「未来……未だ来ざる世からの娘か。なるほど、確かに面白い物が見られたな、諸葛亮」
「誰にも打ち明けていない筈の策を知っているような物言いで、気になったまでです。……まさか先の時代の者だとは思いませんでしたが」
「そなたの照れる姿も、珍しくてなかなか見物だったぞ」
「……照れてなどおりません」















ご飯の時間です















「あー!お腹空いたー!!」


 牢屋に戻された直後、緊張から解放されたのもあって、は必要以上に声を張り上げていた。
三度通った同じ廊下の窓から見えた外は、夕暮れを越して紫色になりつつあった。
この世界に来たのが、元の世界でのお昼頃。
こちらとあちらの時差が無かったとするなら、単純計算で5,6時間経っている事になる。
寝ていたりもして、その間ずっと飲まず食わずだ。
そこに諸葛亮の前に出されて、極限の緊張と跳ね上がったテンションが加わる。
緊張の糸が切れれば、意識に上らなかった空腹感が急に存在を主張し出すのも仕方ない。

暗い室内で、凝り固まった体を動かしながらお腹空いたと何度も呟く。


「なら、丁度よかったですね」
「へ?」


牢の奥から声がするのと、一度は閉められた牢のドアが再び開けられるのはほぼ同時だった。
きょとんとして後ろを振り返ると、そこに兵士が立っている。
驚いていると、胸の前に何かを突き出された。
正体も分からず慌てて受け取り、すぐに鼻をくすぐる良い匂いに気がつく。


「食事だ」
「ありがとうございます」
「うわっ!?」


匂いの元に気を取られている内に横から伸びてきた手に驚き、一歩横に飛び退った。

兵士が次に差し出した火の点いた皿を受け取るのは、男。
この牢にが来る前からここにいた先客。
灯りに照らされて初めて見たその顔は、声のみで想像していたのとは少々違った。

に盆を、男に火皿を渡した兵士は、すぐにドアを閉めてしまった。
愛想の全くない態度に、つい眉をひそめる。
牢の住人に愛想を振りまく兵士というのもおかしいが。

食事の盆を手にしばらくドアを見つめていたが、男の方はというとそんなことはお構いなしに火皿を片手に牢の奥へと戻る。
遠くなる灯りに、は慌てて振り返った。


「……どうしたんです?いつまでもそんな所で。こちらに来なさい。食事にしましょう」


微笑む顔は穏やかで、先程牢を出るまで感じていた居心地の悪さが嘘のようだ。
顔が見えるだけで、同じ声なのにとても安心する。

は盆を携えて男の側に寄った。















 牢の食事は想像を良い方に裏切って、意外に美味しかった。
捕虜に与える食事なのだからと、あまり期待はしていなかったのだが。
食材や盛りつけが質素であっても味付けがの口に合い、空腹であったことも手伝ってあっという間に平らげてしまった。

『美味しい』と連呼するに、男はその都度声に出すことなく小さく笑っていた。
先程の居心地の悪さの正体はこれだったのかと、一人納得する。
感情をあまり『音』にしないせいで、顔の見えない状態では無愛想に思えてしまうのだ。

それが勘違いだと、男の優しげな雰囲気と柔和な表情に気付いてからは、の中にわだかまりというものは綺麗になくなっていた。




「此度の戦、どちらが勝つと思いますか?」


言葉は少ないながらも話に花を咲かせていた折、男がそんな事を訊いてきた。
話の流れの中で、ふと口の端に上がったような話題だ。
重大な様子もなく、空腹も満たされ話し相手もいる状況に上機嫌のは、それまでと同じ軽い口調で答える。


「連合軍が勝ちますよー?多分」
「数倍の兵力を持つ魏を相手に、ですか?多勢に無勢だと思いますが…また何故」
「何でって訊かれても……うーん、説明しようがないんですけど………勘?」


まさか『自分の知っている歴史ではそうなっているから』とは言えない。

『数の上でも有利な戦に望んで、魏軍雑兵は多少の慢心を抱いているだろう。』
『連合軍側が兵力差を補って余りある様々な計略を用意しているから。』
いくつか理由として説明出来そうなものを模索してみるも、どれも今ひとつだ。
完全に納得出来ないものを下手に理由付けして、そこを突っ込まれて訊かれたら困る。

だから、そう思っただけだと言って、男のそれ以上の追求を避けた。


      あ でも


「そうなった時の援軍ってどこから連絡入ってるんだろ……」
「え?」
「あ、いえ……独り言です」


敗走する軍を追討するなら。
赤壁にて勝敗が決してから、間を置かず追いかける筈。
燃えさかる船を捨てて陸に上がるまでに、そう日がかかるものでもない。
追走劇とて、諸葛亮が曹操を見逃すつもりなら何日も追い続けることはないだろう。

その短い間で、ゲーム中ではあれだけの援軍が駆けつけた。

近くに拠点でも立てて将を待機させ、戦がどちらに転んでもすぐ連絡が行くようになっていたのだろうか。
土地感覚も戦の機微も三国時代の大局の細部も知らない自分の頭では、その辺りの事が段々分からなくなってくる。


「まぁ、早く情報が来るのに越した事はないよね……」
「魏軍が負けた場合、の話ですか?」
「…はい、まぁ」


一人悶々と考えている間も、男はずっとを見ていたようだ。
相手の声に反応して顔を上げ、すぐにぶつかった視線に気恥ずかしくなり、顔の前でぱたぱたと手を扇ぐ。
先の事なんて分かりませんよね、と口にしてごまかし笑いを浮かべながら。

しかし男は微笑んだまま、その首を横に振った。


「不確かな事にさえ手を抜かず万事に備える。戦とはそういうものでしょう。違いますか?」
「……まぁ、道理だと思います。でも牢にいるのにそんな事話しててもしょうがないじゃないですか」
「己を研鑽するのに場所はかまわないでしょう」


男の言葉に、確かにそうだと納得し小さく頷くと、あの微笑みが返ってきた。


「ではその研鑽の一つに、貴女が魏の者だとして。敗走した場合を考え、どんな備えをしておきますか?」


微笑みに導かれるようには考え、口を開く。


「……風の吹き方によって動けるようにしておく……とか、ですかね」















 どうやら食事の為だけの最低限のものだったらしく、灯りは食事が終わって幾らも経たない内に燃料が尽きて消えた。
暗闇では身振り手振りが見えない。
従って意思は全て言葉のみで相手に伝えなければならず、自分の言葉の足りなさと相手の声の無感情さに会話はより困難となる。

ぎくしゃくしたままの会話では生産性がない。
仕方なく、もう寝ようという話になった。

灯りをくれないならせめて窓のある部屋を牢にしてくれ、とは呟く。
そうすれば少しは時間の感覚が取り戻せるのに。
何も見えないが、男の感情表現の仕方が分かった今、微かに聞こえた吐息で笑ったことを知った。




 夜半、がすっかり寝入った頃、不意に牢の扉が軋む。
視界がない状態でありながら未だ起きていた男は、耳についたその音に、つと顔を上げる。
扉から差し込んでくる松明の灯りが、黒い人型に切り取られている。
人型は、諸葛亮だった。


「長い間こんな所に幽閉してしまい、申し訳ありませんでした」
「何、君が謝る事はない。私も望んでここに入ったのだからね」
「全く……魏の軍師殿は人が悪い。貴方相手ならこちらも下手は打てないと踏んで送って来たのですから」
「『里帰り』という名目でね。……しかも見聞きした事を報告しろという」
「事実上の間者扱いではありませんか……全くもって」


人が悪いと再び呟く諸葛亮に、『彼』も魏を思っているのだからと苦笑混じりに一応の弁護をした。


「お陰で久方ぶりに殿のお顔を拝見できた。それだけで十分だよ」
「明日には戦が始まります。裏に馬と警備の手薄な場所を用意しました。……約定通り」
「分かっている。この戦が終わるまで、本陣とは一切の接触を断つ。」


今は魏に身を置いているが、元は蜀の人間だった。
一度は恩義を受けた身で、どうして殿を裏切る行いが出来ようか。


「尤も、私はこちらにいる間中ずっと牢に入れられて話すら聞く事叶わなかったのだから、本陣に語れるような内容もないのだけど」


閉ざされた空間……一人の娘がまだ残る空間に背を向け、諸葛亮の横を抜ける際小さく謝罪の言葉が耳に届いた。
気にする事はないと返す。
自分を拘束した行為は、蜀を思うなら当然の対応だと。
自分とて、どちらも裏切りたくなかったからそれに甘んじたのだと。
故に、拘束から解放された今は何を気にする事もない。

……否、一つだけ。

牢に一人残る娘は、目覚めた時に自分がいなくて驚くだろうか。


「それに、話し相手をくれただろう。なかなか面白い子だ」
「ええ……彼女は自身の事を何か言っていましたか?」
「魏の者ではない、ということだけ。後は専ら私の話を聞いていたか」


戦とは全く無縁な……というより、珍しくも『戦』に巡り会った事がなさそうな表情を浮かべる娘。
専ら聞き手にまわっていたが、一つだけ自らの意見を口に出していた。
根拠も理論立ても何もない、ただ勘のみを頼りにした様子ではあったが。

魏が、負けると。

思えば、それがこちらにいる間に得た唯一の情報か。
根拠がないので役に立てるとは思えなかったが、優勢である魏が負けると彼女に言わしめた、勘。
面白い。

果たして彼女の『勘』は当たるのか。


「それではこれで失礼するよ」
「お元気で……徐庶、、
「君もな」


歩みを外へ向けた。
そのまま振り返る事はない。
ここから先、いかに興味深い対象だったとしても、彼女を気にする必要などない。

今すべきなのは、自らがあるべき国へ戻る事だけなのだから。




















ヒロイン返却。そして牢にいた男の正体が明らかに。オリジナル。
徐庶はこの時馬騰に対する備えとして赤壁の戦いから抜けたらしいですが、その辺は忘れてなおかつ曲解。
今後の展開で馬超を入れたいので馬騰は既に敗走!(ひどい)馬超はウェルカム蜀!!
(戯的に)行き場をなくした徐庶さんは、魏軍某軍師の謀略(+戯のこじつけ)にて連合軍に送り込まれた!
大徳のいらっしゃる蜀では厚遇とは言わないまでもそれなりの待遇で拘束!!(変)
その後は蜀への義理から、赤壁の戦いが終わるまで魏『本陣』とは接触しない!!
まとまった!全ては計算通り!!(ちょっと頭冷やしてきなさい)

降ってわいたヒロインは見るからに人畜無害そうだったけど、素直に解放するわけには行かなくて。
「んじゃ、いっちょかつての同胞の相手でもしてもらってましょうか」と徐庶さんのいる牢に放り込まれた訳です。
諸葛亮は、徐庶さんは出来た人だと確信してるので、異性だって事も何のその。問答無用。
未来から来た人間だって知ってもヒロインを戻す所は最初入れた牢しかない訳で。
その判断の為にヒロインがぺろっとこぼした未来の片鱗は今後物語をどう展開させていくのか。
多分諸葛亮にはその辺すら計算通りでしょう。(もっと話を発展させようよ



2007.1.20
2007.7.?? 矛盾した文章を一部削除
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