ソルの剣は重いと、武器を交える度に痛感する。


今回も何合も打ち合っている内、根こそぎ体力を奪われてしまった。
体に負った傷も少なくない。


たまらず膝をつき、大鎌を支えとしてようやく体勢を保っていられた。
対するソルは封炎剣で肩を叩きながら、未だ余裕の体でテスタメントの眼前に佇む。


剣に、それまでに層倍する炎が宿る。





「いい加減、失せろ」





言葉と共に振り下ろされる死の宣告。


今まで何度となく仕合い、その度に勝敗を喫せずにきたが、結局はこの結果だ。


の事も、それ以前にここにいたあの娘の事も。
自分は最後まで守り通せなかったと、無念の思いが胸に満ちる。





しかしはきっと森を抜けただろう。
彼女が逃げる手助けになれたと思うと、僅かながらも心が救われた。


ただ、『森』を守り続けられないのは残念だ。
『青い髪の娘』の事を思い浮かべ、すまない気持ちになる。





そのどれもがこの一瞬で全て終わるのだ。


眼前に迫る炎。





       お前はどこまで行った?





最期に、穏やかな思いでそんな事を考える。








 強い法力が頬を撫でる。










「リベリオン!!!」










突如として背後から烈声が響いた。
同時に大きな何かが爆ぜるような衝撃と轟音が体を内側から震わせる。


それが法力の破裂だという事に大分遅れて気付いた。


眼前に広がっていた炎が円状に切り裂かれ、間もなく全てが鎮火してしまった。
次いで炎が消え失せた向こうで、ソルの腕に深い切り傷のようなものが生じ、赤い血の筋を作っていた。


無意識に、テスタメントの目が背後へと向けられる。





この法力を知っている。この法力は、彼女の   





………」





逃げたはずのが正面に銃を構え、そこに凛と経っていた。


彼女の姿を見た刹那、生きていた事の喜びよりも怒りにも似た激しい焦りがテスタメントを襲う。





「何故戻ってきた!?」





がびくりと身を強ばらせるのを見て、疲弊しきった体でもまだこれだけの声が出せたのかと自分で驚いた。
つまり、それほどまでに自分は焦っている。


一体自分はどんな顔をしているのだろう。
の瞳は不安と怯えに揺れている。


しかし反面、不思議なほど強い意志に溢れているようにも見えた。


やがて震える声で言葉が紡がれる。





「どうしても、戻ってきたかったから………」

「馬鹿な真似を……!!」

「あはは……やっぱりそう思う?でも、何とでも言って」





乾いた笑いで体が揺れた為だけとは思えないほど、構えた銃口が揺れている。
灼熱の炎そのもののような気配を纏う男を前にして、のような戦い慣れていない者が平然としていられる訳がなかった。


なのに彼女の表情は、立ち姿は、あくまで毅然として揺るぎない。


その堂々とした態度に、テスタメントが息を飲む。





……どうして………」





その言葉の先は、焼かれるような痛みに吹き飛ばされた。


否、現に肉体は切り裂かれると共に実際炎に炙られ、その衝撃で宙に浮かんでいた。


一拍後、地面に叩きつけられる。


遠くでが名を叫ぶ声を聞いた気がしたが、全てが自分から離れた所で行われているようで何も反応が返せなかった。







 この状況はソルにやられたのだと気付いたのは意識を手放す寸前だった。




















「テスタメントっ!!」





 それは最早悲鳴だった。


吹き飛ばされて地面を滑り、木にぶつかってようやく止まったテスタメントが動かない。


気を失ったか、或いは………


最悪の事態を想像し、ぞっとなってはその考えを振り払った。
そんな事を思うだけで足が力を失いへたり込んでしまいそうだ。


まだダメだ、まだ何も終わってはいない。
己の気力を振り絞り、足に力を入れる。


刹那、正面から途轍もない威圧感を伴った気配が吹き寄せ、先程とは違う意味ではぞっとなった。


炎の宿る切っ先がに向けられていた。





「残るのはテメェだけだ」





『逃げろ』と本能が警鐘を告げている。
このまま相対すれば生命の保証など皆無だというのに、しかしは唇を噛みしめながらも逃げようとはしなかった。


射殺すが如き眼差しを、毅然として睨み返す。





「まだ、テスタメントがいる。」





その希望がまだ残されている限り、絶対に逃げない。
そういう意志がの目からはっきりと見て取れた。


カチリと、撃鉄を起こす音が響き、渾身の力を込めて引き金を引く。





「リベリオン!!」








 その時。
ソルの目はの背から青白い光が立ち上っているのを確かに見た。








「そこか」





弾と化した凄まじいまでの法力の轟音が森の全ての音を打ち消す。
だがその威力でさえも、ソルの総身から溢れるように広がった先程に層倍する炎にぶつかると相殺されてしまう。


ソルが炎の残滓に紛れ、は一瞬彼の姿を見失った。





そして。








「終わりだ。」








背後から聞こえてきた声に、何が起こったのか分からなかった。


時間にすればほんの一瞬。
ソルにはその一瞬で十分だった。








が振り向くよりも速く封炎剣を振り抜く。


赤い炎の筋がの背に走り、悲鳴にもならぬ声が漏れる。
同時に、の背が一際青白い光を発した。


背を間近にして分かったが、それはよく見れば文字の羅列であった。


光……法力によって書かれた文字は、ソルの法力を受けて強く輝き、やがて細かな光の欠片となって消えていく。








が力無く地面に昏倒した。




















 炎の名残が消え失せると、辺りは静寂に満たされた。
ソルは静かに空を見上げる。


雲行きが怪しい。
遅かれ早かれ雨になるだろう。


ふと、倒れたを見やる。


その手に握られる、黒科学と法力の融合した武器。


それを回収せんと手を伸ばし、の手が銃から離れない事に気付いた。





「嫌……取らないで……っねが………っ!!」





気絶してもおかしくない傷を負って尚、は意識を保っていた。


途切れ途切れでか細いながらも、必死に銃を持って行かれる事に抵抗している。


ソルがどんなに銃を引っ張った所で、この手は離れないだろう。
体に力を入れたせいで背の傷から血が溢れだしているというのに、尚離さないのだから。





「形見なの……!父さんと、母さんの…………!!」





唯一残った両親との『絆』を失いたくないからこそ。
失う事を恐れ、怯え、泣きながら訴えかけてくる。


その姿に、ソルは目を細めて小さく嘆息した。





首筋に小さな衝撃を感じた。
視界がぐらりとぶれる。


ソルが身につける赤い色が滲むのを意識しながら、の視界は暗転した。




















 ぽつりと、頬に感じた軽い刺激が、テスタメントを意識の底から浮上させた。


どんよりと曇った空から水滴が落ちてきている。


雨だ、そう認識したのと同時に、テスタメントは全てを思い出した。


の名が閃光のように脳裏を走り抜けた。


腕に力を込め、時間をかけて上体を起こす。
完全では無いが、歩くのに支障ない程度にダメージは回復している。
今この時ほど己の体がギアである事に感謝したことは無かった。


早くを探さなければ。
焦る気持ちばかり膨れ上がり、テスタメントは気を落ち着けながら彼女の姿を探した。


そして程なくその姿を見つける。


背が血で赤く染まり倒れ臥しているという予想もしなかった状態で。





「………っっ!?」





自分も怪我人である事も忘れ、無我夢中でに駆け寄る。


近くで見る顔は血の気を失い、初めて会った時以上に白かった。
顔がそこまではっきり確認できるのは、彼女の前髪が短くなっているからだと遅れて気付く。


長かった前髪が直線的に無くなっている。


傷に響かぬよう細心の注意を払って抱き起こし、耳元で何度も名を呼ぶ。


触れたはひどく冷たかった。


テスタメントは己の体温さえ分け与えるように、の体を強く抱きしめる。





「………テスタメント………?」





ふと、赤と黒の目が現れる。


の意識が戻ったのだ。
ただそれだけで驚くほど自分が安堵しているのを感じつつ、テスタメントはの体を抱え立ち上がる。


雨は緩やかに強さを増していく。
このままでは彼女は、たとえギアに近い治癒能力を持っていても、体温を奪われ命を落とすかも知れない。





「すぐ戻ろう。早く傷の手当てをしなくては……」

「……テスタメント………」





吐息に近い声で名を呼ばれる。


テスタメントは視線をやり………そして瞠目していた。


いつの間にか、が泣いていたのだ。
耐え難い悲しみが涙となって溢れだし、それでもまだ悲しくてどうしようもないような顔をして。





「リベリオンを……形見を、持って行かれちゃった……なくなっちゃったよぉ………!!」





震える手でテスタメントの服を握り締め、はただ泣き続けた。





















ヒロイン、ソルに形見を奪われるの巻。ついでに前髪も。
テスたん、ヒロインのピンチに間に合わなかったり敢えなく吹っ飛ばされたり、良い所無い気がする。
戯はこれでもギルティの中ではテスたんが一番好きなのになぁ。
何でしょうこの扱いのひどさ。

ヒロインの背に突如現れた法力の文字は、旦那が狙うべきものです。
でもとりあえずこの連載では明かされる予定はありません。
気が向いた時に書くかも知れないので、『紅と黒』短編の方をお楽しみに。



2006.3.13

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