「え……何、これ……!?」
「驚いたか?これがわしのスタンド
ジョースターの声にろくな反応を返せないまま、は眼前のものに視線を注ぐ。
錯覚か何かかと何度か瞬きを繰り返してみたが、それは消えることなくジョースターの右手に絡みついている。
予備動作もない状態から、それは唐突に現れたのだ。
幾重にも伸びる、紫の蔓。否、茨か。
これがジョースターの言う「スタンド」というものなのか。
「わしのは茨の像じゃが、他の皆は人型で……」
流暢に解説を続けるジョースターの声が、不意に止む。
目は茨に奪われつつも耳は話に傾けていたので、その急な変化をは怪訝に思い、顔を上げる。
振り仰いだジョースターと視線が交わることはなかった。
彼の見開かれた目は、上方へと向けられている。
奇妙な反応には小首を傾げつつ、ふと視界の端に捉えた学生二人も、同じような表情をしていることに気付く。
「あの……?」
彼らは何を見ているのか。
起きている事態を把握出来ず、は少し狼狽える。
「、どうやら君のスタンドも人型のようだぞ」
その空気を最初に破った声に、は傍らへと視線を向ける。
先程までと変わらない様子のアヴドゥルが、しっかりとした眼差しをこちらに向けていた。
目が合う、ただそれだけのことで少し安堵したが、
「……人型?」
訊くと、アヴドゥルは指を差して『見ろ』と促してくる。
彼の指が示すのは自身の頭上。
ジョースター達が見ているらしいのもその辺り。
訳が分からないながらも、上に何かあるというのは伝わったので、言われるがままにゆっくりと目を上げ。
「記憶がなくとも、体は覚えている。出せたようじゃな、くんのスタンドが」
驚かせた甲斐があるというものじゃ。
ジョースターの何故か得意気な声を、意識の端に聞く。
頭上、を背後から抱き込むように、人の形をしたものがそこにいた。
うっすらと透けて見えるそれを、は呆然として見つめる。
それは女性の形をしていた。
柔らかな曲線を描く肢体に、袖を通しただけの羽織を纏う。
赤みを帯びた長い髪は、水の中を漂うように部屋の中へ広がっていた。
顔の左半面には縦に割った面を被り、晒された鳥のように虹彩の大きな目が覗く右半面に表情はない。
彫像のように滑らかな顔であるのも相俟って、面の下すらも面のようだった。
「これが私の……スタンド」
姿を目の当たりにして、口にして。
記憶を失ってから初めて、パズルのピースが嵌ったような手ごたえを感じた。
何かが思い出せた訳ではない。
未だに自分の中には虚ろが満ちている。
けれど目の前にいるこの「スタンド」は、確かに自分のものだという思いが胸の内に強く宿った。
近くで揺れる羽織の袖へ、そっと手を伸ばす。
袖先へ向かうにつれ鳥の翼を模るそれは柔らかそうに見えたが、確かめることは出来なかった。
振れたと思った手は、何も掴めずそのまますり抜けてしまったからだ。
「スタンドは基本的にこちらから触れることは出来ん。加えて、今ののスタンドは……ひどく力が弱いようじゃ」
難しげなジョースターの声がする。
のスタンドの向こうに、ホテルの部屋の壁が見えていた。
テレビにノイズが入るように、時々体の輪郭もぶれている。
「パワーが強ければ強い程、スタンドもはっきりとした形で現れる。
記憶を失くした不安定な精神状態が影響してるんじゃあないでしょうか?今のではスタンド能力を使う前に……ああ、ほら」
ジョースターに応じたアヴドゥルの話が終わるのを待たず、現れたスタンドがみるみる形を失っていく。
色は薄れ、顔も分からなくなり、最後にはに吸い込まれるようにして消えてしまった。
発現出来たのも半ば偶然だった現状、消えるのを押し留める手立てなどない。
霞のように消えたスタンドを惜しむ気持ちは、知らず落胆の吐息となっての口から洩れた。
「記憶が戻ればきっと自在に使えるようになるさ」
アヴドゥルの励ましに、スタンドの消えた虚空から視線を戻す。
スタンドを使えるようになるか否か。
正直な所、それに関して言えばあまり重要視はしていない。
ただ、折角掴みかけた、この身の虚ろを満たすものが掻き消えてしまった。
そのことだけを惜しく思う。
「……頑張ります」
アヴドゥルの言葉を訂正はしない。
彼の心遣いを受け取って、は本心を呑み込んだ。