アヴドゥルとポルナレフより僅かに遅れる形で、は部屋へと戻る。
既に手当てが始められていて、「痛ってぇ!」だの「もうちょっと優しく巻いてくれ」だのと文句が飛んでいた。

ポルナレフ1人が加わるだけで、部屋は随分と賑やかになった。
皆の目はその騒がしい一角に集中しており、誰もに気付かない。

幸いとばかりに、は深呼吸をして心を落ち着ける。
自分は未だ彼らの庇護下にある。
この決心を伝えるにあたり、言い包められないように腹を据えていかねばならなかった。

「ジョースターさん」

向けられる文句を軽くあしらうアヴドゥルを見ていた、ジョースターへ声をかける。
振り向き、の眼差しに気付くと、ジョースターはにこりと笑って、

「どうしたね、くん?」
「さっきの話なんですけど」
「さっき?」

言い指された事柄が分からず目を瞬かせるのへ、は一呼吸置いて本題を告げた。

「……財団の保護ではなく、皆さんの旅に同行させてもらえないでしょうか」

ジョースターが笑顔のまま固まる。
の宣言が聞こえていたらしく、皆も視線を一身に浴びる。
水を打ったように静まり返る室内で、ただ一人ポルナレフだけが、

「何?何の話?」

事情を呑み込めず、きょろきょろとして説明を求めていた。

「……待て。ちょーっと待ってくれ」

固めた笑顔をようやく引っ込め、眉を顰めて呻くようにジョースターが声を上げる。

「そりゃあ、あれじゃな。君の今後についての話の続き」
「はい」
「財団の保護下で、ゆっくり記憶を取り戻しなさいと」
「はい」
「DIOは危険な男だから身を隠しなさいとも」
「聞きました」
「...OH, MY GOD. そこまで分かっていながら何故わしらについてくるなんて答えが出るんじゃ?」

重ねて首を振るの前で頭を抱えてしまう。

予想はしていたことだが、やはりジョースターを困らせてしまったようだ。

額に手を当て、半ば隠された顔には困惑の色が浮かんでいる。
申し訳ないとは思ったが、だからといってここで宣言を翻す訳にはいかない。
翻すつもりもない。

ここで口にするのは、詫びの言葉でもなく、

「……皆さんの旅に同行することが、私の記憶を取り戻す一番の近道だと思ったからです」

意志を押し通す為の、疑問符に対する答え。

「皆さんはDIOという人を目指して旅をしているんですよね?
……私が記憶を失ったのも、その人の『肉の芽』のせいだと聞きました。
なら、記憶を失った原因に会えば、取り戻すきっかけも得られるんじゃないかと、そう思ったんです」

つらつらと紡ぎ出されるこれは表向きの理由だ。
彼らの旅に同行しようと決心した、その本来の理由は敢えて口にしない。

「何か」に反応して起こる衝動は、ジョースター達といる時に起こった。
はあれに、自分の中に眠る記憶との繋がりを感じた。
彼らの旅に同行すれば、衝動が起こる回数も必然的に増え、いつか何かの拍子に記憶を取り戻せるのではないか、と。

体験した本人にしか分からないような感覚を説明されてもジョースター達が困るだけだと思ったし、
自分ですら掴みかねている感覚を他人に上手く伝えられる気がしなかったからだ。

だから、「DIOを目指す」という表向きの理由を用意したのだ。

「私は早く、自分が何者であるか知りたい」

言葉と共に、ジョースターへひたと眼差しを向ける。
ジョースターは困ったように頬を掻き、

「ウーム、参った。君の気持は分からんでもないが、この旅は恐らく君が考えている以上に過酷で危険じゃ。
命を狙われることだってあるしのう」

唸りながらちらりと視線を送ったのは、手当の終わったポルナレフ。
その意味を察し、ポルナレフは包帯だらけになった自身の体を、両手を広げて示してみせた。
たった今、命を狙われて負ったばかりの怪我だ。
こういう事態が今後も続くのだと、ジョースターは言っていた。

関係のない他者を危険に巻き込みたくないと思う気持ちは、としては分からなくもない。
けれど。

「自分のことが分からないまま過ごす日々なんて、死んでいるのと同じだわ」

いつ戻るとも知れない記憶が戻る時を待ち続け、いつ見つかってしまうか分からないDIOの追手に怯えながら、
安穏に、諾々と、財団の保護のもとで日々を過ごすか。
DIOという目標を目指し、記憶を取り戻す為に自ら行動を起こすか。

到達点は一緒でも、性質はまるで異なる。

どちらかを選べるというのなら。私は後者を選びたい。
そういう意志を込めて、はジョースターを見据えた。

視線を絡めることしばし。
先に目を逸らしたのはジョースターの方だった。
困り果てた顔をして、何とかを説得する方法はないかと問うように皆を見渡す。

「一つ訊くが」

応じるように、空条が口を開く。

「もしジジイが同行を断ったら、あんたはどうする気だ」

帽子の下から覗く眼光は鋭く、在り処の分からなくなった己の奥底さえ暴くようで、思わず息を呑む。

恵まれた体躯から放たれる眼差しの、なんと迫力のあることか。
は、自分が空条に気圧されてしまっていることに気付き、僅かに焦りを覚える。

このままではいけない。
一度深く息を吸い、気持ちを切り替える。
そしてぐっと胸を張り、答えた。

「……1人ででも、エジプトへ向かいます。DIOを目指します」












2015.6.11
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