ベッドに腰掛けて、は己の手元をじっと見る。
そこにあるのは、持ち手の付いた筒のようなもの。
人はこれを見たなら口を揃えて捨てろというだろう。

   黒科学ブラックテックが生み出したものなど、持っていた所で忌まわしき結果しか生み出さないと。

だがには、この銃を捨てる事が出来なかった。

自分にとって、最も大事な人との約束が込められたものだから。


「絶対に、誰にも渡さない。それで必ず、生き抜いてみせるから………」





















 コンコンと、ノックする音に顔を上げる。
返事をすると、テスタメントがドアから顔を覗かせた。
今はが使わせて貰っているとはいえ、元々この部屋の持ち主は彼だ。
だから部屋に入る時はノックなんて必要ないと言っているのに、頑なに聞く耳は持とうとしない。

テスタメントの目がちらりと、の手元を見た。
けれど、何も言いはしなかった。
これ、、が何なのか、知らない筈はないだろうに。


「傷の具合はどうだ?」
「ん、もうバッチリ治ったみたい」


それは良かった、と答えてから僅かに間を空けて、テスタメントは言葉を続ける。


「傷に障らないようなら、少し外に出てみてはどうだ?」


言い指されて、目を窓の外に向けると、抜けるような青空が広がっている。
ここに来た時の曇天が嘘のように、傷を癒している間の数日間、天候は非常に良い。

むず、と落ち着かない気分が取り巻く。
しばらくベッドの住人だったから、いい加減体を動かしたい思いがうずうずと湧き上がってくる。

は嬉しくて綻んでくる表情を抑えられずに、大きく頷いて見せた。















 外を出て家を離れ、森に分け入り歩いている内に、この森にはテスタメント以外、人の住んでいる気配がない事を知った。
正確にはテスタメントもも「人」と言い切れないから、実際には無人という事になるのだろう。

けれど人以外の生き物なら多くいる。
家を出て早々、の肩に留まった小鳥が、その存在を一番に知らせてくれた。

ずっと肩に留まったままの小鳥に指を差し出してみると、逃げもせずに寧ろ自ら頭を擦り寄せてくる。
目を瞑って大人しく撫でられている小鳥の姿に、の顔に笑顔が浮かぶ。


「怖がらない……人に馴れてるんだね。あ、人じゃないか」


んー、そんな事気にしなくても良いよね。
自分で言いながら自分で話を流し、は綻んだ顔を、少し離れた所をついて来るテスタメントへ向け微笑んだ。




こちらへ笑んで見せたは、前方に見つけた兎の姿に顔を輝かせ、小走りに駆けていった。
兎も小鳥と同じく逃げずに触らせてくれた事が嬉しかったのか、彼女の顔に笑みが絶える事がない。

何も知らずに見ている分には、見た目相応の年頃の娘とそう変わらない。
彼女がギアとなってから過ごしてきた時を知りはしないが、この数日間を見ていてでテスタメントが抱いた印象がそれだった。

長く伸ばされ右目を隠している前髪はわざとだろう。
その目が人目に触れる事さえなければ、彼女はただの娘と変わらないのだ。

普通の娘と思ったからこそ、テスタメントは深くを尋ねようとはしなかった。


      何故 銃など持っているのか


保身の為というのも考えられる理由である。
だがギアの力を持っているなら、道具に頼らなくとも多くの危機的状況を切り抜けられるだろう。
だから、もっと別の理由があると考える事が出来る。

その理由を聞くのは、自身が自ら話してくれる時で良いと、テスタメントは思っていた。

先程、外へ誘った時に垣間見た、銃を手にしたの何とも言えぬ表情。
それを見ていたら、彼女の問題にこちらから関わっていくのは憚られる気がした。




「テスタメントが、この子達と仲良くなったの?」


肩から手のひらの上に移動した小鳥を撫でながら、が問う。

テスタメントの脳裏に、青い髪の少女が浮かんだ。
小さくかぶりを振りながら、答える。


「以前私の他にもう一人、この森に住んでいた。動物達が我々に馴れているのはあいつのお陰だ」


ふぅん、と納得したに、ふとあの少女が重なる。
姿形や言動、仕草などに似た部分など全くなかったが、どことなく雰囲気が似ている気がした。
どこがどう、という明確に答えられるようなものではない。
ただ、何かが似ていると、漠然と感じた。


      似ている事が不安に感じるのは 何故だ ?


「今はもう、自分の居場所を決めて出て行った」


無窮の空を見上げる。
少女は今も、この空のどこかで仲間と共に笑い合っているのだろう。
希望と新しい発見に満ち溢れた生活であるに違いない。

幸福に過ごしているだろう少女の事を思うと、自然と口元が綻んだ。

ふと、視線を元に戻す。
がまだこちらを向いていて、何故かぼうっと口を開けていた。


「どうした?」
「!な、何でもない!」


尋ねると、慌てて目を逸らした。
顔が見えなくなる瞬間、頬が紅潮していたように見えたが、何故だろうか。

しばらくは背を向けたまま、緊張したように手の中の小鳥を撫でていた。
少しすると、静かな声がかけられる。


「ねぇ、テスタメント……お願いがあるんだけど」
「何だ」
「…怪我が治っても、しばらくここにいていい?」


許可を求めるその言葉は、テスタメントを僅かに驚かせた。
怪我が治れば出て行くだろうと勝手に思っていたから、がそう切り出してきた事が意外だった。


「何故だ?」
「…まぁ、はっきり言うと、行く当てがないから、かな。追われる生活だもの」


それに、と言葉を切ったの、先を促す。




「私はここが…この森が、好きになったっていうのが、一番の理由かな」




裏の感じられない笑顔で発された「好き」という単語に、どきりとした。
思わずの顔を凝視する。
はこちらの許可が得られるかどうか、窺うような目を向けてくる。

その視線から、顔を背ける事で逃れた。


「…好きなだけ、いればいい。」


簡潔な了承の返事は、またの顔に花を咲かせた。

心は落ち着いているのに、ざわめく何かが胸の底にある。
の笑顔を1つ見る度に、内にある何かがゆらゆらと揺れる。

この、不思議な感じ。

青い髪の少女ととを、似ていると評価してしまったが。
少女に同じように笑顔を向けられて、この感じを抱いた事が、果たしてあっただろうか。















 青草を踏みしめる感触を靴越しに楽しむ。
ここ数日の晴天に誘われ日課となった、足取りも軽やかな散歩の最中。
頭上高くを飛ぶ鳥の音と葉擦れとが、心地よい響きとなっての耳を打つ。


「……あれ?」


楽しくていつの間にか頬も緩んでいたの目が、あるものを捉える。
自分の進行方向に見える、人影。


「テスタメント……」


木陰に腰を下ろしたその人に気づき、すぐに駆け寄ろうとして、踏み留まる。
呼びかけようと開いていた口を手で押さえ、極力静かな足取りで、テスタメントに近付いていく。

その姿を見下ろす位置にまで近付いたが、何の反応もない。
本を片手に幹に背を預けた姿勢で、テスタメントは目を閉じていた。


      寝てる?


物音を立てぬようそっと傍らにしゃがみ込み、まじまじとその顔を覗き込む。

テスタメントの寝顔を見るのは初めてだった。
いつも彼は先に起きていて、朝食の準備も何もかも終わらせてから、夢の住人のを起こしに来るからだ。
住まわせて貰っているのだから、朝食ぐらいは自分が作ると言ってみても、何故か断られてしまう。
先日、「今日こそは朝食を作ろう!」と意気込んで早起きしてみたら、テスタメントは遙かに早く起きていて。
「今日は早いな」と声をかけられて、きょとんとしてしまった。

そんな事もあって、テスタメントの寝顔というものは今まで見た事がない。
その当人が無防備にも寝顔を晒しているので、はちょっと面白くなった。

一向に目覚める気配がないテスタメントの傍にしゃがみ込んで、その黒髪を掬うようにして撫でる。


「綺麗な髪…」


さらさらとした手触りの心地よさ。
男性とは思えないような綺麗な容貌を形作る要素の一つである髪は、それ自体も綺麗だ。
彼の内面が綺麗である事も、助けられてからの関わりの中で十分すぎる程に知っている。

ギアという、血腥ちなまぐさい生物である事など、にとっては大した問題ではない。
ギアの生態を超えた所にある、彼という人格が持つ本分が、傍にいる事をこんなにも心地よく感じさせる。
はその事をしっかりと自覚していた。

起こさぬようにそっと、テスタメントの隣に腰を降ろす。
目が覚めたら隣に自分がいて、テスタメントは驚くだろうか。
その時の様子を想像してみて、込み上げてきた笑い声を吐息にする事で押し殺す。

こんなに安らいだのはいつ以来だろうか。

運が良いとしか言いようがない出会いを経て、こうして傍にいるテスタメントに。
心からの感謝を込めて、小さく呟く。


「私……あなたに会えて良かった」






の呼吸が寝息に変わる頃、テスタメントは目を開いた。
視線を流し、隣にいるが本格的に寝入っている事を確認する。

片手で自分の顔を覆い、寝た子を起こさないようにという配慮を加えた、細く長い溜息を吐く。
心なしか困惑したような表情である。

テスタメントは、実は起きていた。
が彼に気付いた時は本当に居眠りをしていたが、こっそり近付いてくる気配で目が覚めた。
子供のような興味津々の視線を一身に受けて、起きるに起きられなくなってしまったので、そのまま寝たふりをしていたら。
ぽつりと耳に届いてきた、あの言葉である。

細波さざなみのように胸が騒いだ。

とん、と軽い衝撃と共に、の頭が肩に乗ってきた。
こんな所で眠り込んでしまうのもどうかと思い、揺り起こそうと動いた手が途中で止まる。

冷えてしまうのでは、と彼女を慮るなら、ここで起こすべきなのだろうが。
眠るその顔を覗いた目が、不思議と離せなくなる。

逡巡の後、手を元の位置へと戻し、テスタメントは身動ぐ事をやめた。
眠るが自然と目覚めるまで、肩を貸し続ける事にした。
彼女の寝顔が、とても安らかだったからだ。

僅かな時の間にテスタメントが何を考えたか。
は目覚めるまで、目覚めてからも、知る事は無い。




















今後しばらくはテスタメントと一緒に暮らせる事が決まりました。
今回の裏テーマは「寝起きドッキリ」。
寝てるテスたんの隣に陣取って、起き抜けにびっくりさせるという策を企てたヒロインですが。
この調子だと寝起きドッキリさせられるのはヒロインの方ですね。
「起きたか」とか起き抜けに声かけられて「え?え!?何で!?」みたいにあわあわするとイイ。
ってこれ最初ホントは策通りテスたんにあわあわして貰ってたんだけどなー。(加筆修正前)
狸寝入りテスたん書けたからよしとしよう。

まぁ、そんな戯が何を主張したいかと言いますとね。
テスたんの髪に触りたいです………!!!



2006.2.18
2008.10. 加筆修正

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