新しい環境に慣れるのに必死だったからか。
周りに人が沢山いて、心細さなど感じる暇もなかったからか。

忍術学園に来てから、一度も出なかった、カスミの


「あにさま…」
「ん…どしたのカスミ?寝られない?」


湯も浴び、寝る前に少しだけ涼んでいた時に現れた、妹。
問いにこくんと頷くカスミは、今にも泣きそうな顔。

久し振りにあらわれた癖だと、すぐに理解した。
それと共に、まだ駄目なのか、、、、、、、と、内心肩を落とす。

ここでなら、症状も改善されるだろうと、期待していたのだけれど。


内心の落胆を悟られないように。
顔には出来うる限りの優しい笑顔を浮かべて、小さな体を抱きしめた。

抱き上げて、外廊下の縁から足を投げ出す形で、腰を下ろし。
あやすように、カスミの背をぽんぽんと叩く。


「ごめんねあにさま、明日もお仕事あるのに…」
「気にしないの。それより、ちゃんとシナ先生にここに来る事言った?」
「う」
「…後でもいいから、ちゃんと言っとこうね」
「…うん」


へこんだように、体を丸めるカスミ。

横抱きにしたので、もたれ掛かられると、カスミの耳が胸にぴったりとくっついた。


心臓の音を聞くのは、気持ちを落ち着けるのに効果があるのだそうだ。


知ってか知らずか、こういう日のカスミは、決まって耳を胸に当てる。
効果の話を知っているは、それを見越した上でいつも横抱きに抱く。

心の平安を求める妹に、自分の心臓の音がもっとよく聞こえるように。
は、小さな体を更に抱き込んで密着させた。

子供の高い体温が心地よい。


「くノ一教室にはもう慣れた?」
「うん。みんな親切にしてくれるよ」
「そう。良かったねぇ」


教室に慣れてきた事が、今こうして癖が出てしまっている事の理由だろう、とも思う。

環境に慣れるのに必死で、癖なんか思い出す暇もなくて。
慣れてきた所で、気持ちにも余裕が生まれて。

なりをひそめていたものが、顔を出した。


癖と呼ぶべきなのだろうか。


これがあらわれはじめたのは、カスミが親を亡くしてからだ。
親を亡くした心細さを思い出してしまうから。
親への甘えを、「兄」に求めているのだと、は考えていた。


「あにさま」
「ん?」
「…うたがききたい」


あにさまの、うた。

囁くように言う。
抱き締めた当初の体の強張りは、大分解けている。

抱き締めてもらう事で心細さを埋めると、カスミはいつも歌をせがんで来る。

落ち着く為の、最後の一押し。


「いいよ」


それに応えるまでが、一連の流れ。




空を仰ぐ。

弓なりの月。
無数の星の瞬き。

ここに来てからだ。
人工の明かりがなくても、夜はこんなに明るいのだと知ったのは。




口を開く。

既に寝入った忍たま達を起こさないよう、小さな声で。
腕の中の小さな子が、穏やかな眠りに就けるように。

祈りながら紡ぐ。
愛子まなこを置いて戦いに向かう、親の覚悟を歌ったそれは、




鎮魂たましずめの歌。




















「鎮魂の歌(たましずめのうた)」に関しては陰陽座楽曲をご参照下さい^^

夢主の事情がちょっとだけ分かる、中休み的なお話。



2010.2.6
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