「チッ、何だ誤解かよ…つまんねぇ。折角堅物の小十郎にも春が来たと思ったのによ」
「誤解を生む発言は止めて下さい。」










龍如得雲  ―起床 独眼竜とその右目―










 部屋の真ん中を陣取っていた布団を、とりあえず横へ除ける。
広くなった部屋で、面と向かい合う、二人の男と一人の娘。

着崩れていた浴衣を適当に直して正座したは、政宗と小十郎という凄絶に目つきの悪い主従を前にしていた。


「 Ok, 気は落ち着いたか?」
「……はい。勢い余って調子に乗っちゃってごめんなさい」
「 Ha! 構やしねぇよ。寧ろ小十郎にはもっとちょっかいかけてやって」
「政宗様。」


余計なことばかり言っていると仕事増やしますよ。

目は正面を向いたまま、意識と声は横に座る政宗へ。
諫言という形を借りた脅しに、言葉を向けられた政宗は口を閉ざす。

多分脅しだけじゃなくて、小十郎なら有言実行するんだろうな。
目の前で交わされた、主従を超えた所にある力関係を、はじっと見守っている。
口を差し挟む余裕すらなく、その遣り取りを凝視していた。

独眼竜と、その右目。
文書やテレビでその活躍に思いを馳せるしかなかった二人が、今目の前にいる。
某英雄アクションゲームのデザインと寸分違わぬスタイルで。
かつ、ゲーム内ではお目にかかれない、戦装束以外の格好で。


      これ何て夢 ?


勿論夢でない事は、自分の意識のはっきりし具合で分かっていた。

だから今、敢えて問いたい。

彼らのことを夢に見るだけでも、舞い上がる程嬉しい物だ。
まして現実に彼らが目の前にいたら、それは言わずもがな。

今のは、一時でも視界から二人の姿を外してしまうのが惜しいのだった。


そうした視線を感じ取ったものか。
口を閉じて視線を逸らしていた政宗が、不意にを捉えた。
訝しげな表情での直視に、は少したじろぐ。


「どうした?」
「へ?」
「いやに大人しいじゃねえか。小十郎の話からは、もっと勇ましい image を持ったんだがな」


言われてきょとんとし、目を政宗の隣にいる小十郎へ。
彼もやはりこちらに目を向けていた。
政宗からのものよりも幾らか険しいそれに、何となく警戒心が含まれているのを感じる。

小十郎を相手に、勇ましげなイメージを抱かれるようなこと、何かやっただろうか。

険しい眼差しに内心狼狽えながらも記憶を辿ってみて、


      あれかなぁ


やがて、一つの推測に辿り着く。


『心残りなら諦めんじゃねぇっ!!』
『こんな所で死ぬなんて許さないからな!!片倉小十郎っっ!!!!』


胸を撃たれて死の淵に立っていた小十郎に向け、無我夢中で吐いた乱暴な言葉。
自分に何が出来るのかすらも分からない状況で、無理な事を言ってしまった。

多分小十郎は、朦朧としていた意識のなかでもその事を覚えていたのだろう。
自分が思い出せる限り、「勇ましいイメージ」を持たれる原因として考えられるのはそれしかない。

無謀な事言ってすいませんでした。


      あ そうだ


記憶を辿って、思い出したことがもう一つ。

「小十郎………さん?」
「………何だ?」


思い出した弾みで声を掛けて、怪訝な顔の度合いがより増したのにまた怯む。
でも負けない。負けていられない。
あのとき、小十郎負傷のインパクトが強すぎて言いそびれてしまっていた事があるじゃないか。
それを口にしない内に、ただ怯んでいる事など出来ない。

姿勢を正して、一呼吸。


「…えっと、言いそびれてたんですが、……助けて頂いてありがとうございました。」


ぺこりと一礼。
我を忘れて服をひん剥くよりも先に、やらなければいけない事だった。

言うべき事を言えて、少しだけほっとする。
彼が生きていてくれたからこそ、こうして果たせた事でもある。
多少順番は違ってしまったが、終わりよければすべてよし。

軽くなった心地で頭を上げると、面食らった表情の小十郎が視界に入った。
それに向けて、へらりと笑ってみせる。

ふい、と視線が逃げた。


「……いや、気にするな。こっちも礼を言わなきゃならねぇ身だ」
「礼?」


逃がした視線のまま、小十郎が言う。
それにが首を傾げる間に、小十郎は胡座の姿勢で両拳を床につけると、


「この片倉小十郎、あの時貴女に救われたから、今こうして政宗様の傍にいられる」


ありがとう、と。
深く、頭を下げてくる。

その礼が自分に対して述べられたものだと気付くのにやや時間を労し。
気付いた途端、は目を丸くした。

口を「え」の形にし、頭を下げる小十郎を見て腰を浮かせたは良いがどう対処すべきか分からず、
先程から黙って様子を見ている政宗に縋るような目を送っては見るが、鋭い眼差しを返されるだけで何も言ってくれなかった。
中途半端な中腰の姿勢の行き場を求めて手をぱたぱたとさせていたが、無駄に動いただけで結局解決策は見つからない。

はしばらくして、元のように座り直した。

首を竦めて座るに、頭を下げる小十郎と、悠然と腕を組んで構える政宗。
三人の間に、痛い程の沈黙が流れ。


「……私、小十郎さんに何かしましたっけ?」
「…………何?」


その無音を小さな声で破ると、政宗と小十郎のこれまた怪訝な顔が向けられた。
特に小十郎の方は頭を下げていた所からこっちを見てきたので、メンチ切られているようで大変怖い。


「だ、だって全然覚えがないしっ……」


小十郎に出会ってからは、こっちが一方的に助けられているだけで、感謝されるような事をした覚えは一切ない。
寧ろ自分を助けた事で生死の境を彷徨うような目に遭わせてしまったのだから、こっちが謝り倒しても足りない位だ。
覚えのない感謝ほど、されていて居心地の悪い物はない。

相変わらず怯みながら、身の潔白を証言する。
罪に問われている分けでもないのにその表現はおかしい気もしたが、状況からすればそんな心地にもなる。


「あ、でも、小十郎さんが生きててくれて良かったです!」


取り繕うように言って、またへらりと笑う。

剥いた着物の下には銃で撃たれた痕は少しも残っていなかった。
戦国時代の医学がどの程度進歩していた物か全く分からないが、傷痕も残さないなんて凄い技術だ。


「…ていうか私、どれだけ寝てたんですか?今起きたばっかで時間の感覚が分からなくて……」


凄い技術だとしても、完治までには随分と時間がかかる筈だ。
現代医学でも手術でメスを入れられれば傷が塞がるまで当分安静なのだから。

寝てしまう前は小十郎が負傷した直後、起きてみたらその傷が無くなっている。
ともなれば、一体自分は何日寝ていた事になるのか。


「それよりもここは何処ですか?あっそうだ着替え………!!」


寝る前が野外で、今は屋内。
誰がここまで連れて来てくれたのだろう。
そもそもここは何処なのか。
寝ている間に浴衣に着替えさせられていたが、自分が元々来ていた服は何処へ。

そこでは我に返った。
視界に、唖然とこちらを見つめている二人の姿が入り込む。
それを認識して初めて、自分の内の疑問ばかりが先走り、小十郎達を置いていってしまっていた事に気付いたのだった。

気付いてみて、また浮かしかけていた腰を下ろし、居住まいを正し、小さくなって、一言。


「……すいません。」


ぶっ。

謝った途端、噴き出すような音がして、は目を丸くした。
小十郎の目も同じように丸くなって、音がした方を向いている。

音の発生源は、


「 Ha-ha! 面白ぇな、アンタ」
「……お、面白い?」


政宗だった。
体を震わせてくつくつと笑っていたかと思えば、次にこちらを向いたときには「面白い」という一言。

何がどうなってその感想に行き着いたのか。
状況が読めずに目を白黒させていると、膝で一歩、政宗が距離を縮めてくる。
小十郎の制止する声が聞こえたが、政宗は聞かなかった。
無視する方針のようだ。


「アンタの疑問に答えてやるよ。ここは俺の城で、空き部屋だ。アンタが寝こけてたのは…まぁ、丸一日ってトコか。
妙な着物は小十郎の血で汚れちまってたんで今洗いに遣ってるが、着られる状態になるかは微妙だな。許せよ」
「は、はぁ……」
「アンタの疑問に答えてやったから、今度はこっちから質問だ」
「は、はい?」


怒濤の回答。
押され気味だった所で、


「アンタ、名前は?」


ずいと顔を近づけながら、政宗に名前を訊かれた。
近くなった距離で、目を覗き込まれる。
一つしかない目だが、その眼差しは強い。

視界いっぱいに政宗の顔が映ったものだから、つい目の前にあるその左目を凝視してしまった。


「…です。」
「…… Ok, それだけ訊けりゃ今は十分だ」


訊かれた条件反射で名前を答えると、しばらくこちらの顔を窺っていた政宗の顔も、やがて離れていった。

「こっちから質問」と身構えさせるような事を言った割には、名前を訊かれただけで質問が終わってしまったのでやや拍子抜けする。
傍で様子を窺っていた小十郎も、それは同じ思いだったらしい。
眉間に皺を寄せて、背しか見えない政宗に声をかけた。


「政宗様、それだけでよろしいのですか?」
「あぁ、今日の所はな。さっきの様子見てても思ったが、まだ混乱してんだろ、アンタ」
「へ?……まぁ、混乱って言っちゃあ色んな意味で大混乱してますが…」
「だろ。だから今日はゆっくりしとけ。この部屋を貸してやる。その代わり、落ち着いたら追々こっちの質問に答えて貰うからな」


それで良いだろ、小十郎。

肩越しに振り返られ同意を求められた小十郎はしばらく黙っていたが、


「……仰せのままに」


やがて目を閉じて、答える。
それを見て満足げに頷き、こちらに視線を戻してから、


「まだ、ほんの少しだがな……気に入ったぜ、。」


不敵に笑いながら言う政宗を、はただ、成り行きに任せて眺めていた。




















政宗がいまいち大人しいですが、これから多分どんどん本性あらわして…行くのかなぁ……(不安)
とりあえず伊達主従二人並んで目の前に座られたら凄絶に怯えてしまう事間違いないです。
怖いよ好きだけど。感情と生存本能は別物です。

「勇ましいイメージ」云々と言ってる癖に大人しいのは借りた猫状態だからです。
慣れればはっちゃけると思うのですっとぼけヒロインお待ちの方はしばしお待ちを。
ん、大人しい方が良いのだろうか。どうなのだろうか。



2008.2.15
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