救急
少し急いでいた、七松小平太。
建物の角を走って曲がった時、誰かにぶつかってしまった。
「おっとすまない」
軽く謝って、そのまま行き過ぎようとし。
どさり、と何か物が落ちる様な音を背中に聞いた。
足を止めて、振り向く。
多分、今ぶつかってしまった人だろう。
その人が、大の字に仰向けになって、倒れ込んでいた。
少なからず、驚く。
そんなに強く当たったつもりはないのだが。
ひとまず、倒れた人の状態を確かめる為、傍に近付く。
「悪い、変な所に当たったか?大丈夫か?」
「あはは…うん、何も問題ないよ。ナイスタックル」
倒れたままでは全く説得力のない事を
地面に転がって、気の抜けた笑顔を作り、親指をぐっと立ててみせるその人。
という、新入職員だった。
よく見ると、少し様子がおかしい。
「顔が赤いぞ。熱があるな」
「うん…熱出した妹の看病してたら、うつっちゃったみたいで」
「起きあがれるか?」
「すぐは無理かも…くらくらする」
真っ赤な顔。
虚ろで潤んだ目。
浅めの呼吸。
よくもまあこの体調で仕事をしていたものだ。
軽くぶつかられた程度で倒れてしまうほど、絶不調だというのに。
起きられないと言われたが、かといってこのまま放置していく訳にもいかない。
小平太は、ちょっと考えて、行動に移した。
「とりあえず保健室だ」
「うあ」
転がるの手を引き上げて、肩に担ぎ。
そのまま背負う。
近くに落ちていた箒はのだろうと判断して、ついでに持って行く事にした。
とりあえず、自分の用件は置いておいて。
保健室へ向けて、走り出す。
「まかさこの年になっておんぶされるとは思わなかったよ…ごめんねー」
「気にするな!」
「重くない?大丈夫?」
「いや、むしろ軽いくらいだ。ちゃんと食べてるか?」
「もりもり食べてるよ」
自分よりも細身だったからいけるだろうと、背負う事にしたのだが。
背負ってみて、思ったよりも軽くて、少し驚かされた。
背負っているが少し緊張しているのが分かる。
けれどそれも、熱のだるさの方が勝るらしく。
少しすると、ぐったりと全体重を預けてくるようになった。
熱のある息が肩口にかかって、少し熱い。
さほど時もかからず、保健室に着いた。
入り口の所でを下ろす。
箒もその傍へ。
熱でぼんやりしているが、目が合うとさっきの気の抜けた笑顔を見せた。
答えるように、小平太も笑う。
「運んでくれてありがとー。すごく助かった」
「気にするな!じゃあ、俺は行く!」
「ああ待って待って」
踵を返して引き返そうとした所を、呼び止められる。
早く行きたいんだけどな。
そんな思いを去来させつつ、振り向く。
小平太に向かって、が何か投げた。
緩い放物線を描いて飛んで来るそれを、手で掴み取る。
投げられたのは、変わった紙に包まれた……多分、飴玉。
「手持ちそれしかないけど、お礼って事で。ここじゃレアものだと思うよー」
じゃあね。
ひらひらと手を振って、は這うように保健室へ。
新野先生を呼びながら閉められた障子。
それを見ていた小平太。
ややあって、当初の目的地へ向け、走り出した。
後になって、恐る恐る食べてみた飴玉。
不思議な事に、その飴は桃の味がして。
その日だけで小平太は三度、に驚かされる事になった。