救出
一部始終を見届けてしまったからには、見なかったフリをする訳にもいかない。
「…おい、大丈夫か?」
その場に居合わせてしまった食満留三郎は、庭にぽっかりと開いた穴に向かって声を掛けた。
手を伸ばす。
握り返してくる感触。
そのまま引き上げると、穴から人間を釣り上げた。
砂だらけの顔に、擦過傷もいくつか。
ちょっと呆然としていたが、留三郎と目が合うと、気の抜けたように笑ってみせた。
「あー…ありがとー」
授業が終わって部屋へ戻る途中。
通り道で、たまたま掃き掃除をしていたこいつが、仕掛けられていた落とし穴に落ちた。
目の前で。
それが、今の救出劇に至った事の起こり。
穴から引き上げた人は、制服ではなかった。
「学園の生徒じゃないのか?」
「うん、違うよ。新入職員のでっす」
「……忍術の経験は?」
「ない。」
きっぱり返された。
落とし穴の傍には、ここに罠があるというサインがちゃんと置かれていた。
これに気付かないなんて、忍術の経験も浅い低学年でもあるまいし、と呆れもしたが。
忍術経験もない素人職員なら、罠にかかるのもやむなし。
…というか、忍術の素人が忍術学園に勤めていて大丈夫なのだろうか?
「学園内には今みたいに罠が仕掛けてある事もあるから、よく気をつけるんだぞ」
「気をつけます!」
「…余計心配になるな」
さっきと変わらない、気の抜けた笑顔で「気をつける」と言われても。
本当に大丈夫か、と疑ってかかってしまうのも、またやむなし。
仕方ない。
地面に座り込んだ職員の腕を取って立たせる。
「保健室行くだろ。ついてってやるよ」
「え、いいよそこまでしてくれなくて。保健室なら場所分かるし」
「道すがら罠にかからないって自信持って言えるか?」
「う」
勿論、言える訳がない。
言葉に詰まって、ちょっとだけ肩を落とし。
次に顔を上げた時には、もうさっきの気の抜けた笑みを浮かべていた。
ついて行くのを了承したものだと受け取って、留三郎は先に立って歩き始めた。
と名乗った職員は、大人しくその後をついて来ている。
ついて来るその姿と笑顔の気の抜けよう。
あまりの頼りなさに、忍術学園の職員になって大丈夫なのかと、ついつい心配になる。
ちらりと振り返るのと、から声がかけられたのは、ほぼ同時。
「親切にありがとね」
短い言葉だったが。
下級生の世話をする時のような気持ちを起こさせるには、十分なものだった。
食満さんの段。
彼は落とし穴にはまる伊作の救出で、こういう状況には慣れてるんじゃないかと。
伊作は罠のサインに気付いても何らかの不運で罠にかかる筈。
戯
2009.12.23
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