ポルナレフの傷は、素人目にも酷いと分かるものだった。
左手の切り傷、首筋の噛み痕、それに両足。
左足など特に酷く、肉がごっそりと抉り取られてしまっている。
幸いにも神経には障っていないようだったが、右足の裂傷と併せ、歩く度に生じる痛みは相当なものであっただろう。
9階の彼の部屋から12階まで、よくぞ来れたものだ。
恐らく足を進めて来られたのは、彼の気力によるものだ。
一度張った気が緩んでしまえば、立ち上がることも容易ではない。
その証拠に、壁にもたれてへたり込んだポルナレフは、荒く息を吐くばかりで動こうとする素振りを見せなかった。
「ポルナレフさん、立てますか?」
先程アヴドゥルにしてもらっていたように、彼の傍らに膝をつき、声をかける。
気怠げに持ち上げられた青の目が、丸く見開かれてを捉えた。
「こいつは驚いた。君も来ていたんだな」
「私も……スタンド使い、らしいので」
「……そうか、そうだったな。参ったな、カッコ悪いとこ見せちまった」
の存在は想定外だったのか苦笑してみせる、ポルナレフの顔には疲労の色が濃い。
こうして話をしているのも、実は辛いのではないだろうか。
まずは手当てが先決だが、こんな端の方にいては何をするにも動きにくい。
せめて皆がいる向こう、ソファの方までは移動してもらいたかった。
「格好つけるなら後でお願いします。もう少し歩けますか?辛ければ肩を貸しますから」
例え必要ないと言われても、は肩を貸すつもりでいた。
この傷では歩けたとして、相当の負担がかかると容易に想像が出来たからだ。
ジョースター達の厄介になるばかりでなく、せめて少しでも手助けがしたい。
その一心で、返事も待たずにすぐさま担ぐ勢いでポルナレフの手を握る。
そのの肩を、背後から誰かが叩いた。
「言っておくが、君も怪我人だからな。無理をしてまた傷が開いてはいけない」
振り返った先に、アヴドゥルの苦笑があった。
肩に触れる温かな手に、そっと力が込められる。
はその意図を察して、一歩脇へと退いた。
こちらは非力な女で、アヴドゥルは男。
ポルナレフに手を貸すならどちらがより適任か、考えずとも分かる。
「全く、自分で宣言した時間も守れないのか、お前は」
「へっ、乱れたヘアスタイルのセットに時間食っちまったんだよ」
「髪より先にどうにかしないといけない所だらけじゃあないか」
「あーあーデーボの野郎に襲われてこの上アヴドゥルの小言まで聞きたくなんざねーぜおれはよ」
と立ち位置を変えたアヴドゥルの差し伸べた手を、ポルナレフが掴む。
そのまま引き上げられ、肩を貸される姿を、は茫洋として眺める。
ふと、ポルナレフが振り返り、目が合った。
「おれとしちゃあ、アヴドゥルなんかより女の子の肩抱いた方が断然嬉しいんだが……ま、こればっかりは仕方ねーな。
このナリで触れたんじゃあ血で汚しちまう。今回は気持ちだけ貰っとくぜ、」
心配してくれてありがとな、とウインクを一つ飛ばされ、は目を瞬く。
「私が嫌なら一人で歩いてもらっても一向に構わないのだが?」
「おいおい言葉のアヤってやつだろ?感謝してるぜ、アブドゥルさん」
本気なのか振りなのか、聞き咎めて身を離そうとするアヴドゥルを、ポルナレフが慌てて捕まえる。
そして二人連れ立ち部屋へ戻って行く姿を見送りながら、はそっと、己の胸に手を当てた。
そこに渦巻くのは、血塗れのポルナレフを見た時の、抗いがたい衝動。
駆け寄らざるを得なかった、突き動かされる烈しさ。
「これで、二回目……」
ぽつり呟くの脳裏に、少し前の記憶が蘇る。
この場に至るまで連なる記憶の出発点。
路地裏、ジョースター達と初めて顔を合わせた時。
笑いかけるポルナレフを眼前に、この口を突いて出かけた何か。
自身に起きた緊急事態に、気にしている余裕もなく忘れていたが、あの時にも確かに奇妙な衝動があった。
ほんの一瞬の出来事で、形を成す前に身の内へ引いていってしまったそれ。
過去と今と、はその二つが同種のものであると感じ取っていた。
答えは自分の中にあるのに、像を結ぶには至らず消えてしまう。
それはきっと、失われた記憶に付随する何か。
自分では予測もできない、衝動の正体。
はそれが知りたかった。