過去と未来の邂逅










「一言で言うと、私はここから1800年先の時代から来ました。」
「……何?」


 覚悟を決めてきっぱりはっきりとその事実をまず言うと、少し戸惑ったように間を空けてから劉備が聞き返してきた。
は諸葛亮に向けていた目を移動させ、視界に劉備を捉える。
やはりというべきか、浮かぶのは声音と同じように怪訝と困惑の中間辺りの表情。
そんな表情をしてしまうのもやむなし、と心密かに賛同の意を示す。
いきなり目の前で『未来から来た』などと言われれば、とて今の劉備と同じ顔をしていたに違いない。
現実を見られていない類の人間かと疑っている筈。


      いや 私はしっかりと現実を見ている筈だぞ!!


……この状況が夢でなければ。


「信じてもらえないかも知れないけど……っていうか私自身あんまり信じられてないんですけど。でも、そう考えるしかないんです、状況から見て」
「貴女自身も信じ難い……なのにそれを信じようとする、根拠は?」
「……ここが赤壁で、お二人が目の前にいること…でしょうか。劉備様、それと諸葛亮さん」


ぴくり、と諸葛亮の眉が反応を見せる。
探るように目が細められるのを、は真っ向から受け止めた。


「私の時代ではこの三国鼎立時代に関する本とかが沢山出版されてて、大勢の人がこの時代に関心を持ってるんです」
「『本』……とは?」
「……あぁ、今はまだ竹とか木とかだもんねぇ……。えっと、形はちょっと違うんですけど、紙を木簡とか竹冊みたいに纏めた感じの奴です」
「何とっ……そんな高価な物が沢山世にあるのか!?どれだけ裕福な時代なのだ……!!」
「んー裕福というか、1800年も経てば製紙技術だって進化するし安く手に入るようになりますから……」


今の自分は、いわば孤立無援の状態。
諸葛亮の誘導尋問に引っかかり、絡め取られて転がされて。
もはやすっかり燃え尽きた感のあるこの頭から『打開策』という名の援軍が来ることは期待できない。
臥龍と称されていたほどの人間の手にかかって逃げ切れる程、立派な頭は持っていないのだ。

だが、引っかかって逃げ道がなくなったのは、それはそれで良かったのかも知れない。
隠し事、嘘を吐く事ができなくなった、しなくても良くなったのだから、むしろせいせいする。
話せない事は話せない、そう正直に言えば良いではないか。
行き着いた結論は心を軽くする。


「『三国時代』って大きな枠組みで書いた本もあれば、その時代に生きた人達個人の本なんかもあって」
「ほう……ならば私の事が書かれた物もあるのかな?」
「三国鼎立の内の蜀の君主さんですからね。勿論ありますよ。諸葛亮さんも結構人気があるし」
「私……ですか?」
「はい!私も尊敬してますよー」


軽くなった気分のままに元気よく返事をすれば、諸葛亮の目が泳ぐ。
それまで彼の目は真っ直ぐとを捉えていたものだから、この動きは妙に気になった。

眉間に皺が寄っている。
何か彼の機嫌を損ねるようなことを言ってしまったかと、不安になるが。




「何だ諸葛亮、そなた照れているのか?」





劉備のそんな一言が、一瞬の時を止めた。




「照っっ!!?」
「…殿…………」
「何、恥ずかしがる事はなかろう。それだけの時が経った後も名が残るなど、名誉な事ではないか!」
「……照れてなどおりません。感慨を覚えていただけです」


劉備の『諸葛亮、照れる』発言にが瞠目するのを尻目に、恨めしげな視線を劉備に寄越す諸葛亮。
羽扇で口元は隠され、いつもと変わらないように見える。
が、先の劉備の爆弾発言とその後続いた諸葛亮の言い訳めいた訂正と。
それらを聞いてしまえば、いつもと変わらない立ち姿すら照れているように見えるから不思議だ。

いや、実際に照れているのだろう。
本人はあくまで否定しているが、きっと。

否定してもその格好を続けている限り逆効果だという事に、彼は気づいているだろうか。


      どうしよう


可愛い。

ゲームの最中、彼に対して決して浮かぶ事のない単語が頭をよぎる。
は諸葛亮に『常に一手先を考える』、魏の某軍師が自称しているような印象を覚えていた。
その言葉に『人間離れした』という補足をつけることも忘れずに。
本人の前では決して口に出せないが。

それが。
一種の神懸かり的な才能とも思っていた印象が、劉備の一言で脆くも崩れ去った。
今となっては尊敬こそすれ同列にはとても見られなかった彼に対し、随分と親近感が湧いたものである。

『可愛い』の一単語が頭を駆けめぐり、諸葛亮の尋問という状況によって忘れかけていた喜悦が再び甦ってくる。
口角が持ち上がってくるのを必死に手で押さえ込み、何とかやり過ごそうと努力する。
ぷるぷると堪えきれず震えてくる体は……この際仕方ない。


      ああもう 私万歳 ……… !!


「そんな事は良いのですが、殿」
「っへ!?あ、はい何でしょう!?」


ぷるぷるしていた所へ、思考を中断させようとして諸葛亮が少し大きめの声をかけてきたので慌てて普通の表情を貼り付ける。
まだ少し口元の筋肉がぴくぴくと痙攣しているが、仕方のない事だし、距離もあるから多分気付かれないだろう。
こっそりと深呼吸をして自分を落ち着かせながら、諸葛亮を視界に映す。

口元に添えられていた羽扇は下ろされていた。
露わになった顔は真剣で、今の声といい変な方向に向かい始めていた流れを元に戻そうとしているのがよく分かった。
ひくつく頬も、気を抜けば一瞬で吹き出しそうになる腹の内も、自然と静まっていく。


「貴女が先の世より来たというのなら、答える事が出来ましょう。」


ひたと据えられた目。


「この三国の争い、制するのはどの国なのでしょう?」


乱世に身を置く彼らであれば、最も気にするであろうその結末。
互いに天下を一つにする志を胸に抱き、決して譲れぬ願い。

燻っていた喜悦の波が引き、すっと冷静になるのをは認めた。
そして自覚した後に起こるのは、苦笑。

何という事を訊くのだと。


「……また答えにくい事を訊いてきますね」
「そうですね。私自身、これは反則だと思います」


それでも、訊かずにはおれないのだと、諸葛亮の表情に珍しく苦笑が混じる。

己の付き従う劉備が描く「仁の世」を切望するが故に。
らしくない事だと分かってはいても、つい口走ってしまうのだと。
そう言う諸葛亮を咎めようとは思わなかった。出来なかった。

それぞれの国の人々が、己の信ずる者の許に天下を集めようと、どれ程の思いでこの戦の世に望んでいるのかを。
ゲームという形ではあるが触れていて、知っていたから。
諸葛亮を直視して、口を開く。


「どの国が勝つか、その結論は……やっぱり言えません。というより、言わなくても良いような気もするんですよね」
「……ほう?それは何です」
「私の知ってる歴史と、劉備様達がこれから作っていく歴史が違ってくるかも知れないので」
「そなたの知っている物と違う歴史になる……と?そう思う根拠があるのか?」


諸葛亮に代わり尋ねてきた劉備に向かい一つ頷き、確証は有りませんけど、と前置く。


「蜀と呉と魏の三国鼎立はもう出来上がってるんですか?」
「ええ……此度だけ、呉と連合してはいますが、一応は」
「ここは赤壁ですよね……。私の知ってる歴史では、赤壁の戦いの時点でまだどの国も国として成立してない筈なんです」
「興国の時期が、そなたの知る歴史より早い、と……」
「蜀の地になる益州を手に入れるのは赤壁以降なんですけど……蜀が興されてるってことは、もう治めましたよね?」
「…ああ……」


成都での戦いの事を話題にした途端曇った劉備の表情に少し気が引けたが、敢えて見ない振りをして話を続ける。
時系列が乱れている点を指摘すれば、諸葛亮もの示すところが推し量れたようだ。

の世で語られている歴史と、彼らが生きる時代の出来事が合致していない。
ならば、以降続くであろう『歴史』も、の知らない道を辿っていく可能性もあるのだ。
それはつまり、呉と蜀が魏に吸収されることも、司馬家による晋の成立も起こらないかも知れないということ。
蜀が天下を統べる未来があるかも知れないという事だ。


それとは別にもう一つ、が語らなかった理由がある。

それはこの世界が『真・三国無双』に則った世界であるという事。

あのゲームでは、戦の時系列は歴史と一緒でも、プレイする勢力が違えばどの国でも天下統一が可能だった。
自分が今いるここでも同様の事……いずれ歴史に消えるこの蜀にも、天下が集うかも知れない。
は諸葛亮達に語った仮説より、こちらの説を大プッシュしている。
かのゲームに大ハマリしてしまった思い入れが強いだけなのだが。

の立てた仮説のどちらの説が正しいにせよ、またどちらも正しくなかったにせよ。
どの国の取る天下も、この目で見てみたいと思った。
その裏に他二国の犠牲を伴うとは知っていても。


諸葛亮が、羽扇を空いている片手に軽く打ち付ける。


「分かりました。このことに関しては不問といたしましょう。今後一切尋ねる事はありません」


どの国が勝者となるのか、その話題はここで流す事にしたようだ。
としても、そうしてもらった方がありがたかった。

一切答える気はなかったが、諸葛亮の手にかかればポロリと口を滑らせてしまう事がなきにしもあらず。
一番の敵が自ら話を切ってくれた事で、はこっそりと大きな溜息を吐いた。

安心した。
尋問が終わろうとしている空気が流れ始めた。


「これで尋問は終わりとしますが……その前に、最後に一つだけ訊きたい事があります、殿」
「う……何でしょうか」


最後に一つだけ、と言われて、また答えにくいものが来るんじゃないかと身構える。


「貴女の『歴史』で、私は風を呼べたのか……」


だが、次いで耳を打った言葉に、はいささか拍子抜けした。
と同時に、納得もする。

先程も、この策には自信がないと言っていたではないか。

それくらいならば、答えてやる事も出来るだろう。
また、答える事で彼ら連合軍に、自分の知る『歴史』通りの勝利を運んでやれるかも知れない。


「はい。」


笑顔で答えれば、諸葛亮の面に微笑が宿るのを、は初めて見た。
諸葛亮が目を伏せ、口を開く。


「……よろしい。」




















諸葛亮照れるの段。
ほら……諸葛亮って殿より若いから。若気の至りだから。
前にも同じような言い訳してたような気がするけど気のせいだよねうん。気のせいだ。

この赤壁の戦いにて東南の風を呼んだと言われている諸葛亮は、風の吹く日を知ってたという説があります。
その説をちょっと拝借いたしまして、ヒロインが諸葛亮に風が吹くと教えたことにしちゃいました。
日って言うより、祈祷をして風が吹くか吹かないかっていう確率の問題みたいな感じですが。
む……矛盾はないよね……??どきどき。

次回ちょっと閑話休題です。



2007.1.14
2007.1.20 誤字修正
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