アンとの一戦で疲弊し項垂れる、その背後でドアをノックする音がした。
はうっそりと顔を上げる。
本音を言えばしばらく動きたくはなかったのだが、滞在を目的とするホテルで居留守を使う訳にもいかない。
疲れた体をおして来客の対応に向かい、ドアの前で一度呼吸を整えてからノブに手をかけ、
「はい……あ、」
応じて開けたドアの向こう、眼前にそびえる胸板に、一瞬言葉を失った。
向かいの壁との距離はこんなに近かっただろうか、いやいや。
予想していなかった光景に、現実から逃げようとする意識。
それをどうにか捕まえて、は胸板の上にある顔を確かめる。
部屋を訪れたのは、ついさっき別れたばかりの青年。
「えっと……くー……」
「……空条だ」
学生服を着た二人の内、帽子をかぶった方の青年だ。
室内でも帽子を脱ぐ気はないのか、鍔の下から少しだけ覗いた目がを見下ろしている。
「空条さん。どうしたんです、何かありましたか?」
急な訪問の理由を尋ねながら、ちらりと視線を移す。
胸板の衝撃で気付くのが遅れたが、空条の背後に控えるように、もう一人の学生服の青年もいた。
花京院と名乗っていたか。
二人とも珍しい名字だということは、記憶がない状態でも何となく分かる。
花京院とぱちりと目が合い、軽く会釈される。
外で初めて会った時と同じだ、と思いつつ釣られて会釈を返すの前で、
「じじいの部屋に呼ばれた。あんたも来るんだ」
「呼ばれた……?」
「訳ありってやつだ」
答える空条の言葉は少なく、は事情を呑み込めない。
困って首を傾げていると、空条の視線が動いた。
「あれ、ジョジョ?」
背後から生じた声に振り返ると、来客を気にしたアンが寄ってきていた。
その手には先程水を注いだまま放置していたコップ。
涼しげに揺れる水面に、はほんの少し、喉の渇きを覚える。
「いたか。いいか、しばらく部屋から出るな」
「え?」
姿を目に留めるやおもむろに言い付けた空条にもアンも思わず目を丸くする。
自分にはついて来いと言ったのに、アンは置いていくのか。
疑念を浮かべるの視線を一瞥し、
「後でまた迎えに来る」
空条は、ドアを塞いでいた長躯を一歩横へ移動させる。
開けた視界に、ついて来いという無言の内の催促を感じた。
「さあ、さん」
空条に次ぎ、花京院には言葉で促され。
一瞬迷うも、今の自分に拒否権はなく、それを拒否する理由もない。
アンを残し、ジョースターが何の目的でのみを呼びつけたのかは分からないが。
覚悟を決めて、一歩部屋を出る。
応じた事を確かめて、空条が先に立って歩き始めた。
その背に続いても歩を進める。
「知らない人が来ても、決してドアを開けるんじゃあないぞ」
背後では花京院が、部屋に残るアンに念押しをする声がしていた。
アンを一人残すことに、或いは一人連れ出されることに。
覚悟を決めたとはいえやはり少し不安を覚える部分もあり、は足を止めずつい部屋を振り返ってみた。
念押しを終え小走りに追いかけてくる花京院の向こう。
腑に落ちない表情ではあったが、一応は言い付け通り部屋に戻ろうと身を返すアンの姿があった。
その視線がふと上げられ、とかち合う。
ノブを引くアンの手が一瞬止まり、少しの間見つめ合う。
するとアンは、部屋に戻りかけていた体をドアから乗り出し、
『ストリップ。がんばれよ!』
服を脱ぐジェスチャーからの、サムズアップと笑顔のウインク。
「どうかしましたか?」
「誰がやるか!」という叫びは、訝しげに花京院に尋ねられたことで、辛うじて喉の奥に押し込んだ。
一応は決着がついた筈の勝負から、まさかの一撃である。
忘れかけていた所にもたらされた思いがけない動揺を、どうにか落ち着けている内に、アンは部屋へと戻ってしまっている。
「……何でもないです」
ようようそれだけ答えたが、何でもないようには見えない、と花京院は今にも問うてきそうな表情だ。
重ねて訊かれても困るので彼の顔には気付かなかった振りをして、は前を行く空条へ声を掛ける。
「空条さん、私達は何でジョースターさんに呼ばれたんですか?」
教えてくれなければ行かない、とまで言うつもりはないが。
アンと区別して自分が連れ出される、その理由を、聞かせてくれた方が納得は出来る。
しばしの無言の後、空条は振り返りもせず、冷静な声音で簡潔に答えた。
「ポルナレフが、刺客の襲撃を受けたらしい」