


「……Ah-, お取り込み中、だったか。Sorry. 」


そんな声が聞こえてきたのは、ほぼ同時。

自分の事だけでいっぱいいっぱいだった所に空白の時間が生まれ、その間にはほんの少しだけ冷静さを取り戻す。
小十郎の襟を大きく開いて握り締めた体勢で、視線だけを上に上げる。

と同じ方向、自分の背後を振り返っている小十郎の向こうに、誰かの足がある。

目を、更に上へ。


「随分と積極的じゃねぇか。良いの捕まえたな、小十郎」
「良いのとは……何を勘違いなされてるんですか!?」
「取り繕うなって。 All right, 邪魔者はさっさと退散するぜ。据え膳は男の恥…ってな」
「お、お待ち下さい!!」


後から現れた、こちらもやはり男。
彼らの会話を右から左に聞き流しながら、は新たに現れた男の姿に、本日三度目の瞠目を果たして見せた。

開けっ放しだった障子に手を掛け、抜けるような青空を背景に、何となく質のよろしくない笑みを見せている男…というよりも青年。
挑みかかるようなするどい左目と、右目には眼帯をかけた風貌。
その顔に、どうしようもなく見覚えがあった。

その既視感は、先に現れた小十郎に抱いたものと全く同種。

今目の前で動いているのは、まさしく、


「伊達政宗……!?」


思わず漏れた呟きに、小十郎が振り向く。
その動作に目が反応して、視界に映った彼の顔は、眉間の皺の数が増えているような気がした。


「 Hey, girl !」


険しい目つきの小十郎に対し密かに怯んでいた所にかけられた声に、ぱっと視線を上げ直す。
人の話を聞こうともしない相手に抗議していた小十郎の目が離れた為か、後から現れた青年の片眼はを捉えていた。
その眼光の鋭さに、こっちに対しても怯んでしまった。

一体何だろう。
声を掛けられて嬉しいやら、目に射竦められて怖いやら、よく分からない心境で青年の次の言葉を待っていると、


「小十郎は頭が固ぇから、アンタがちゃんと lead してやるんだぜ?」
「は?」
「政宗様っ!!」
「じゃ、終わったら呼んでくれや。話はその後でな」
「巫山戯てるんじゃありませんっ!!」


何を言わんとしているのか理解できない、アドバイスらしきものを下された。
呆気に取られていると、同じく彼の言葉を聞いていた、の体の下にいる小十郎が怒鳴った。
諫めるような、本気で怒っているような、何とも凄みを利かせた口調で、『政宗』に向け。


      … 体の下 ……


にやりと、爽やかな空に似つかわしくない笑みを残しながら、障子の向こうへ消えようとする政宗。
その袴の裾を、腕をいっぱいに伸ばしてしっかと掴み逃すまいとする、身動きの取れない小十郎。
彼が身動きが取れないのは、がその上に馬乗りになっているからだ。
先程飛びついた勢いで、彼の胴を跨ぎ、足でしっかりと押さえ込んで。

は視線を下へと落とす。

着衣は浴衣。
体格の良い成人男性の胴を跨いでいるせいで足が大きく広げられ、裾が大きくはだけていて。

そこから覗いているのは、己の白い大腿。


は瞬時に、政宗が言おうとしていたことを理解した。
同時に、本日四度目の瞠目。

己の行動の突飛さと大胆さに、今更ながら顔が赤くなり。


「は……破廉恥っ!!


咄嗟に動けないまま、どこぞの武将よろしく、叫ぶのだった。




















目覚めました。
とりあえず小十郎を剥きたかったんです。
反省はしているが後悔はしていない。

ようやく政宗と接触いたしましたー。いやー、ここまで長かった!!
アハンなこと仄めかしてるのはああ見えて若いからって事d(殴
政宗ぐらいの歳だと青年って表現で良いのかしら……



2008.2.8
戻ル×目録へ×進ム