銃声を聞きつけ、慣れぬ街路を進み。
建物の角を抜けた所で、花京院は己が目を疑った。
ぱさりと、濡れた地面に落ちる千切れたバンダナ。
少し遅れて声もなく背中から倒れる、見慣れた姿の見たくない姿。
「アヴドゥルさんッ!」
すぐそばに敵がいることにも構わず駆け寄り、ぴくりともしない体を抱き起こす。
仰向いた額からは鮮やかな血がとめどなく流れ続け、アヴドゥルの体を支える手にも、じわりじわりと生温かな水気を感じた。
命が流れ出る気配。
呼びかけても揺さぶっても、腕の中のアヴドゥルは反応を返さない。
「バ……バカなッ!」
力の抜けた重みをずっしりと伝えてくるアヴドゥルの体はまだ温かく、
それこそたった今まで自らの足で立っていたのに、目蓋は閉ざされたまま動かない。
呆然とする花京院の耳へ、ふと舌を打つ音が聞こえた。
「説教好きだからこうなるんだぜ。なんてザマだ」
「な……なんだと?ポルナレフ」
吐き捨てるような声に、反射的に顔を上げる。
少し離れた位置、ポルナレフが背中を向けている。
「だれが助けてくれとたのんだ。おせっかい好きのシャシャリ出のくせにウスノロだからやられるんだ」
ざわり、毛が逆立つ。
「た……助けてもらっておいてなんてヤツだ」
花京院は怒りを覚えた。
ポルナレフがアヴドゥルの言を聞き入れ、ひとり勝手な行動を取らなければこんな結果にはならなかったはずなのに、
そんな自分は棚に上げて吐き捨てるように言ってのける。
元はといえば誰のせいだ、と責める言葉が喉元まで出かかり、そして気付いた。
「迷惑なんだよ」
とうに晴れ上がった空の下、乾き始めた地面にぱたりと落ち吸い込まれる雫。
見る間に幾つも落ちては、ポルナレフの足元に幾つもの丸い染みを作っていく。
花京院が見つめる先で振り返るポルナレフは、
「自分の周りで死なれるのはスゲー迷惑だぜッ!このオレはッ!」
青の瞳を覆い溢れる涙に濡れる頬を拭いもせず、悲痛な表情で、吼えた。
すれ違い追い抜いた人々の声を背中に聞く。
何処見てんだ、と投げつけられる怒声や、驚きから上がる短い悲鳴。
それらを全て後にして、は駆ける。
「待つんじゃ、くん……!」
追いすがり呼び止めるジョースターの声がする。
その制止の声すら振り切る勢いでが急ぎ目指すのは、常人の耳には届かない銃声が轟いた現場だ。
スタンド使いにしか聞こえないその音が発された場所に、昨日袂を分かったポルナレフが、あるいは今日ひとりホテルを抜け出したアヴドゥルがいる。
確証はないが、確信していた。
辿り着いた所で記憶もスタンドの使い方も忘れた身、何が出来るかも分からないが、
何か出来たかも知れないのに間に合わなかったせいで『何も出来なかった』のは絶対に嫌だった。
自分でも不思議な程に駆り立てられているのが分かる。
何がここまで突き動かすのか、考えてみるが今の精神状態では答えに行き着くことも難しい。
そもそも多くのことを忘れている自分の中に答えが残っているかも怪しかった。
「すいません、通して……!」
道を行く人の波が壁となり、先を急ぐのゆくてを阻む。
無理矢理隙間へ身を捩じ込むようにして進んだのも一度や二度ではなく、
その度に逸る心が体を置いて先へ先へと行ってしまうような心地を味わった。
もっと早く、もっと速くと、地を蹴る爪先へ力を込める度、人々の喧騒が遠く離れていく感じがした。
後方へ流れていく景色が俄かに速まり、雑然とする通りの中に自らが取るべき道筋が見えてくる。
「くん……!」
最早ジョースターの呼びかけも遠い。
背後へ置いてきたジョースターを振り返ずにひたすら銃声が聞こえた方向を目指して走り続け、
やがて人通りが少なくなってきたかと思うや、にわかに視界が開けた。
ここまでの人の往来が主だった道とは異なる、車が走るような大きな通りに出たようだ。
「ポルナレフさん……」
彼はどこにいるのか、発砲音の主はどこか。
駆け通しで上がった息を整えながら、ここからどちらへ向かえばいいのかと辺りを見渡すの目が、ふとあるものへ吸い寄せられた。
「……っ!」
乱れた呼吸を一瞬忘れる。
通りにちらほらと見えるのは一部始終を見ていたであろう人の姿。
その誰もが表情を凍り付かせて視線を注ぐ、降り続いた雨のせいでまだ少し柔らかい、舗装されていない地面に横たわるものがあった。
人の姿である。
横たわり投げ出された四肢を包むゆったりとした衣服は、思い出すまでもなく見覚えのあるもので。
考えるよりも早く短い距離を全力で駆け、転がるようにしてそばへ膝をつく。
「アヴドゥルさんッ!!」
いつの間にか取り戻していた呼吸で叫ぶのは、横たわる相手の名。
必死になって呼びかけ、仰向けの体を揺さぶるが、固く閉ざされた目蓋はぴくりとも動かない。
その顔面は血に塗れ、地面に接した背中からじわりと血溜まりが広がる様がどうしようもなく恐ろしかった。
「アヴドゥルさん……ッ!!」
少しでいい、ほんの少しでいいから、反応を返してくれ。
目の前で命が抜けていくのを認めたくなくて何度も名を呼ぶ。
の目の前で、自身から流れ出た血を吸い上げてアヴドゥルの服が赤く染まっていった。