変装










 艶やかな化粧。
緩く綺麗に弧を描く、紅をのせた唇。
目を細め遠くを見るその様は、そこいらの町娘などより、余程目を引く。

一言で形容するなら、「いい女」という言葉が一番だろう。

が、気に留めるべきは、その女が身に纏っている物。

女が着ているのは、変装の授業の際に学園から貸し出される、女物の着物だった。


さて、この変装は何者か、と。
潮江文次郎が、人物を見極めようと近付いていき。

目が合う。


「あー、文次郎くん」
「……なのか?」
「私だよ?」


先にかけられた声の質で、変装した人物の正体に気付き、唖然とした。

近付く文次郎に気付いた途端、跡形もなく崩れ去った「いい女」のオーラ。
ふにゃ、と気の抜けた笑顔は、確かにそのものであった。

今は艶やかな化粧のせいで、表情と装いのちぐはぐさが甚だしい。


物を言わず、流し目に微笑みを一つ。
それだけ見せれば、一目では見抜かれないであろうほどの変装っぷりなのに。
演技にまで気が回らないのは、素人ゆえの限界であろうか。


…そんな、見目だけ変えた素人の変装を、声を聞くまで見破れなかった己が腹立たしい。


今夜の自主トレは普段の倍こなそう。
弛んだ自分を戒める為の決意をして、の傍に立つ。


「何だってそんな格好してるんだ?」
「くノ一教室で変装の授業があってね。頭数合わせにやらされたの」
「どんな授業だ」
「二人一組で、片方が変装して、もう片方がそれを探し出す役」
「お前のペアは?」
「カスミー」


でれ、と表情が崩れる。
今の何処に、表情を笑み崩れさせる要素があっただろう。

ツッコミを入れたい衝動に駆られるが、ここはグッと抑えた。
妹に甘々の奴にデレる要素を聞いた所で、話にならないに違いない。

問いの代わりに、呆れた溜息をこぼし、ツッコミたい衝動を霧散させる。

文次郎の静かな努力に、はまるで気付いていない。


「他の子は町に出るけど、私達は学園の中での行動なんだよ」
「学園内でこの変装は目立ちすぎるだろう、どう考えても」
「私の着れるサイズで残ってたのがこれだったんだもん。八歳相手には丁度いいんじゃない?ハンデハンデ」
「甘過ぎる!」
「年少者の権利ですー。何かっていうとすぐ「甘過ぎる」っていうよね、文次郎くん」
「それに関しておれ以外つっこむ奴がいるのか?……お、」


変装との会話中、遠くに小さな影を見留めた。

ぼんやりと分かる、くノ一教室の生徒の制服。
ただし背丈は低め。


噂をすれば何とやら、現れたのはの妹、カスミだった。


文次郎を見ていて、近付いてくる存在に気付いていないを小突く。
何事か、と目で訴えて来るのに、顎で指して妹の接近に気付かせる。

首を巡らし、小さな姿を見つけたは。

あっ、と小さな声を上げ、慌てて俯くと、文次郎の陰に身を寄せた。


「…隠れてちゃ変装の授業の意味がないだろう」
「しーっ!黙って!」


存外真剣な声音に、思わず黙る。

肩越しに見るの顔。
見つかるまいとする心の表れか、伏せがちにされた瞼。
口元を隠す袖口。


艶やかな化粧。
こんな化粧を施す技術が、にあるとは思えない。
誰がやったのかは知れないが、かなり完成度の高い変装だ。

だからこそ、中身の事を考えると、つくづく残念すぎると言わざるを得なかった。


すぐそばにいるに、気付かれない程度。
文次郎は小さく、溜息を吐くのだった。




















変装を施したのは山本シナ先生だとか、八歳児は結局変装に気付かなかったとか、
気付かれなかった夢主が「あにさまのことが分からなかったの…!?」と悲嘆に暮れたとか、
そういう裏話は割愛。

変装が詐欺すぎる件について。



2009.12.13
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