天蓋付きベッド















「弟弟子、か…」


 月英と別れ、執務室へ向かう道中で、ぽつりとそう呟いてみる。
口に出してみても、何となく実感が湧かない。
自分がまだまだ未熟で、諸葛亮に学ばなければならない事が沢山あるという意識があるからだろう。

以前の自分と同じように、諸葛亮に見出されたというその人。
異国の者だという話だが、国が違うとやはり戦法も違ってくるものだろうか。
諸葛亮に見出された能力の程はどうなのか。
自分と比べた時、どの点で相手の方が勝っているのか、自分の方が優れているのか。

脳裏に浮かべるのは、朧な輪郭の影のみ。
未だまみえた事のない相手への興味は、こうして書簡を運んでいる今でも、後から後から尽きることなく湧いてくる。
またその興味が、意識していない所で競争心という形を取り、知らず自己研鑽へと繋がっていくのを感じる。


「…私も、もっと精進しなければ」


後から入ってくるその人と共に学ぶ上で、恥ずかしい事のないように。
決意も新たに、気合いの入った姜維は、城の廊下をしっかりとした足取りで進んでいく。















「私の部屋より広いっ!!」


 自分にあてがわれた部屋へ案内されたの最初の感想は、まず何よりもそれだった。
ざっと室内を見渡してみて、ついつい感嘆の声を上げる。

日本の我が家には我が部屋もあったし、極端に狭いという訳でも無かったから満足はしていたけれど。
自分の部屋を二つ納めてもまだ余裕がありそうなここの広さを見せつけられたら、今まで自分がいたのは何だったのだろう。

尤も、日本の我が家と蜀の成都城を比べるのは、両親にとっても自分にとっても酷な話だ。
打ちひしがれてがっかりしてしまう前に、この事について考えるのは止めておこう。

月英はを此処へ案内した所で、「何か飲む物を持って来させる」と言って外へ出て言ってしまった。

一人でお留守番のこの状況。
先程、お風呂の準備をしてもらっていた時と似たような状況だ。
もう不用意に外へ出るような真似はしません。
またあんな必死な追い駆けっこはしたくありません。

そんな理由で外へ出ない代わりに、は窓に近寄ってそれを大きく押し開けた。
開けた途端、ひんやりと冷たい風が頬を撫でて入ってくる。
眼前には城の庭が広がっている。

すごく広いのに隅々まで手入れされていて、「さすが大徳」なんて理由のない納得をしてみながら。
ぼんやりと外の景色を眺めていると、広い庭の遠くの方に幾つかの人影が現れていた。
その内の一人が、会うだけで嬉しくなってしまう、最早見慣れた人物だという事に気がつくと、


「劉備!……さま!」


は一気にテンションが跳ね上がった。
上がったテンションの勢いに任せてうっかり呼び捨てにしてしまい、聞いている人は誰もいないが慌てて敬称を付け足した。

今後はここで働いてる他の人達と同じように、劉備を敬っていくんだから。
今から少しずつでも慣れていかなければ。

慌てた事で寧ろ一瞬冷静になり、そう自分を戒めただったが。
こちらに気付いたらしい劉備と離れた距離で目が合った途端、そんなものは記憶の端に吹き飛んでしまった。

ドキドキしながらこっそり小さく手を振ったら、応えて手を振り返してくれる。
そのやり取りで、一気に嬉しくなった。


「素敵な部屋ありがとうございます、劉備…さまー!!」


つい張り上げた声に、劉備の周囲にいた人達が驚いた顔でこっちを凝視してくる。
「あ、やっちまった」と瞬時に思い、は声を張り上げた体勢のままで固まった。

遠くの集団は、何だか嫌ーな雰囲気で、劉備に顔を寄せて何か言っている。
うん、どうせ何あの小娘、とか身分を弁えろこの女官、とか言ってんだろうな。
私だって言っちゃった後に自重しろよ自分って思ったもの。

穴があったら埋まりたい。
そんな思いを和らげたのは、やっぱりといおうか、劉備だった。

何事か言ってくる人達を、言葉と手で制してから、こちらに向かってすごく良い笑顔で大きく手を振ってくれた。

赤壁の戦場にいた頃から、蜀の地に帰還する道程を経て。
城に帰ってきてからも、変わらず優しく接してくれる劉備に、ぶわ、と声にならない思いが込み上げてくる。


      素敵です殿 … !!


劉備の手の振り方に負けない位大きく手を振り返して、は窓を閉めた。
叫び出したくなるような嬉しさを大きく吐いた息一つで逃がす。
伝えなければいけない事はこれで言えた。
少し失敗もしたが、その事は忘れて仕事頑張って下さいね殿、と心の中で応援する。

今後は周りの空気を読みましょうね、と自分に言い聞かせながら。
努力は惜しまないけど、ここにいる限り無理そうだなぁ、と残念な予感をひしひしと覚える。
憧れの方々が生きてらっしゃる時代だもの。
うん無理。

しなくてもいい断定をして、今度は部屋の中に足を向ける。

外から中へ意識を移した所で真っ先に目に付いたのは、簡単な天蓋の付いたベッドだった。
天蓋が付いてるというだけで、セレブな感じがする。
この部屋は他の人が執務室として使っているのと基本設備は同じだという話。
だからこの天蓋付きベッドも、どこの部屋でも標準装備なのだろう。

すごいなぁ、と漠然と思いながら、今後自分が使っていく事になるベッドへと腰掛ける。


「ん…意外に固い」


硬い素材に敷布をかけてあるだけのようで、腰掛けた体が沈むような事はなかった。
幸い、柔らかい布団じゃなければ寝られない!なんてデリケートな神経ではない。
こっちの世界に来て牢屋に放り込まれた時、固ーい床に薄ーい布一枚敷いただけの寝床で過ごした事もある。
それを思えば、少しぐらい固くてもベッドとしての体裁が調っているだけありがたいというもの。
重要なのは気持ちよく眠れるか否かだ。

は履いていた靴を脱いで、ベッドの上に寝転がった。


「…うん、固いけど…良いかも」


頬に触れる布地の心地よさに、うっとりするように目を閉じる。
思えばこっちへ来て以来、こうしてちゃんとしたベッドで寝るのは久し振りだ。

目は閉じたまま仰向けになって、ほう、と一つ溜息を吐く。

体を洗っている時にも考えていた事が再び頭に浮かんで来る。

ある意味良い勝負をした相手、馬超に、今夜部屋へ来いと誘われた事。

風呂ではどうすべきかと考えあぐねていたけれど。
こうしてここに寝転がって、今静かに考えてみると、自然と答えが浮かび上がってきた。


      ごめん 馬超


私今日ここで眠りに就きたい。

馬超の男としての魅力より、ベッドの心地良さが勝った瞬間だった。















窓を閉めて部屋の奥へ消えたを見送って、劉備は苦笑にも似た笑みを浮かべた。

己が彼女の為にと用意した部屋に、その姿があった。
気に入ってくれたようで何よりだが、まさかあんな形で感謝の意を伝えられるとは。

は月英のように、女の身で戦場を駆ける者ではない。
それ以前に戦場でもないのに、娘があんな声を張り上げるなど、普通なら考えられない事だ。
これが1800年という時の流れが生んだ文化の違いなのか。
意表を突かれた行動だったので少し驚いてしまったが、それも彼女らしくていいと思った。

だが、劉備と違い彼女の身の上を知らない者達は、あまり好意的には受け取らなかったようで。


「何なのですか、あの娘は」
「あんなに声を張り上げて…品のない」


などと口々に言うものだから、彼女はあれでいいのだと言い含めておいた。
本人が知らない場所で陰口を叩かれていると思うと気分が悪い。

口振りから、劉備があの娘と知り合いだと察したらしい。
文句を言っていた者達は、これ以上は言うまいと、不満げながらも口を閉ざした。

そうして静かになる中で、なお劉備に言する者一人。


「殿がお認めであっても、あれは礼を失しております。あのような軽々しい口の利き方など、許されるものではありません」
「あー…あの娘は異国から来たからな。多少文化に違いはあっても、目を瞑ってやってくれ」
「違いがあるなら尚更です。これよりはこの蜀の国に住み暮らすのですから、こちらの文化に従って貰わなければ」
「…趙雲、お前は頭が固いな」


あまりに食い下がってくる者だから、劉備は呆れたような口調でそう返すしかなかった。
頭が固いと言われたのは、劉備に従っていた武将、趙雲である。
彼の忠義と能力、戦場での勇躍等は、全幅の信頼を置けるものであるが。
いかんせん忠義に熱すぎて、時折酷く頑固になるのが困り者でもある。

頭が固いと言われて気分を害したのか、それともただ先程のの態度が引っかかっているだけか。
口を引き結んでの消えた窓を見据える趙雲の顔を見て、劉備は一つ嘆息を零す。


「まぁ、確かにこちらの文化には慣れて貰わなければ困るのだが…はあれで良いのだよ。
趙雲、お前もあの娘と言葉を交わしてみれば分かる」


頑なになってしまっている趙雲の気を解すように。
軽く彼の肩を叩いて、言った。















「お待たせしました、殿……あら?」


 水差しを載せた盆を携えた女官を従えて戻ってきた月英は、の姿が見えない事に気がついた。

また一人で勝手に外へ出て行ってしまったのだろうか。
真っ先に先程の馬超との一事が思い出されて、表情が曇ってしまうのを止められない。
が、すぐに寝台の上に横になるの姿を見つけられた為、表情が晴れるのは早かった。

近づき、名を呼ぼうとした所で、口を噤む。

四肢を投げ出して、が気持ちよさそうに寝息を立てていたからだ。

まだ日も暮れていないし、寝具に着替えてもいない。
一度起こそうかとも考えたが、あまりに幸せそうな寝顔を見ていると、それも忍びなく感じてくる。

月英は困ったように笑った。


      お疲れ様


心の中でそう労って、用意されたままの形で残っていた掛布をに掛ける。
赤壁からここまでの長旅で、疲れも溜まってしまっていたのだろう。
今は休ませてやるのが一番良い。

女官に持たせた盆は、寝台傍の机の上に置いておく事にした。
女官にも声を出さないように支持をして、部屋の外へ出る。

扉を閉める前に、形だけの声をかけてから、月英は部屋を後にした。


「お休みなさい、殿」




















はい馬超の「俺の部屋に来い」発言あっさり流されたー。
いや…ほら…蜀へ来たばっかで他キャラと絡める要素いっぱいあるのにもう馬超とくっつけたら面白くないし?
それに本当に部屋にお招きされちゃったら裏に置かざるを得なくなっちゃうし?
色んな思いが交錯した上でのこの結果。
にしてもお断りの仕方他にもあるだろうよと思われる方もいると思いますが残念、これが戯クオリティ。

姜維に引き続き趙雲もニアピンで会話できない感じで登場ー。
人がいっぱいいたので陰になっちゃって流石のヒロインも見逃した感じです。
これで蜀の槍族若者達出揃いましたねー図らずも。(無双4主軸にやってるので5以降の武器変更とか考慮してません)
いや…だって夢のお相手っつったらこの人達の人気高いし?
他の人達もちゃんと出すよ。多分。



2008.11.2
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