「タロット占いといえば、名前ぐらいは聞いたことがあるんじゃあないかな」

 テーブルに置いたカード……タロットを、アヴドゥルが1枚めくる。
現れた面には、鮮やかな色使いのイラストが描かれていた。
どこかコミカルなタッチで、イラスト中央には1人の男性の姿がある。

そのカードの下部に書かれた文字を、は読み上げた。

「『スター』……」
「タロットにはカード1枚1枚に意味がある。
例えばこの『星のカード』は、大アルカナの17番目に配されていて、希望や夢、才能、チャンスといった意味を持つ。
承太郎の運命を暗示したカードで、彼のスタンド能力の暗示でもある」

言いながら、アヴドゥルはその『星のカード』と何枚かを束の中から浚い出し、
1枚ずつテーブルに並べては同じように解説を続けていく。

主に語られたのは、旅の面子それぞれを暗示するカードについて。

『HARMIT』『HIGH EROPHANT』『CHARIOTS』。
アヴドゥル自身の暗示は『MAGICIAN』だそうだ。

アヴドゥルに『MAGICIAN』。
言葉から与えられるイメージだけでも、これほどしっくりくるものは他にあろうか。
タロットについては詳しくないが、ただそれだけのことで少しだけ面白く思えてしまう。
加えて、こちらの知識の程度を量ってくれているのか、彼の解説は言葉が平易で分かりやすい。

「……そんなに熱心に聞いてくれて、わたしも話のし甲斐があるというものだ」

苦笑されて、はっと我に返る。
アヴドゥルの話に聞き入っていたようで、気が付けば随分と前のめりの体勢になっていた。

慌てて元の位置に戻ると、それでまた一つ笑われる。

「すいません……お話が面白くて、つい」
「それだけ興味を持ってくれたということだろう。謝ることじゃあない」
「はあ……それで、そのタロットで私を占うんですか?」

恥ずかしさを誤魔化すように、話題の転換を試みる。
自分でも分かる程度には強引だったが、アヴドゥルは言及してくることもなく、こちらの意図に乗ってくれた。

「ああ。君は自分のスタンドの名前も、能力も、覚えていないのだろう?」
「はい」
「占い、暗示を見ることで、それらを思い出すきっかけになるかも知れないだろう」

広げていたカードを束の中に戻しながらアヴドゥルは言う。
私のスタンド、と口の中で反芻しながら、は脳裏に昨日見たスタンドの姿を思い返した。

輪郭が朧で、ひどく不安定な様子の、女性を模った姿。
あの後部屋に戻り、アンの目を盗んで何度か自力で発現させようと試み、ついには出来なかったもの。

占いによってきっかけを得れば、あれについての何かが思い出せるのだろうか。

「……お願いします」

一縷の望みをかける思いで、アヴドゥルを見据える。
異様な緊張を抱いているへ、

「もっと気楽に、肩の力を抜いて」

淀みなくタロットをシャッフルしながら、アヴドゥルはまた笑う。

占いとは運命を決定づけるものではない。
そうは言っても、それが『自身の一部』を取り戻す糸口になるかも知れないのに、とても気を楽になどできなかった。

が固唾を呑んで見守る視線の先で、アヴドゥルの手の動きが止まる。

自身の運命を、スタンド能力を暗示する1枚に、手がかかった瞬間、

「スピードワゴン財団の者が到着したぞ」

ノックとドアの開く音に、ふつりと緊張の糸が切れた。
カードに注いでいた目を上げてドアの方を見ると、外に出ていたジョースターが部屋に入ってくる所だった。

彼の目はすぐにを捉え、ジョースターは「お」と声を上げる。

「こっちに来ていたんじゃな、くん」
「お帰りなさい、ジョースターさん」
「ああ、ただいま」

ソファから立ち上がり出迎えると、ジョースターはにこりと笑い返し、すぐに表情を改める。

「呼びに行く手間が省けたわ。すまんがくん、スピードワゴン財団の者と一緒に、ポルナレフを迎えに行ってくれんか?」
「え?」

切り出された内容に、は咄嗟に目を丸くした。
それを横目に、ジョースターはアヴドゥルへ向き直る。

「取り込み中だったかな。出来ればすぐにでも出発してもらいたいのだが」
「わたしの方は構いませんよ。後でも出来ることなので」
「そうか、すまんな」

2人の間でテンポよく話が進んでいく。

今、運命の暗示を占ってもらう所でした。
自分にとっては重要事項のそれを一言告げようと思うのだが、口を差し挟む隙もない。

戸惑った視線を彷徨わせていると、ふとこちらを向いたアヴドゥルと目が合った。
彼は既にカードをまとめ始め、ジョースターの用事に先を譲るつもりでいるようだ。

「占いならいつでも出来る。今はジョースターさんに従いなさい」

今日何度目かの笑顔を見せて、ジョースターを指し示す。
慌ただしいジョースターの様子にも動じないその態度。
もしかしたら、何か事前に聞かされていたのかも知れない。

訳を知った上でアヴドゥルが先を譲るなら、が言えることなど何もない。

「……はい」

後ろ髪を引かれる思いはあったが、今はただぎこちなく頷くしかなかった。













2015.7.11
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