「姿が消えるだけなら、ぼくの『法皇の緑』を張り巡らせれば捕えられると思ったんだ。どうやら上手くいったようだな」
いつの間にか路地を縦横に伸びていた『法皇の緑』の触脚。
その内一本が蠢き、空を掴むような動作をして伸び上がった時、初めは触脚の先で輪の形を描いただけに見えた。
しかし僅かの後、その輪の中に人の足首が現れ、それから膝、腿、胴と明らかになっていく。
カーテンを開くのにも似た動きで、承太郎達の視線の先、『法皇の緑』に片足を吊られた人が現れたのだった。
ポルナレフが意外の色を滲ませて口笛を鳴らす。
「こいつは驚いた!女の子じゃあねえか!」
天地を逆にしたその姿に、多少の差はあれど皆一様に驚きの目を向ける。
承太郎らと同じか、それより幾らか年若い女がそこにいた。
受け身も取れず投げ出された腕は細く白く、振り乱された長い髪は対照的に艶やかに黒い。
ホットパンツにTシャツというラフな姿で、触脚に搦め取られた足にはレースアップのロングブーツを履いている。
逆さ吊りにされているが故にTシャツの裾が捲れ上がり、柔らかく曲線を描くウエストのラインが晒し出され、
ポルナレフに続き、ジョースターが喜色に満ちた声を上げた。
「おお!こりゃ眼福じゃのう!」
「言ってる場合かじじい……」
「ま、いつまでも呑気させてはくれんようだが」
孫からの呆れた眼差しを軽く躱し、ジョースターはすぐに表情を引き締める。
視線の先で、女が吊られたままの体勢で銃を構え直した所だった。
踏み締める地面がないのでは狙いも定めにくい筈だが、その銃口は迷いもせずひたりと静止している。
向けられるのは、正面から見据える、承太郎の眉間。
間髪入れずに引き金が引かれる。
女のスタンド能力が無効化した今、初めて銃声が一行の耳を劈いた。
先だってアヴドゥルが危惧した至近距離からの発砲である。
対して、狙撃された承太郎は冷静だった。
「弾道が分かってれば、止めるのなんざ煙草に火を点けるより簡単だ」
今や狙撃手の位置は明らか。
身動ぎの一つもせず、承太郎は悠々とスタンドを発現させ、迫る銃弾を易々と掴んで止めた。
その、直後だった。
「ぐっ……!?」
俄かに上がった苦悶の声に、銃弾に向いていた皆の目が一斉に声の主へと向かう。
狙撃された承太郎のものではない。
何故か花京院が苦痛に顔を歪ませ、左手を押さえていた。
左手の甲にかぶせた右手指の隙間から、じわりと赤い色が零れてくる。
ポルナレフが仰天して声を張り上げた。
「どうしたんだ花京院その手!?切ったのか?いつ!」
「……いいや、切ったんじゃない。切られたんだ」
「切られた?」
「……抜けられた」
ポルナレフとは対照的に、負傷した筈の花京院の声音は静かなものだった。
一瞬見せた苦痛の色もぴたりと収め、その眼差しは強く一点を見つめている。
初めこそ言葉の意図を掴みかねた一行だったが、花京院の眼差しを辿り、すぐに気付く。
宙に吊られていた女が、いた筈の位置の真下の地面に蹲るようにして伏せている。
皆の注意が放たれた銃弾に向けられた僅かな隙を突き。
方法も、気配も悟らせず、あまつさえ自身を捕えた花京院に一矢報い。
女は触脚の拘束を逃れ、乱れた髪の隙間から覗かせた凍える瞳で、承太郎をひたと見据えていたのだ。