耳元で鳴るアラームの音に、意識の浮上を強いられる。
は開けた目を何度か瞬かせながら、手をさまよわせてアラームのスイッチを探り、止めた。

途端に訪れる静寂。
一晩中続いていた雨音は弱まり、かすかに人々の喧騒が聞こえてきている。

朝の気配を感じ取り、は一息ついて身を起こした。
軽く伸びをしてからベッドを下り、身支度を整える為洗面所へ向かう。


昨夜、ポルナレフのことを考え続けて眠れずにいるくらいなら、少しだけ捜しに出よう。
ホテルの周囲だけでも見て回って自分の気持ちに折り合いをつけようと結論を出し、
ジョースター達に気取られないよう、は部屋を抜け出した。

多少の物音は降り続く雨の音が掻き消してくれる。
未だ使いこなせない『スタンド』とやらを発現するまでもなく、ことは簡単に運べるはずだったのだが。

まさかの絶妙なタイミングでドアを開けたアヴドゥルに出くわし、あの時分に廊下を歩いている理由をやすやすと看破され、
あまつさえ諭されて、後にしたばかりの部屋に舞い戻る羽目になってしまった。

ポルナレフが単独行動を取ったとて、刺客の目が自分達から離れたとは限らない。
そんな中で『女性』が『夜の街』を『一人歩き』する、
刺客の危険性を抜きにしても防犯上好ましくない行為を反対されるのはごく当たり前のことだ。

もとより自分勝手な行動をしている自覚はあった。
だからアヴドゥルの方から「朝が来たらポルナレフを捜しに行く」という提案をされて、はそれを呑んだのだ。

少しの間、捜しに行くのを我慢すればいい。
そう自分に言い聞かせながら舞い戻ったベッドの上では思考が巡りなかなか寝付けなかったが、やがて旅の疲労がを眠りへといざなった。

そうして迎えた、朝である。


顔を洗い、身なりを整え部屋を出る。
廊下には誰もいなかったが、併設されたレストランがある方向からは人の気配がしていた。
ジョースター達との集合場所はそこだ。

レストランへ足を向けながら、皆に昨夜のことを伝えなくてはと考える。

ポルナレフを捜しに行きたい。
だから少しだけ、出発の時間を延ばしてもらえないか、と。

急ぐ旅をしている中で無理をいうのは気が引けるが、既に自分の心が決してしまっている以上は言わなければならないことだ。

大丈夫、アヴドゥルが同行してくれると言った。
皆に伝える時にだって、口添えをしてくれるはず。

自分に言い聞かせている内に、の足はレストランへと辿り着く。

「お、来たな。おはようくん」

入り口に立った所で、こちらが姿を見つけるよりも早くジョースターに声をかけられた。
既に席に着き、ひらひらと手を振ってを呼ぶジョースターのもとへ歩み寄る。

「おはようございます、ジョースターさん、空条さん、花京院さん」
「ああ」
「おはようございます、さん」

テーブルにはジョースターの他に空条と花京院もいたので、彼らにも朝の挨拶をする。
それから、はちらりと視線を滑らせる。

隣り合うように座ったジョースター達のテーブルには、空席が3つ。

「アヴドゥルさんは、まだ来てないんですか?」

自分と、この場には来ないポルナレフを除いたあと1人、アヴドゥルの姿が見えない。

が旅に合流して以来、アヴドゥルが集合時間に遅れた所は見たことがなかった。

食事の後の約束事もあり、今日に限って彼の姿がまだないことに、知らずそわそわとしてしまう。
一体どうしたのか、答えを求めては居並ぶ顔を見渡すと、真っ先にジョースターが応じた。

「まだじゃな。伝えておいた時間は過ぎてるが……寝坊でもしとるのかな」
「雨音がうるさくて眠れなかったのかもしれませんね。乾季のこの時期にまとまった雨が降るのは珍しいそうですから」

もっともらしい理由を花京院が付け加え、空条は考えの読めない表情で腕組みしている。

一晩中屋根を打ち、朝になり弱まりはしたものの未だ届く雨の音。
なるほど、慣れない者にとって絶えず続くその音は安眠妨害以外の何物でもないだろう。

花京院の言に納得する。
「全く仕方のない奴だ」と笑うジョースター。
それにつられるように苦笑をこぼし、ちょっと呼んできますねと、眠りの淵にいるであろうアヴドゥルを起こしに行く。

はそうしていたはずだ。
これが平時であったなら。

今のの顔に苦笑はなかった。
無表情を顔に貼りつけ、空いている席をじっと見つめる。

「どうした」

訝しげな空条の声がし、3つの視線が集まるのを視界の外で感じる。
それらに応えることが咄嗟に出来ない程、今の頭は目まぐるしく動いていた。

旅から抜けたポルナレフ。姿を見せないアヴドゥル。
昨夜の約束。

妙に、嫌な予感がする。

刹那、は踵を返し、背中にかけられるジョースターの制止の声を振り切っていた。
さして長くもない今来た道を駆け戻り、立ち止まったのはとある部屋の前。

密かな目論見を阻まれた記憶が蘇る、そのドアを数度ノックする。

「アヴドゥルさん」

呼びかけてみたが返される声はなく、ドアの向こうはしんと静まり返っている。
もう一度声をかける内に、ジョースター達が遅れてやってきた。

くん、どうしたんじゃいきなり。アヴドゥルに何かあったとでもいうのかね」

駆け出したにただならぬものを感じ、慌てて追いかけたものらしい。
困惑の色を隠さないジョースターをちらりと見やってから、はドアノブに手をかける。
力を込めてノブを捻ると、何の抵抗もなく回った。

ジョースター達の疑問に答えるより先に、確かめなければならないことがある。

そのままドアを引き、生じた隙間から体を滑り込ませる。

進んだ先にはが泊まったのと同じ、最低限の家具が備え付けられたシンプルな間取りの部屋があった。
一隅に綺麗にまとめられたアヴドゥルの旅の荷物が置いてある。
ベッドシーツは僅かに乱れ、ここで確かに休んだのだろう形跡が残っている。

しかし、アヴドゥルの姿はなかった。
集合時間に姿を現さなかったアヴドゥルは、既に部屋にはいなかった。

がらんとした室内。
その只中に立ち尽くし、は嫌な予感が現実のものとなったことを知る。

「……嘘つき」

背後でジョースター達が部屋に踏み入る気配を感じながら、

「一緒に行くって言ったじゃない……!」

絞り出すように言うには悔しさしかない。
こちらは心配する気持ちを汲み、引き下がったというのに。
引き下がらせた当の本人は、やすやすとその禁を破っていった。

2人でポルナレフを捜しに行こう。
そうを諭したアヴドゥル自身が、その約束を反故にし、1人で出て行ってしまったのだ。












2016.4.11
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