日用雑貨や食料品を始め、カフェや娯楽施設などが軒を連ねる。
多種多様な業種であるのに、全ての店の外観に、どことなくシンガポールという国の気風を汲み取れる繁華街。

はポルナレフと共に通りを歩きながら、幾つか見かけたアパレルショップの中から、
旅装を調えるのにちょうど良さそうな店に目星をつけた。

ドアを押し開けて入店すると、いらっしゃいませと声が飛んでくる。
店の奥の方で何やら作業をしていた店員が、手は止めずにこちらを確認し、おや、と表情を変えるのを見た。

売り場には女性客が数人。
その幾つかの視線もちらりとこちらを見た後に、同じような顔をした。

はこういう感じの服が好きなのか?」
「好きか嫌いかで言うなら……多分、嫌いじゃないと思います」
「……覚えてないってことか」

こくりと頷くと、ポルナレフは神妙な顔をしながら店内をぐるりと見渡した。
その動きに合わせ、集まっていた視線がパッと散る。

女性向けの服を扱った店ではあるが、女性客の同伴で男性が来るのは珍しくないはずだが、
その上で彼が目を引いてしまうのは、外国人客であるゆえだろう。

はそっと、ポルナレフを見上げる。

日本人の自分とは違い、一見してヨーロッパ圏の生まれだと分かる風貌。
白皙の肌、高い鼻梁、窪んだ眼窩。
眉は薄く、少し怖くも感じるが、話してみれば気さくで楽しい人だ。
そして優しい。
ジョースター達に囲まれて身を固くしていたを一番に気遣ってくれたのもポルナレフだった。
警察から釈放されたばかりで疲れているだろうに、こちらの急なお願いにも二つ返事でついてきてくれた。

今視線を向け、逸らした女性たちは、彼を外見でしか判断する術がない。
関わりあいにならないように、と知らぬふりをする様子に、少しだけ勿体ないと感じてしまう。

「ま、時間ならたっぷりとある。新の気に入りが見つかるまで、ゆっくりと見て回ろうぜ」

見上げる視線に気づいた目がこちらを向き、白い歯を見せて笑う。
奥へ行こうと指し示すポルナレフへ、は一つ頷き、店の入り口で止めていた足を進めた。

店内をゆっくり、陳列された服を目に留めながらぐるりと回る。

時々、の後をついて歩くポルナレフから、

「その服なら向こうにあった色違いのがに似合うと思うぜ」

など、コーディネートのアドバイスが入った。

「先を急ぐ旅の空でおしゃれは二の次って考えもいいけどよー、やっぱり気を使いたいだろ?特に女の子はよ」

おしゃれをする為に買い物に来たのでは……と内心思いつつ、好意でアドバイスをしてくれているのだからと、
程よくその意見を取り入れながら、はチュニックやTシャツを何着か選ぶ。
動きやすさに重点を置いたチョイスだったが、満足のいく買い物が出来たのではないだろうか。
少なくとも今着ている緩めのTシャツ1枚よりはマシな格好になれるだろう。

選んだ服をレジへ持っていき、会計をする。

会計の間、の後ろにはポルナレフが立ち、ちらちらと見てくる店員へ向けてにこにこと笑顔を送っている。

初見では少し怖いと感じる面立ちも、ころころとよく変わる表情や気さくな内面を知ればその印象は薄れる。
短い時間で店員も慣れたようで、

「優しそうな彼氏さんですね」

会計の合間に思いもよらぬ声をかけられた。

「彼氏」

意表を突かれ、その単語を反芻する。
旅装を調えることだけを考えていて、人にそう見られる可能性は完全に意識の外にあった。
思わず固まってしまいそれ以上何も言えなくなってしまったの横から、ポルナレフが身を乗り出し、

「お、そう見える?嬉しいねえ!」
「あれ、違うんですか?」
「残念ながらおれはただの付き添い。これがデートだったら良かったんだけどな」

流れるようにコミュニケーションを取る様を、はただただぼんやりと眺める。

件のやや大袈裟な手振りを交えながらの対応。
その視線の先で買った物をまとめた手提げ袋がポルナレフに引き渡されたことに気が付いたのは、
ありがとうございました、という店員の声が聞こえてからだった。

「ほら、行こうぜ、

はっとした時には、ポルナレフは袋を片手に店の出入り口へ向かい始めている。

店員から釣銭を受け取り、慌ててその後を追いかけた。

「ポルナレフさん、荷物なら自分で持ちます」

出入り口で追いついたポルナレフへ、荷物を渡すように主張する。
ドアを開く所だったポルナレフは、その動きを一旦止めて新を見返り、

「荷物はおれが持つ。新が持つのは、こっち」

指を差したのは、自身の腕。
荷物を提げていない方の腕。

持てといわれてもそこには何もない。
意図を図りかねて立ち尽くしていると、ポルナレフに手を取られ、腕を組むように誘導された。

体が密着する。
つい先程店員に言い指された、「彼氏」の距離感で。

「包帯巻いた手を人目にさらすのも気分よくないだろ。こうすりゃ人目から隠せるし、おれも役得だしで一石二鳥ってやつさ」

驚くのと同時に、の中で一本の糸が繋がるような感覚があった。

昨日、路地裏から大通りへと出る時にポルナレフが取った一つの行動。
今と同じように、ごく自然な動作で腕を組ませた、あの動きも。
もしかすると、の負った手の傷を隠す為の、彼なりの配慮だったのだろうか、と。

組まされた腕の陰から僅かに覗く、包帯の巻かれた自分の手を呆気に取られた顔で見つめる。

「嫌なら無理にとは言わないが。でも荷物は持たせてくれよ。女の子と一緒に歩いてて自分が手ぶらなんて、格好がつかねえからよ」

何の反応も返さないのを、困っているものと勘違いしたらしい。
僅かに言いよどみながらも選択肢を与えてくれるポルナレフに、言い表せない感情が胸の内へ湧く。

見た目が少し怖くても、人を殺める覚悟を決めているとしても、根が優しい人であるのなら。
その点を信じて、自分も歩み寄る努力をすべきだと、そう心に決めて。

腕を解くそぶりを見せるポルナレフへ、は逆に自ら身を寄せる。

「ありがとう、大丈夫です。……少し、恥ずかしいですけど」

見上げて言った視線の先では、青い目が少し驚いたように見開かれていた。
それから一拍の間を空けて、照れたように目が逸らされる。

「……なら、良いんだがよ。そうして笑ってくれるんだったら、おれも報われるってもんだ」
「……笑う?」
「君の笑顔を見るのは、出会ってから初めてだ」

ポルナレフが、自分の頬を指先でとんとんと叩く。
その動作に促されて、も自分の頬へ手を当てた。

記憶を失っていることが分かってから今まで、自分の表情にまで意識を回している余裕などなかった。
余裕がなければ笑えもしまい。

そうか、自分は笑えていなかったのかと、言い指されて初めて気が付いた。

「さ!じゃあ次の店行こうぜ。次は何が見たいんだ?」
「あ……えっと、あれば化粧水とか揃えられたら……」

次に向かう店について話し合いながら、アパレルショップを後にする。

「ん、何だか騒がしいな。あっちはケーブルカーがある方向だな。何かあったのか?」

店に入った時よりも騒々しさを増した繁華街に、ポルナレフが怪訝な表情を浮かべている。

笑えるだけの心の余裕を、この人は与えてくれた。
失った記憶に触れる何かが呼び起こされるのも、また。

ポルナレフよりもたらされるものの多さを、ひしと実感しつつ。
は雑踏に視線を向けるポルナレフの横顔を、黙ったまま見つめていた。










「買い物」「腕を組ませた理由」「イエテンの舞台裏」全部詰め込んだら中途半端な長さに。

ひとまずこれにてスタクル遭遇・旅立ち編inシンガポール終了です。
連載開始からここに至るまで1年以上かかってしまいましたが、
お付き合いいただきありがとうございました。
頭の中のお話を全て書ききるまでに何年かかることやら……



2016.1.11
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