ポルナレフと、彼の保釈手続きを行っていたスピードワゴン財団の職員。
外の熱気を孕んだ2人を迎え入れ、の乗る車は静かに走り出す。
の隣りに腰を下ろすと、後ろに流れていく警察署を見送りながら、
ポルナレフはタンクトップの胸元をぱたぱたと開閉させて、車内の涼しく快適な空気を取り込んでいる。
彼らが連れ込んだ熱気に反応して空調が活発に動き始め、にわかに風が強くなる。
ずっと快適な温度の中にいたには、その風が少し寒かった。
「君が迎えに来てくれるとはな。ホテルの良いベッドを逃しちまった疲れも吹き飛ぶってもんだぜ」
一晩世話になった警察署のベッドの寝心地がどんなものだったか。
何となく察せられる含みを持たせて、ポルナレフはへ向き直る。
正当防衛、止むを得ない事情とはいえ、彼は昨日人を殺めた。
にとっては衝撃的な知らせだったが、目の前にいる当事者には、それによる動揺も憔悴も見られない。
ジョースター達も、事態を把握しても至って冷静な様子だった。
旅に同行すると決めた時に、『この旅は過酷だ』と何度も念を押されたことを思い出す。
命を狙われることも、逆に殺めてしまうことも。
彼らにとっては日常の一つに組み込まれており、既に納得ずくなのだ。
身を置く覚悟を決めたものの、は早くも感覚の違いを突きつけられた思いだった。
「……元気になってくれたなら、何よりです」
何と返したらいいものか分からず、咄嗟に出たのは無難な言葉。
拘束された本人が平気そうにしていても、やはり保釈を「良かった」と喜び、労うにはまだ少し抵抗があった。
言葉選びとしてはおかしくなかったはずだが、返すまでに僅かな間が空いてしまう。
それに対するものか、ポルナレフは一瞬を不思議そうに見つめた後、
「そーそー。やっぱり見るなら暑苦しい野郎より女の子だよなー。んで?その野郎どもは今何してるんだい?」
話題はすぐにジョースター達のことへと移る。
追及されなかったことに内心安堵しながら、は彼の質問へ答えた。
「ジョースターさんとアヴドゥルさんは、今後の旅の相談をするとかでホテルに。他の皆はインドまでの交通手段を探しに出かけました」
「成程。それで唯一自由に動ける君が、おれのお迎え役に選ばれたってワケか」
「自由って程でもないですが……財団の方との用事もあったので、必然的に」
「理由は何だっていいのさ。迎えに来たのが女の子、その事実が重要なんだ」
女の子、を強調するポルナレフの言には、そこまでする必要があるのかと問いたくなる程に力が込められている。
の脳裏に昨日の出来事が過る。
彼らと
手を引きエスコートするポルナレフは、記憶を失くし動揺するの気を紛らわすように、道中色々な話を振ってくれた。
元来話好きでもあったのか、話題は尽きることなく次々と発展していく。
その中で、ポルナレフの出身がフランスの田舎町であるとも聞かされた。
フランスは愛の国ともいう。
成程、彼の優しさは生まれからきているものなのかと、は今密かに納得した。
「そうですか……。でも、私が迎えに来たことは、ポルナレフさんにとってちょっと不幸かも」
「あん?」
こちらを……女性を、持ち上げるような台詞はひとまず聞き流し。
訝しげな表情を浮かべるポルナレフへ、は続ける。
「お疲れの所申し訳ありませんが、このまま私の買い物に付き合ってくれませんか?」
ホテルで、スピードワゴン財団の車へ先導される間にジョースターから提案されたものだ。
これから旅をするにあたり、身一つという訳にはいかない。
シンガポールに来るまでにも当然荷造りはしていただろうが、記憶を失くしたせいでその荷物がどこにあるのかも分からない。
従って、が今第一にすべきは、旅の必需品を揃えることだ、と。
「ポルナレフさんを迎えに行くついでに、一緒についていってもらって服とか色々揃えなさいって……」
ポケットには、ジョースターに半ば押し付けられたむき出しの紙幣が数枚捩じ込んである。
ホテルは厚意だと自分を納得させられたが、さすがにこの金額をそのまま受け取るのは抵抗があった。
とはいえ、旅の支度をしたくても先立つものがないのもまた事実。
は散々悩んだ末に、この金を『借りる』ことにした。
記憶が戻り、返せる目途が立ったら、少しずつでも返済する。
そこが今のが妥協できるラインだった。
「一人で知らない街を歩くのは、やっぱり不安なので。一緒にきてくれるとありがたいんですが……」
ポルナレフの顔色を窺う。
用事がある訳でもない、断りはせんだろう、とジョースターは言っていたが、果たして。
「なんだ、そんなことか。そんなの不幸でもなんでもないぜ。喜んでお付き合いさせていただくよ、マドモアゼル」
に向けた訝しげな表情を解き。
ポルナレフは二つ返事で了承すると、頼もしく笑ってみせた。