僅かだが余裕の生まれたは、それから心に浮かんだことを浮かぶままに口にした。
空条らの印象、シンガポールの天気。
他愛のない内容に織り交ぜて、記憶を失ったことからくる不安をほんの少し。
取り留めもなくあちこちへ話題は飛んだが、アヴドゥルはそれを相槌を打ちつつ聞いてくれた。
彼の本職は占い師なのだという。
言葉に説得力があるのも聞き上手なのも、には頷ける気がした。
「手当は済んだかな?」
タイミングを見計らったように、話の切れ目でジョースターが声をかけてきた。
丁度両手とも包帯を巻き終わった所だったので、アヴドゥルから解放された手をジョースターの眼前に晒す。
血の滲みもなく、綺麗に巻かれた真っ新な包帯。
痛々しい傷口を覆い隠すそれをじっと眺めて、ジョースターは納得したように頷いて笑った。
「どうやら大丈夫そうじゃな。痛みは?」
「少し。……でも、動かすのに支障はありません」
「おいおい、痛むのに無理に動かしちゃあイカンぞ。傷が開いて治りが遅くなってしまう」
痕が残ったりしたらどうする、と。
つい今しがたまで笑っていたというのに、眉を寄せて、気難しげな顔で諫言する。
短い間にくるくるとよく表情の変わる人だ。
精悍ながらも愛嬌のある、表情豊かな顔つきは、に親しみやすさを覚えさせる。
気遣いを感じさせない自然な振る舞いは、恐らくジョースター生来の性質なのだろう。
年長者であることと、会って間もない相手に宿泊費用を出してもらっていることから、は多少の引け目を感じていたが、
アヴドゥルとの会話によるカウンセリングの効果もあったか、それが緩やかに解れていくのが分かる。
「気を付けます」
一歩、心の距離を縮めるつもりで肩を竦め答えると、ジョースターは再び笑ってみせた。
「ところでさっき、スタンドを知らないと言っておったようだが」
向こうで空条らと何事か話し合っている時に、こちらの会話が聞こえていたらしい。
ジョースターが切り出した話題に、一度は流しかけた疑念が再度呼び起こされる。
「そうなんです。……私も知ってるものだったんでしょうか?」
答えるの脳裏を過るのはアヴドゥルの呟き。
『その記憶もないのか』と彼は言った。
記憶を失う前ならば、自分は「スタンド」というものを知っていたのだろうか。
残念ながら今となっては、スタンドという言葉の響きに反応する何かは自分の中から失われている。
その欠けてしまった部分を補填する為にも、この話は聞いておきたいことであった。
の眼差しを受けて、ジョースターが一度、意外そうな顔を見せた。
そして「ああ、覚えてないんじゃな」と独り言ちて納得した後、
「知ってるも何もくん、君もスタンド使いなんだぞ」
さらりともたらされた回答。
その意味を理解するのに、は瞬き数度の時間を要した。
「……ええっ!?」
「というか、ここにいる全員がスタンド使いだ」
「全員っ!?」
驚愕するへ更なる追い打ちをかけるように畳みかけるジョースターはにやにやと笑っている。
反応を面白がられているのが分かったが、それに不服を申し立てられる程の冷静さは、今のにはなかった。
アヴドゥルは「スタンド」の説明するにあたり、簡単に『超能力の一種』だとした。
科学では説明の出来ない、超自然的な力。
万人が使えるものではなく、イカサマ、ペテン、手品だと一蹴されることが多い。
それがどうだ。
ジョースターはがスタンド使いだと言うし、更にはこの場にいる全員がスタンド使いだという。
この部屋における超能力者の割合が、世間一般のそれと比べておかしくはないか。
記憶の穴を埋めるつもりが、とんだ混乱を与えられてしまった。
思わず狼狽えて泳がせた視線の先に、口に手を当ててこっそり笑いを押し隠す花京院が見えた。
「スタンドとは、生命エネルギーが作り出すパワーある像のことを指す」
おほん、と一つ咳払いをして、ジョースターが話を続ける。
「この像というのは人それぞれ姿が違って……まあ、説明するより実際見た方が早かろう」
未だ混乱から立ち直り切れていないが、ぎこちなくもどうにか戻した目の前へ、ジョースターの右手が差し出された。
手袋を嵌めた、特に変わった所もない手だ。
この手の何を見せるというのか。
訝しがり、まじまじと目を凝らすの前で、
「『
「!?」
突如として上がる烈声に、驚いて身を引く。
そして一拍遅れて、は瞠目した。
差し出されたジョースターの右手。
そこに、紫色の蔓のようなものが巻き付いていたのだ。