先の世から来たのならば、今の世には頼る者もいないだろう。















ギブアンドテイク















「ここで別れれば路頭に迷うと分かっている者が目の前にいて放っておけるような性格を、私は持ち合わせていないのでな」


 だから蜀へ来なさいと、眉尻を下げながら優しく劉備が笑う。
彼が大徳と呼ばれる由縁さえ仄めかされた発言であったが、生憎今のはそれを認識できる程落ち着けてはいなかった。

飲み込むのに少しかかった言葉、劉備直々の蜀への招待が嬉しすぎて。

感情が高まりすぎて表情を失っていたが、落ち着くにつれようやく顔が綻びを見せ始める。


「…っほんとに良いんですか!?蜀に行ってもっっ!!ご迷惑では!?」
「招いているのは私なのに、何を迷惑な事があろうか。歓迎するぞ、
「うわ…すごい、蜀に行けるんだ……!!」


たがが外れたように喜びはしゃぐ姿を、劉備が微笑ましそうに見守る。
頬を紅潮させ、満面に笑みを浮かべるの楽しそうな事と言ったら。
屈託なく喜ぶその姿に、劉備は自分まで心躍らせているのが分かった。

その彼の横に、すっと立つ人。

跳ね転げたくなる程の喜びを鎮め、は劉備の隣に立つ相手に目を移した。


「殿、蜀に連れ帰る条件をお忘れでは?」


傍らに立って進言する諸葛亮の眼差しは相変わらず涼しげ。
そんな目で『条件』などと言われて、は僅かに身を硬くする。
どんな条件を提示されるのか。
諸葛亮はが緊張しているのに気付いたのか、目元は相変わらず口元だけ少し緩ませた。


「そんなに難しい事ではありません。ただ、戦の際我らの軍に助言していただければ、それで」
「………え、それだけで?」


目に映ったのは微笑、耳に届いたのは含みのない言。
諸葛亮の発した言葉が思っていたよりも随分と軽いものであることに、は拍子抜けしたかのような声で聞き返した。
果たして諸葛亮は頷く。


「貴女が話しても大丈夫だと判断した事だけで構いません」




自分たちが知り得ぬ情報……先の世で起きる『事実』。
蜀へ招く条件として、それだけが欲しいと彼は言う。
唯一つ、そう言えば随分と控え目な申し出に聞こえるが、しかしその『唯一つ』が曲者なのだとでさえ気付いた。

どんな戦いが待ち受けているのか事前に察知していれば、不利な戦いでさえ万全の準備を整える事が出来る。
負ける筈の戦も勝ち戦に転じる事も出来る。

何だか狡いと思わざるを得ないが、それでもこの三国鼎立の世、は劉備に勝ってもらいたい。
恐らく諸葛亮は、自らのその申し出でこちらがぐるぐると頭を悩ませる事を分かっていたのだろう。
だからこそ、のもたらす情報は自身で取捨選択して構わないと、『逃げ』の余地を残したのだ。

話せない事は話さなくて良い。
ただし蜀の国に身を置く以上、最低でも『自らの保身の為』の情報開示だけはして欲しいと。
言外の諸葛亮の心遣いが、の心を軽くする。


「ギブアンドテイク…って奴ですね」


の顔に不敵な笑みが浮かんだ。
天下を劉備の下に集めたいという諸葛亮の願いは、自分も共感できる。
その悲願を達成する為に、は蜀へ先の情報の開示を。
蜀は国運を左右する唯一人の娘の衣食住の保証を。

利害の一致。
歴史を変える行動も、劉備と蜀の為なら何のその。
ここは自分が居た世界とは根本的に違うから、という意識も、己がこれから成そうとする行為を見逃せる理由の一つ。

歴史に介入する事で、これからがどう変わってしまうのかを……ひとまずは、考えないでおける。
それはある種非情なものであるとも言えるけれど。
『この世界』の未来を知らない自分にとっては、今この時間軸こそが『現代』なのだ。




「分かりました。その条件受けます!」




画面の外から彼らを操ることしか出来なかった自分が、彼らの為に働ける。
それがただ純粋に、嬉しかった。

頼もしい程に真っ直ぐな眼差しと晴れやかな笑顔に、二人の顔も自然と綻ぶ。


「感謝します、殿」
「いえいえ、劉備様に天下を治めてもらいたい気持ちは私も一緒ですから!存分に協力しますよ!!」
「おぉ、頼もしいな!仁の世を成す為、これからの道は辛く苦しいかも知れないが……よ、力を貸してくれ」
「もちろん!!」















 廊下を、案内の兵士の後ろについて歩く。
諸葛亮らのいた部屋までの往路とは違う道筋を、両手を戒めていた縄が今はない状態で。
急な話ではあったが、蜀軍の一員となったので、牢ではない部屋を与えてもらえたのだ。

案内をと呼びつけられた兵士は偶然にもを牢から連れ出した者と同じで、誰を案内するのかを知って怪訝な顔をしていた。
警戒心皆無の娘と劉備のオーラと、何より諸葛亮の目を前にして、それを口に出そうとはしなかったが。




そうしてが連れてこられたとある一室。
窓と寝具一式という簡素な部屋だったが、雑兵の部屋や牢に比べたら格段に過ごしやすそうだ。

部屋のドアを閉めて、溜息一つ。


「ぅあー、疲れたぁ………」


は畳まれて厚みのある寝具に歩み寄り、その上に倒れ込んだ。
布地に体が沈み込む感覚を味わって脱力する。


ここ数日、慣れない事が、慣れようもない事が起こりすぎた。

転けて顔を上げると目の前に蜀君主と軍師がいて、しかもそこは異世界という展開。
喜んだのも束の間、当然の如く疑われ捕らえられ投獄され。
話を聞く為にと牢から出されれば、諸葛亮を前にして緊張しっ放し。

そして、戦。

目まぐるしく変わる状況について行こうとして絶えず頭が働いていて、そろそろ疲労で知恵熱の一つも出そうだ。


「ここで生きてかなきゃならんのだから……この位でへばってちゃいかんよなぁ……」


先程の話し合いの結果、は諸葛亮付きの女官、兼軍師見習いとして蜀に招かれる事になった。
今回の戦で諸葛亮が見出した逸材、という設定になるらしい。
形だけでも『軍師』にしておけば、先の世の情報をつい口にしてもある程度は『数手先を行く知謀』で片づける事ができるからだ。
が言動で不自由し、そのせいで蜀内外で感づかれ狙われることを避けようとする諸葛亮の配慮だった。

この時代の生活様式と『現代』の生活様式は、似ているものもあれど大概は異なる。
生活における当たり前の事が出来ない理由としては、『出身が遠国で文化が違うから』で通すようだ。


が生きていけるように、劉備は生活の場を与え。
行動や言動に怪しまれる点があっても逃れられるように、諸葛亮は身分を与え。
未来から来たなどと到底信じられないような事を言う小娘の為に、彼らはそこまでしてくれる。

一方的にしか知る事の出来なかった相手がこちらの存在も認めてくれている事が、嬉しかった。
且つ、行き先が蜀とあっては心躍らない訳がない。


「受けた恩を返せるように……頑張らなきゃね」


立場まで対等という訳にはいかないが、同じ大地に立っている。
少なからぬ尊敬の念を抱いている彼らの役に立てる場があるのに、どうして動かない事が有ろうか。
寝具に突っ伏しどうしようもなくだらしのない格好をして、それでも生き生きとしている自分を感じる。

明日には帰還の準備が始まるだろう。
劉備らについて蜀へ行けば、今回は顔を合わせられなかった将もいる。
の憧れる、仁の世を形作る為に集った人々が、そこに。




虚空を見据え、口の端を上げる。




自分もその中の一員になろうと、固く決意した。




















終 わ っ た … … … ! ! !
終わったよ!三国無双夢!!まだ序章の十話だけだが!!この後の展開全く考えてないが!!!
やり終えた感の方が強いからまぁ良いや今は考えなくて!!(考えなさい

今回の話、諸葛亮大分無理言ってる気がします。
当サイトの扱いは一応常識ある方だと思っているので、多分言ってる本人も「うわ無茶言ってる」とか自覚してる筈。
それでも願い事叶える時って無茶苦茶な事も平気で考えちゃったりしますよね。
ヒロインがその無茶に乗ったので、願いに向けて一歩前進です。
歴史の先を知っている事が、三国の世にどんな影響を及ぼすのか。
その行く末を、ヒロインと一緒に見届けて頂ければ幸いです。

ではでは序章はこれにて終幕!お次はこんにちは蜀!!



2007.2.10
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