「かの実験体が、ギアと手を組んだか…」
「果たして我々の手に負えるのか?あの実験体にばかり時間も労力もかけられないぞ」
「何、我々が動けないのなら、他の者に働いてもらえばいいだけの話」
「手は、あるのだな 」
弾
肩にテスタメントの使い魔、サキュバスという名の鴉を従え、日課の散歩に出ていた時の事。
彼らは何の前触れもなく、の前に現れた。
「お前が=だな?」
問い掛けでありながら断定である、そう声をかけてきた男。
その後ろにはもう二人。
皆一概に物騒な気配をまとっており、友誼を結びに来た訳ではなさそうだ。
ただの市民とは明らかに一線を画する、戦い慣れた者が放つ特有のものを、彼らから感じられた。
距離はあるが、は男達と正面切って向かい合う。
「何かご用ですか?」
不穏な様子に気付いているだろうに、平然としているに、男達は少し困惑している。
その間に、サキュバスが肩から離れ飛び去っていくのを、風を受けた頬と耳とで感じた。
困惑を何とか押し留めた男が、己の懐に手を差し入れた。
再び姿を現したその手には、一枚の紙が握られている。
こちらによく見えるようにという配慮か、掲げられたその紙を、目を細めて読み取る。
が紙面の文字を読み終わるのと、男の口が開かれたのはほぼ同時であった。
「=。コロニー脱走者にして黒科学の産物を所持せし者。
最近『悪魔の棲む地』に潜伏してるってタレコミがガセでなくて良かったぜ…。
殺しちまったら減額……俺らの為に、大人しく捕まってくれよ?ジャパニーズのお嬢さん」
紙面には、の名前、顔写真。
生捕りの場合と死体の場合、二通りの報酬額。
「罪状」の書かれたその紙は、賞金首の手配書。
は、何事もなく穏便に男達へお帰り頂くのが叶わないと悟って。
小さく溜息を吐いた。
「を追う者?」
住処へと戻ってきたサキュバスからの知らせを受け、テスタメントは眉を寄せた。
先日、と初めて会った時も、彼女は追われていた。
普通の娘でしかない彼女が、質の悪い輩に何故幾度も追われているのか。
その理由を考えて、真っ先に「ギア」の二文字が浮かんで来た。
ここに来てからの様子を見ていても、が穏やかな暮らしを望んでいる事は察せられた。
それを阻む物が、ギアとなった我が身自身であるなら。
勿論ギアだからというのはテスタメントの推測でしかない。
しかしそこに推測が及んだ際、思考はに関する物から己が身の上にも投影された。
ただ 平穏に暮らしたいだけなのに
その事を思うと、寂しさにも似た思いが胸の内を過った。
ただ、それを表には出さないように、呼吸の一つに混じり込ませて吐き出す。
大鎌を握り、戸を開ける。
「行くぞ、サキュバス」
号令と共に。
羽撃きの音が一際大きく鳴った。
素早く周囲に目を配れば、正面に一人、逃げ道を塞ぐように二人。
完全に囲まれた事を知り、は駆けていた足を止めた。
どの方向に逃げても、必ず男達の誰か一人が対応できるような距離を保っている。
これはかなりの玄人だな、と意識の端で考えた。
正面に立った、このメンバーではリーダー格と思しき男が、呆れるとも馬鹿にするともつかぬ溜息を吐く。
「分からねぇ奴だな。逃げずに大人しく捕まりゃ手荒な事はしねぇっつってんだろ」
吐き捨てるように言う男。
「捕まりたくないから逃げてるの。分からない人ね」
意趣返しのように、同じ言葉を使って返す。
相手の様子を窺いながら、相手の神経を敢えて逆撫でするように。
ぐ、と喉に物が詰まったような顔をした後、男は凄まじい形相でを睨み付けた。
掛かった、と心の中で呟く。
頭に血が上った男に気付かれぬよう、そっと左の大腿部に手を伸ばす。
そこに装着していたホルダーの留め金を外し、指先で金属の感触を確かめる。
威嚇か、男が振り下ろした得物が、重く風を切る音が耳に届いた。
「足斬り落として歩けなくした所で、生きてりゃあ何の問題もねぇんだよな」
捕まりたくなくて逃げるのなら、その逃げる足を落としてしまえばいい。
彼らにとって、金になる「物」でしかない相手からの侮辱は、凶暴性の発露へと繋がった。
はその場から動かない。
にやりと、男が品のない笑みを浮かべ、無造作に歩み寄る。
賞金首の娘が、前に突き出したその手に何かを構えているのに、男が気付いたのは。
激しくも大気を駆け抜ける、澄んだ轟きが耳に届いてからだった。
男が、はっとさせられる響きを持つ音に呆然としていると。
突如、利き手に走った灼けるような痛みに、一瞬の間の後顔を歪め、絶叫した。
「っぐあぁあっ!?」
「武器使えなくなっても、生きてれば大丈夫だよね…」
絶叫の向こうで、自分が放ったのと似た台詞を口にするの声を聞き、男が顔を上げる。
仲間の視線が、蹲る男ととの間で、戸惑ったように彷徨わされている。
その視線に促されるようにして、眼前の娘を仰ぎ見た男は、痛みも忘れ愕然とした。
娘が持っているのは、表の世界では見かけられなくなった、『銃』と呼ばれる武器であった。
黒科学により生まれた物で、素人でも簡単に扱える武器である。
だが数が少なく、比較的そういう物が出回りやすい裏世界でも高額取引される代物だった。
確かに手配書には「黒科学の産物所持」と書かれていたが。
そんな稀少な銃を、何故こんな小娘が所持しているのか。
男は、話に聞くばかりで銃の実体を知らなかった。
その威力を、身を以て体験する羽目になった男の目に、恐怖の色が浮かぶ。
その時、風が舞った。
困ったように笑ってみせる娘の、顔の右半分を隠すように伸ばされていた前髪が、風に乗ってぱらぱらと散る。
その下に隠された『紅い右眼』を、娘の正面にいた男だけが見た。
「これ以上怪我させるのも面倒だし…帰ってもらえますか?」
と男の間を流れるものを知らない背後の二人が、痺れを切らしたように駆け寄せる。
男が制止するよりも早く、銃口が襲い来る二人に向けられて。
得物が振り下ろされる遙か前に、足を撃ち抜かれた二人が土の上に倒れ込んだ。
初めて自分から狙いが外された銃口。
男はそこで初めて、の持つ銃の使い方を目の当たりにした。
その銃には、弾…肉体を穿ち引き裂く金属球を装填する部分が無かった。
銃を使った直後、辺りに漂うのは硝煙の匂いではなく、高純度の法力の余波。
眼前の娘は、弾の代わりに法力を圧縮して銃で撃ち出していたのだ。
金属球を発射した時に生じる空気抵抗はなく、火薬量での速度調節の必要も無い。
ただ込めた法力量に比例して、法力の弾の速度も射程範囲も格段に大きくなる。
の正体を知った男はぞっとした。
法力を弾に変えるなら、使用者の法力の容量が威力を左右するが。
使用者である目の前の娘は、その法力の容量が人類とは桁違いの生き物なのだ。
それを裏付けるように、余波でさえ高い純度を保つ法力を放った直後の娘の顔には、まだまだ余裕が窺える。
彼女に本気の銃口を向けられた時、果たして自分達は生きていられるのかと。
男達は逃げ出した。
小さくなっていく背を見送って、はその場に座り込んだ。
深い溜息を吐く。
今頃になって全身が震えてきて、立っているのが辛くなったからだ。
男達に襲われた事が怖くて震えているのではない。
こちらの力を見せつけてなお、男達が逃げ出さずに向かってきていたら。
最悪、彼らの命を奪わなくてはならなかった。
それを考えると、全てが終わった今になっても、怖くて堪らなかった。
本当は誰も傷つけたくなどないから。
「……怪我はないか、?」
背後からかけられた声に肩越しに振り返ると、テスタメントが得物の大鎌を消して近付いてくる所だった。
しゃがみ込むの傍まで寄り、答えが返ってこない代わりに自分の目で怪我の有無を確かめて。
無事だと知ると、ほっとしたように一つ息を吐いた。
テスタメントが現れて、たったそれだけの動作を見せられただけで。
不安定だった精神が落ち着きを取り戻していくのを感じた。
自分の口からも、ほっと息が零れる。
テスタメントに笑んで見せ、大丈夫だよ、と少し遅れた返事をした。
「強い法力を感じた。その銃の力か?」
「法力自身は私のものだけど、それをコントロールするのはこの銃だから…銃の力って事になるのかな。
これ、私の父のお手製なの。形見…みたいなもの」
変わった形見でしょ。
テスタメントの視線を受ける銃を、そっと胸に抱え込む。
何か意味があった訳ではなく、銃を意識したらそうしたくなった。
自分にとって何よりも大事なものだから。
テスタメントは何も言わず、の見ている中ふと視線を逸らした。
逸れた先を追うと、一枚の紙が落ちている。
歩み寄り、拾い上げたテスタメントが、僅かに息を呑む音が聞こえた。
落ちていた紙は、賞金稼ぎの男達が落としていった手配書。
書かれている名は『=』。
遠目からそれを確認していたは、テスタメントにそれを見つけられても大した動揺は無かった。
ここに住まわせて貰うなら、いずれは話さなければならない事だと覚悟は出来ていた。
驚いた顔で振り向くテスタメントの目を、逃げる事無く見返す。
「『コロニー脱走者』という事は…、お前は…」
音にならない声で問いかけられた内容に。
立ち上がって、どう説明をしようものか、困った笑みを向けながら。
「コロニー脱走ってのは間違いだけど。それ以外は書いてある通り。」
私は、ギアになる以前、ジャパニーズだった。
簡潔にそう答えるしかなかった。
瞠目するテスタメントに、ただ笑いかけて。
今回のテーマは「銃の使い方初披露☆」と「元ジャパニーズだとカミングアウト」。
冒頭で喋ってた人達は次のお話で明らかになります。
彼らのセリフ「他の者に動いてもらえば良い」は、ヒロインの首に賞金をかけて
賞金稼ぎに追ってもらえば良いという意味です。ネタばれ。
話の構成なんていつも勢い任せ!!
戯
2006.2.22
2008.10.22 加筆修正
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